過剰と蕩尽 5

 よく知られたビフィズス菌を含むBifidobacteriumのグループが行うもう一つのヘテロ乳酸発酵を述べるまでもなく、乳酸発酵の意義付けは上述したヘテロ乳酸発酵という系を考えた時点で完全に破綻している。にもかかわらず、いろいろな乳酸発酵の中でホモ乳酸発酵だけを取り上げこれをアルコール発酵と対比させ、未だ知識の少ない学部学生に、さも本当のことみたいに述べるのは一旦止めたらどうだろう。

 さらにだが、乳酸発酵を何故グルコースから始めるのかという問題も存在する。もちろん、グルコースから始まる乳酸発酵が存在することは間違いない。しかしながら、最も重要で誰もが知っている乳酸発酵製品はヨーグルトであろう。原乳がウシに由来するかヤギに由来するか、あるいはウマかラクダかスイギュウかは別として、哺乳動物の乳汁中に存在する主な糖は乳糖(ラクトース)である。この乳糖が加水分解を受けてグルコースとガラクトースに変換された後、グルコースはそのまま解糖系へと導入される。だが、ガラクトースはそうではない。

ルロワール系路を通るガラクトースの代謝
ルロワール系路を通るガラクトースの代謝

 図に示すように、ガラクトースはまずガラクトースキナーゼによりガラクトース-1-リン酸に変換される。ガラクトース-1-リン酸はUDP-グルコースと反応してグルコース-1-リン酸とUDP-ガラクトースに変換される。生成したグルコース-1-リン酸はホスホグルコムターゼの作用よりグルコース-6-リン酸となり、解糖系へと流入する。もう一方のUDP-ガラクトースはUDP-ガラクトース-4-エピメラーゼによってUDP-グルコースへと再生されることで、この回路が上手く機能することになる。ルロワール系路と呼ばれるこの系を通ったガラクトースは、グルコースを経由することなくグルコース-6-リン酸として解糖系に合流しているのである。乳糖に由来する6炭糖の半量が、グルコースを経由することなく解糖系に流れ込んでいるにもかかわらず、何故グルコースを系の出発物質に据えるのか、そこはかとない違和感を感じている。まあこのルロワール系路にしても、ガラクトース代謝系の一部を切り取って定義した系に過ぎないのだが。

Lactobacillus casei ATCC 334株のガラクトース代謝系 KEGG http://www.genome.jp/kegg-bin/show_pathway?org_name=lca&mapno=00052&mapscale=&show_description=hideより転載
Lactobacillus casei ATCC 334株のガラクトース代謝系 KEGG http://www.genome.jp/kegg-bin/show_pathway?org_name=lca&mapno=00052&mapscale=&show_description=hideより転載

 そういえば、近頃は乳酸菌も大流行である。我々の腸内には多種多様な細菌が棲息しているが、その中にはもちろん乳酸菌も含まれる。世の風潮では、これら多種多様な細菌は善玉菌と日和見菌と悪玉菌にわけられるらしい。何とも単純明快な発想だが、この善玉菌を利用して商売繁盛の「大会社」が幾つも存在する。まあ資本主義社会に於いては、稼いだ奴が勝者であるのだから仕方ない側面もあるかとは思う。

 こうした大会社には、世に言う「立派な大学」の卒業生が沢山在籍する。この方たちは、善玉菌を増やしましょう、善玉菌が増えれば体調は万全、いつまでも健康です、などという宣伝文を本当に信じているのだろうか? グーグル上で善玉菌をキーワードに画像検索すると、見るだけで恥ずかしくなるようなイラストのオンパレードである。この程度の画像に付ける宣伝文を書くようなことを、世に言う「立派な大学」の理系の卒業生はやってはいないと願うしかない。もし、多くの「立派な大学」の理系の卒業生がその程度のことしかやっていないのであれば、大学の理系学部は縮小して、文学・論理学・哲学・宗教学など常識と良識を修める文系学部の拡充と充実が必要だと考える。

 ああ、またもや現政権が進めようとしている方針に反することを書いてしまった。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150719/k10010159301000.html

過剰と蕩尽 6 に続く

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過剰と蕩尽 4

 何故、酵母はエタノールを作り、乳酸菌は乳酸をつくるのか。この答えは多くの学部生でもご存知である。「解糖系について知見を述べよ」などと云う試験問題に対して、ちょっと気の利いた学生であれば次の答えを書くであろう。では、その程度の問題がなぜ意味を持つのか。

 先にも述べたが、教科書的解糖系はグルコースに始まりピルビン酸を終点とする嫌気的条件下で起こる代謝系である。つまり、グルコースが解糖系を通って分解を受けると、2分子のATPと1分子のNADH2(NADH+H+)が生産されることを意味する。ATPは彼等が生きるためのエネルギー源として必要であるにしても、還元剤であるNADH2は作りすぎるということになる。大学レベルの生化学の授業に於いては、作りすぎたNADH2がそのままでは、解糖系がスムースに機能しない。従って、ピルビン酸を脱炭酸して生成するアセトアルデヒドをエタノールに還元する際の還元剤としてNADH2を使い、この問題を回避していると教わるわけである。そしてグルコースからエタノールまでの糖分解系をアルコール発酵(エタノール発酵)と称するのである。(下図参照)

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解糖系に続くアルコール発酵と乳酸発酵

 乳酸発酵についても、全く同じ話が成立する。最後の段階を乳酸の生産に変えただけである。乳酸だけを生産するホモ乳酸発酵に於いて、グルコースは解糖系を通ってピルビン酸まで代謝される。2分子のATPと1分子のNADH2が生産されることも同じである。当然1分子のNADH2が余るわけだから、これをピルビン酸の還元に使って、解糖系におけるNAD(NAD+)の要求に応えることができると教えられる。そして、このグルコース1分子から乳酸2分子だけを生産する糖分解系をホモ乳酸発酵と称するのである。ストレプトコッカスやラクトコッカスあるいはラクトバチルスの一部などがこの系を駆動している。とはいえ、培地の栄養状態や存在する酸素量などに影響を受け、完全に2分子の乳酸が生成するわけではないようだ。

 少しレベルが上がって、乳酸発酵そのものを研究対象にするレベルに達すれば、ヘテロ乳酸発酵という系路の存在が視野に入ってくる。ヘテロの乳酸発酵を行う細菌はL. delbrueckiiL. acidophilusL. caseiなどのラクトバチルス属細菌やLeuconostoc属細菌などで、1分子のグルコースから1分子の乳酸と1分子の2酸化炭素、そして酢酸やエタノールを生産する。(知らなかったのだが、L. acidophilusL. caseiはホモの乳酸発酵を行う菌ではなかった。)Lactobacillus casei ATCC334が行うヘテロの乳酸発酵は、一応、下に示すようにペントースリン酸経路の一部を通って進行することになっている。

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 そうすると、ATPの消費はグルコースからグルコース-6-リン酸の段階で起こり、ATPの生産は1,3-ジホスホグリセリン酸から3-ホスホグリセリン酸とホスホエノールピルビン酸ピルビン酸の段階で起こる。従って、正味のATP生産は1分子となると書いてあるようだ。

 しかし、生成物が酢酸となる場合であれば、もう1分子のATPが作られるという記述も可能かも知れない。なぜならばこの菌はD-キシルロース-5-リン酸のレトロアルドール縮合産物であるアセチルリン酸からATPを生産しながら酢酸を生成する系を持つからである。但し、加水分解でリン酸を作りながら酢酸を作る系も持っている。通常は、アセチルリン酸からエタノールを作る系を乳産生成系と組み合わした場合に対して、ヘテロ乳酸発酵という概念が成立すると考えるべきなのだろう。代謝系とは興味を持った出発物質と生産物を恣意的につなぐモノであるから、それはそれで認めても良い。ただ、少し困ることがある。NADの問題である。乳酸とエタノールを生成物とするヘテロ乳酸発酵に於いて、1分子のNADH2とNADPH2が生産されるのだが、2分子のNADH2と1分子のNADPH2またはNADH2が消費される。そうすると、差し引き1分子のNADPH2またはNADH2が不足してしまうのである。ヘテロ乳酸発酵に於いては、先に述べたホモ乳酸発酵の起こる理由が否定されてしまうではないか。

 ヘテロの乳酸発酵を一旦無視すれば、エタノール発酵とホモ乳酸発酵においては、ATP生産を続けるために解糖系の最終産物であるピルビン酸をエタノールあるいは乳酸へと還元にNADH2を使いNADの再生を行っていると云う説明が成立しそうに見える。多くのヒトがこれで納得というか満足というか、とにかく説明がついたと考えているようだ。私が会った大多数の人々がそうであった。教科書にもそう書いてある。いつも少数派の私だってそう考える。あれ、いつの間に私は多数派になったのだろう?

 しかしながら、気付かれることはほとんどないのだが、きわめて重大な問題が残っている。上記の説明について、私がそう考えても矛盾は生じない。しかし、他の人々がこの説明をするとすれば、論理的に破綻してしまうからである。私は、ある物質が作られる理由は作られるプロセスの中にあると言い続けてきた。多くの人は、作られた物質の機能を基に作られる理由を説明してきたではないか。抗生物質は他の菌の生育を押さえるためにつくられると云う説明の時間論理を踏襲するとすれば、エタノールも乳酸もそれらの持つ機能から説明すべきであろう。つまり、「エタノールも乳酸も、他の菌の生育を阻害し、周囲の栄養分を確保するために生合成される」とすべきではないか。そうでないと、事前と事後の事象を恣意的に採用するアドホックな解釈であるとする批判に耐えられないと考えるのだがどうだろう?

 どなたかが、明確で整合性のある反論をして私を納得させていただければ、こんなことで悩む必要はないのだが、いまに至るまでこんな鬱陶しい議論にまともに対応してくれる人には出会えなかった。こんな意識を持ちながら、常識的な生化学の講義をシラバス通りに行ってきた日々は、次第に記憶の深みへと遠ざかっている。

過剰と蕩尽 5 に続く

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遅ればせながら

 6月の末から少し余裕ができたので、放置していた柿畑の世話を始めた。柿は冬の間に剪定を済ませ、芽が出る前に石灰イオウ合剤とかマシン油を散布して、カイガラムシの防除をするものだが、冬から春にかけてはまだ仕事をしていたし、引っ越しなどもあって込み合った枝を落としただけであった。取り敢えず剪定だけは終わったと思っていたのだが、彼等の生命力は私の想像をはるかに超えるものである。4月に一旦は摘蕾と摘果をしたつもりだったのだが、行ってみるとどう見ても柿ではなくブドウの木である。余所の柿より小振りな実がびっしりとついている。枝が重なってできる日陰にも多数の実がある。これはいかんと気持ちを入れ替えて、一寸以上に遅めの摘果を行った。10本の木で3日ほどかかった。1本の木に3時間くらいかかる計算となる。数えてはいないが、1本当たり100個近く落としたのではないかと思う。

 今日も、8時頃から午後7時頃まで働いたが、働いてもお金になりそうな気がしない。秋になって本当に売れるかどうか心配である。一寸ばかり摘果後の写真を載せておく。

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 朝から晩まで、脚立の上り下りをして落とした柿の枝と幼果である。これだけ落としても、秋にはまだ足りなかった思うに違いないのだが、なかなか思い切って落とすことはできない。周りの人に聞くと、皆そうらしい。でも、他人の木であれば、一枝に一つにと云われれば、その通りにできるという。人の心理は難しい。互いに、相手の園の摘果を請け負えばいいのかなとも思うが、これがまたそうはいかないという。

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ジャンボ剤投入 2

 前回、投入したジャンボ剤が含んでいる農薬成分は、「ダイムロン」(1-(1-メチル-1-フェニルエチル)-3-p-トリルウレア)、「イマゾスルフロン」(1-(2-クロロイミダゾ[1,2-a]ピリジン-3-イルスルホニル)-3-(4,6-ジメトキシピリミジン-2-イル)ウレア)、それに「カフェンストロール」(N,N-ジエチル-3-メシチルスルホニル-1H-1,2,4-トリアゾール-1-カルボキサミド)、「ベンスルタップ」(S, S’-2-ジメチルアミノトリメチレンジ(ベンゼンチオスルホン酸)の4種である、と書いてこっそり止めたのだが、どうも気になる点がある。近所のお店で(S商店)、ジャンボ剤で良さそうなのを下さいと云って渡されたのが、この薬である。

 さて、このジャンボ剤は初期除草剤ではなく殺虫除草剤と書いてある。さらに、スクミリンゴガイ食害防止と付け加えてある。何が気になるか、田植えをした後しばらくは箱苗で使われている薬剤の残効があって、殺虫剤はさほど必要ではない。ところが、殺虫剤である「ベンスルタップ」(S, S’-2-ジメチルアミノトリメチレンジ(ベンゼンチオスルホン酸)が配合されている。

 この「ベンスルタップ」はそのまま効くのではなく、スルホン酸チオールエステル部分が加水分解を受けてジヒドロネライストキシンへ、さらに酸化を受けるとイソメ毒であるネライストキシンヘと変化し、昆虫に対する毒性を示すようになる。

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 この活性化様式は、かなり昔から使われているパダンという薬剤と同じである。このネライストキシンだが、魚釣りのエサに使われるイソメが持っている毒で、虫に与えると神経結合部のアセチルコリン受容体に結合して興奮性情報伝達を阻害することが知られている。症状としてはアセチルコリンによる興奮情報の伝達がなされないため動きが鈍くなるのだが、まず最初に摂食阻害が現れる。そこで、少し調べてみたらネライストキシン系の殺虫剤はスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の摂食も強く阻害するそうだ。これは知らなかった。

 私の田んぼにもスクミリンゴガイは棲息する。三年前の圃場整備の時に、どこからか持ち込まれた土壌にいたらしく、いまではもう手に負えない位増えている。場所によっては用水路の壁は卵塊で真っ赤である。そう考えれば、近所の農薬を売っているS商店の品揃えとして、この薬剤が置かれていることは充分納得できる。

 スクミリンゴガイの防除についてはいろんな裏話があるのだが、書くのは止めよう。あんな生き物を、食用で導入したにもかかわらず、放り出した奴らが悪い。それ故に皆苦労している。イソメ毒のことを書いた後、自家菜園の手入れをしていたらイソメによく似たムカデが現れた。体は黒、脚部が朱色、体長20㎝近いトビズムカデの大物である。かなりグロテスクなので写真は載せない。節足動物だからピレスロイド剤は効くだろうと、キンチョールを吹きかけた。ノックダウンと云われるような即効性はなかったように思うが、間違いなく効いた。ちなみに、殺虫成分はd-T80-フタルスリンとd-T80-レスメトリンであった。

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ジャンボ剤投入 1

 田植えが終わって10日余り、殆ど天気予報が当たらない。昔、気象台、気象台、気象台と3回唱えてフグを食べれば大丈夫という与太話があったが、ここ数日の間、翌日の天気さえ当たらなかった。大雨だ大雨だという予報を信じて水田の水を落として待っていたが、少しも降らない日が続いた。近所の田んぼでは水不足で田植えができずに困っている。まあ久しぶりに当たった昨夜の雨で、何とかなるだろう。それにしても気象庁は、あたる可能性の低い一週間先の天気をどうして発表するのだろう。

 田植えが済んで初期除草剤を使いたいのだが、直後に雨が降ると使えない。薬剤の流亡に伴う薬剤の魚毒性が問題になるからだ。薬剤には5㎝の水深で使えと書いてある。それはそうだが、水田の表面はでこぼこしており条件を満たすのは甚だ難しい。(代掻きが下手なせいもある)とはいえ、薬のイネに対する安全許容範囲と雨の予想を信じて、水深4㎝くらいに合わせて散布した。イネの高さは10㎝余り、その夜に20㎜程度の雨が降ってもイネは浸からないし、その程度の雨による希釈なら薬も効くだろうという読みである。

 こう書くと、水の管理は難しくはなさそうだがこれが結構難しい。湛水減水深と定義される浸透による水の漏出があるからだ。通常20〜30㎜といわれているが、3反の田んぼで30㎜の水深減は、27トンの水に相当する。何もしなくても、27トン、つまり1時間に約1トンの水を入れてやらないと元の水深は維持できない。この透水量と降雨量を考えながら、あふれないように水口の水量を調節するわけである。従って、私のような新米は、働くわけでもないのに日に何度も水田に出没するわけだ。

 ちなみに、今回使用した初期除草用農薬は、「ショウリョクジャンボ」という名称の、ジャンボ剤である。ジャンボ剤とは散布機を使わずに手で投げ込むことができるようにした製剤である。ちなみに、このジャンボ剤が含んでいる農薬成分は、「ダイムロン」(1-(1-メチル-1-フェニルエチル)-3-p-トリルウレア)、「イマゾスルフロン」(1-(2-クロロイミダゾ[1,2-a]ピリジン-3-イルスルホニル)-3-(4,6-ジメトキシピリミジン-2-イル)ウレア)、それに「カフェンストロール」(N,N-ジエチル-3-メシチルスルホニル-1H-1,2,4-トリアゾール-1-カルボキサミド)、「ベンスルタップ」(S, S’-2-ジメチルアミノトリメチレンジ(ベンゼンチオスルホン酸)の4種である。

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