歴史生物学 解糖系についての異論 6

 1945年にホロウィッツは逆行進化説(レトログラード仮説)と呼ばれる代謝系の進化仮説を発表した。内容は以下のようなものである。

《生命誕生初期の環境中には、生物の発生と生存に必要な栄養素(最終産物A)が豊富に存在しており、初期の単純な生命はそれをそのまま取り込んで利用していたのだが、生物の増殖に伴って、環境中の必須な栄養素Aの枯渇が発生した。

この段階において、栄養素Aの前躯体である栄養素Bから栄養素Aを合成できる酵素を獲得した生物群が発生し、栄養素Aの枯渇した環境中で生きのび増殖した。

 前駆体Bも枯渇すると、さらに前駆体Bとなり得る前駆体Cから前駆体Bを合成できる酵素を獲得した生物群が栄養素Bの枯渇した環境中で生きのび増殖した。

この適応進化プロセスを繰り返すことで、環境からの独立を果たし、今日見られるような長くて複雑な代謝経路が成立した。》

   1975年頃にこの仮説を知り、生物の発生と生存に必要な栄養素(最終産物A)が豊富に存在しており》という前提条件に全く納得がいかないだけではなく、将来どのような方向に代謝が進むかを読み切ったように前躯体が用意されていたという前提に異次元の異様さを感じたのみならず、代謝系の進化の方向まで決定されているという決定論的な考え方も納得は出来なかった。にもかかわらず、全ての生物の代謝系を相手に、真正面から突破しようとする仮説の立て方には驚愕した記憶がある。同じ時期にノーム・チョムスキーの生成文法を読んだのだが、同じ印象を持った。但し、この生成文法については、著者の理解が全く不十分であるため、批判ではなくちょっとした感想に過ぎない。

 この仮説、今の言葉で言い換えれば、前生物的に生成していたアミノ酸、糖、脂質、核酸塩基などが蓄積していたことを前提に、発生した原初生物がこれらを基質として利用していたとする条件下に、代謝経路は最終産物から中心代謝へ向かって逆向きに伸長したと提唱している。つまり生存に必要な基質の不足を、その基質の前駆体に求めることで代謝系が創生されていったとしたわけだ。この説に従えば、D-グルコースが、その利用系が創成されるまで大量に蓄積していたことを意味する。さらに、環境中のD-グルコースが枯渇してきたらその前躯体が用意されているだけではなくその前躯体をグルコースへと変換する酵素まで用意されている事を意味する。さてその前躯体とは何だったのだろう。そして話はそこでは終わらず延々と続くことになる。色々な代謝系を前提において考え続けると直ぐに私の記憶容量を超えてしまい、頭が痛くなってしまった。全能の神を信じる一神教の人は、この話に違和感を感じなかったのだろうかなど思ったりもした。宗教についてもさほど造詣が深い訳ではないので深入りはしないとして、そんな予定調和みたいな物語で説明の付くモノではないと考えている。

 さて、宇宙空間には星間分子と呼ばれる一群の化合物群が分布している。詳しくは専門書を参照して欲しいが、700種を越える発見された星間物質の中には、ホルムアルデヒド、アンモニア、シアン化水素、ギ酸、メタノール、ビニルアルコール、アセトアルデヒド、グリコールアルデヒド、酢酸、エタノール、アセトン、ベンゼン、ベンゾニトリル、ナフタレンなどとともに、グリシンやジヒドロキシアセトンなどが見つかっている。近年では、最古の太陽系物質である炭素質コンドライトから、生物のDNAとRNAの構成成分である核酸塩基5種(アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシル)が発見されている。確かに広大な宇宙空間には、こうした化合物群が生物の関与なし(多分)に存在しているとはいえ、それらの存在密度は極めて低い。

 さらに、原始地球大気の組成の問題ゆえにいまでは否定的に見られているとはいえ、ユーレイ-ミラーの実験に端を発する非生物的な有機化合物の合成実験により、核酸塩基、アミノ酸をはじめとして、多種の糖(グリコールアルデヒド、グリセルアルデヒド、ジヒドロキシアセトンなど)や低級脂肪酸類(ギ酸、酢酸、プロパン酸、乳酸、ピルビン酸など)が比較的容易に生成することが明らかになっている。そして、星間物質としても知られるホルムアルデヒドは、粘土鉱物上で連続的にアルドール縮合を繰り返してしてホルモースと呼ばれる多種様な糖の混合物を与えるのだが、この混合物の中に5単糖、6単糖が含まれる場合があると報告されてはいる。しかしながら、多種類の6−単糖の中からD-グルコースという1種の光学異性体だけが、特異的に大量に蓄積される可能性は極めて低いだろう。初めて出現した生物が従属栄養生物であったとして、彼らの出現時に生存と増殖を担保するような量のD-グルコースが、前生物的に蓄積していたとする物語は成立しないとだろう。

 一方、もし原初の生物が独立栄養生物であったならば、原初の解糖系の流れる方向は3単糖から6単糖に向かうベクトルを持ち、グルコ−スは原初的生物自らが創生したものとするのが理性的判断となるだろう。こう書くと、原初の生物が独立栄養生物であるはずはないとする批判を浴びることがあるのだが、いわゆる独立栄養生物、従属栄養生物という分類は、環境から取り入れる物質の複雑さの程度に差があるだけで、本質的な差はない。いずれに分類される生物であっても、生存に必要な物質を環境に依存していることに変わりはない。さらに原初の生物は解糖系で得られるATPに依存していたのではなく、アセチルリン酸などの活性化されたC2化合物や地球化学的に存在する高エネルギー化合物であるポリリン酸や、そのポリリン酸の代謝を含む原始発酵系で得られるATPを使っていたと思われる。もっとも、ATPの起源に着いてそれなりの考察が必要になる。この件については後述する。

 時として、お前は変わっていると評価される。まあ、その評価が低評価であるのか高評価であるのかは時によって違うようだ。よくよく話を聞いてみると、物事を考える際の空間的・時間的スパンが大きく異なっている場合が多いようだ。私は空間について考える際には光年を単位にし、時間については10億年を目安としている。空間についての距離感についてはさだかな理由はないが、小学生の頃から天文雑誌を読みふけっていた事が原因だろうと思っている。100光年を考えれば主系列星が一通りカバーできることからまあ近宇宙を俯瞰している視座といっていいだろう。時間の10億年は、ヘモグロビンのアミノ酸1残基あたりの進化速度がおよそ10億分の1である事に由来する。極めて個人的な偏見に基づいた恣意的な値であり、私がその値を採用しているに過ぎない。

 そうしたスパンで見れば、私はすこぶる常識的な人間である。その極めて常識的な私が素直に考えるとすれば、原初生物におけるグルコースの生合成は、グルコースの分解系あるいはグルコースの利用系に先立って起こったと思惟する。グルコースの生合成が行われた後に、グルコースの利用系としての解糖系が成立したと考えるべきであろうし、グリコーゲンやデンプンなどを含む多糖類の生合成系が成立した後でそれらの利用系が成立したと考えるべきではないだろうか。尤も、こんな複雑な系が相互に独立して創生される蓋然性はなかなか考えにくい。二つの系で多くの段階が共通であり、かつ酵素反応が可逆性を持つことを考えれば、生成系と利用系が同時に成立していったとする考え方が極めて理性的かつ合理的であると考える。

 さて、高校および大学初年度までの段階ではほとんど触れられることはないが、解糖系に寄り添う一つの代謝系がある。図9に示す糖新生系路と呼ばれているこの系は、人に植物に大腸菌に、そしてアカパンカビにも古細菌にも分布する。そしてその分布は解糖系以上に広い。

図9 乳酸を起点とする糖新生系

 さて、解糖・糖新生系に限らず殆ど全ての代謝系で系の作動を担保しているのは、酵素という触媒機能を持つタンパク質である。この酵素は、触媒としての機能を持ち、反応速度を大きく時には劇的に変化させる。しかし、反応の平衡点を移動させることはない。平衡点は熱力学的に決まるものである。つまり、AからBの化学変化を触媒する酵素は、AとBの濃度比によってはBからAへの変化をも触媒するのである。理論的には、グルコースからピルビン酸への代謝系はピルビン酸からグルコースへの変換も可能であることを意味する。実際の解糖系は、逆反応が起こらない不可逆なプロセスを含むため、そのまま逆行することはできないが、そこには逆行を可能とするバイパスが存在するため、系全体としての逆反応が可能になっている。図9においては、解糖系と異なる段階を点線の矢印で示している。

 さて解糖系は、ブドウ糖やブドウ糖ユニットで構成される糖質を栄養源として取り込む従属栄養生物においては解糖を進める方向で機能するが、これに寄り添う糖新生系は、同時に糖を新生する方向で動いているのである。ましてや、そうした栄養源としての糖質に依存しない独立栄養生物においては、糖新生系が先に稼働するのは自明ではないだろうか。

 実は幾分以上に、自ら展開している議論に不満である。糖新生系の定義を明確にすることなく議論に入っているからである。通常、糖新生系は解糖系(EM系路)の逆反応とされている。では糖新生系は解糖系の最終物質であるピルビン酸から始まるかと云えばそうではない。ピルビン酸も出発物質の一つとして含まれはするものの、乳酸、プロピオン酸、糖原性アミノ酸などから、おおむね解糖を逆行してα-D-グルコースをつくる経路を糖新生系(Gluconeogenesis)と記述している場合が多い。解糖系においては、乳酸まで含めれば酸化還元のバランスがとれると説明できるのにこれを外し、糖新生においてはピルビン酸から始めればEM系路の逆向きの反応であると云えるのに、ピルビン酸だけでなく乳酸、プロピオン酸、糖原性アミノ酸などを加える。推測だが、筋肉生理をやっていた人たちの考えが、色濃く反映しているように感じられる。

 私見だが、この糖新生系は解糖系に比べより根源的で重要な系路であるように思える。にもかかわらず、言及される頻度はあまり高くない。何故か?解糖系が1分子のグルコースから2分子のピルビン酸に至る過程で2分子のATPを生産するのに対し、2分子の乳酸から1分子のグルコースを生産する糖新生系においては6分子のATPが消費されるからであろう。どうやらエネルギーを生産する系の方が、世の中では重要視されているようだ。20世紀から、エネルギー源である石油利権を巡って争い続け、さらには将来のエネルギー源を何に求めるかで混迷を深めている現在の世界状況を考えると、こうしたエネルギー源を重視する社会的な思考の枠組みが、代謝系の意義づけに影を落としてはいるのではないだろうか。

 さて、この世には種々多様な生物が棲息している。そのなかに温泉や熱水噴出口、あるいは塩濃度の高い湖に分布する変わった細菌がいる。いまでは古細菌と呼ばれるこの生物は、古くから何かしら変な細菌として一部の研究者には知られていた。16S rRNA配列から全生物の分類を試みたカール・ウーズの野心的な研究が進展した1970代になって、彼らは分類学上で古細菌という新たな分類学的位置を与えられ、広く認知されるようになった。この生物は16S rRNAの塩基配列において真核生物ともバクテリアとも大きく異なるとはいえ、バクテリアより真核生物に近い生物である。

 我々の周りにも色々な古細菌が棲息するが、その中で比較的知名度の高い古細菌はメタン細菌であろう。1988年以降、世界を振り回してきた地球温暖化、その一つの原因としてのメタンを発生させる細菌である。地球温暖化仮説が科学理論として成立するかどうかは少々以上に疑わしい所があるとはいえ、メタン菌がメタンを作るのは間違いない。一時は、メタンを含むウシのゲップを止めろとか、メタン発生源である東アジアの稲作を制限しろとか、気違いじみた議論がなされていたのが記憶に新しい。2018年時点で、500種を越える古細菌が知られているが、KEGGには以下に示す281種のデータが記載されている。括弧内は知られている種数に対しブドウ糖合成酵素もブドウ糖リン酸化酵素も持たない種の数を示している。

Euryarchaeota (45/191) Nanohaloarchaeota (0/1) Crenarchaeota (34/64) Thaumarchaeota (15/16) Nanoarchaeota (1/1) Micrarchaeota (?/1) Korarchaeota (1/1) Bathyarchaeota (2/2) Lokiarchaeota (0/1) Unclassified Archaea (2/2)


 余り世の中をかき回したくはないが、この中にG-6-PやG-1-Pまでの代謝系は持ちながらも、ブドウ糖に変換する酵素とブドウ糖をリン酸化する酵素を持たない種が、ユーリアーキオータ45種(191種)、クレンアーキオータで34種(64種)、タウムアーキオータで15種(16種)、などが存在する。ブドウ糖合成酵素を持たないだけの条件にすれば、ほとんど全ての種が当てはまる。もちろん、Sulfolobus tokodaiiにおいて基質特異性が低くADPをリン酸供与体とするヘキソキナーゼ(6単糖リン酸化酵素)が見つかったように、いくつかの種では起源の違う加水分解酵素やリン酸化酵素を持つ可能性が残るとは云え、全部の種が消えることはないだろう。(これらの生物体内にブドウ糖が存在しないという事ではない。非酵素的にG-6-PやG-1-Pが加水分解を受ければブドウ糖は生産されるし、F-6-Pから非酵素的加水分解で生じる果糖も水中で異性化してブドウ糖は生産されるためブドウ糖は存在しないと断言するつもりはない。)

 こうしたブドウ糖まで延伸していない解糖系は、古細菌にのみ分布しているわけではない。真正細菌《バクテリア》の中にも、超好熱細菌であるAquifex aeolicusだけでなく、Bacteroidetes門に属するかなりな数の微生物に分布している。更に、純粋培養ができていない微生物―分類名の前にCandidatusが付いている−においては、その分布割合はかなり高い。(ただし、これらの微生物の中には他の生物に寄生することで生活している種がかなり含まれており、共生進化の過程で解糖系を失った可能性については、注意を払う必要がありそうだ。)

 解糖系と書くと、言葉に糖を壊す方向のベクトルが含まれる。従って同意語であるEM経路と記述するが、一部の菌の持つEM系路は糖新生側に向かって駆動することが判明している。例えばIgnicoccus hospitalis、彼らは嫌気的な独立栄養条件下では、ブドウ糖があってもこれを資化しないにもかかわらず、グリコーゲンやデキストリンなどの多糖類を生合成する能力を持っている。Hyperthermus butylicusPyrolobus fumarii、彼らはブドウ糖を生合成しないだけでなく、多糖類を生合成する能力も持たない。しかしG-6-Pを通ってG-1-Pまで変換する酵素はもっている。

図10 Hyperthermusbutylicusの持つEM経路(KEGG GLYCOLYSIS/GGLUCONEOGENESISより引用)
https://www.genome.jp/kegg-bin/show_pathway?select_scale=1.22&query=&map=hbu00010&scale=1.22&orgs=&auto_image=&show_description=hide&multi_query=

 これらの細菌のEM系路をどのように捉えるのか。これらの細菌が、カール・ポパーが言うところの蓄積主義の崩壊をもたらす白いカラスになり得るのだろうか。カラスは黒いという無数の蓄積された科学的命題は、1羽の白いカラスの出現で崩壊する。前回述べたように、古細菌の中で主要なグループであるEuryarchaeota属、Crenarchaeota属のいずれにも、グルコースを代謝できない菌は少なくない。ここで言う代謝とは生合成と分解をさす。それは古細菌のことだろうと言われるかもしれないが、そうでもない。真正細菌つまりバクテリアにおいても、Polynucleobacter属やBordetella属をはじめとしてかなり広範囲の菌が、グルコースの生合成系のみならずグルコ−スのリン酸化酵素を持っていない。まあBordetella属細菌は百日咳の病原体で寄生性細菌であるためグルコースまでの代謝を失っている可能性は否定できないが、Polynucleobacter属の Polynucleobacter duraquaeはオーストリアのアルカリ性の湖から単離された自由生活性細菌である。これらの例外が多数知られているにもかかわらず、「EM系はグルコースを分解する経路である」あるいは「逆行するEM系を通ってグルコースが生合成される」とする言明が成立するとは思えない。白いカラスが数知れないほど乱舞しているのである。白いカラスはカラスではないとして、漫然と教科書に従った講義を続けていいのだろうか、と長い間迷っていた。

 結論を言えば、我々よりはるかに長い時間を生き続けてきた微生物には、グルコースなど関係なく生きることのできる多くの種が存在するのである。そうであるなら、彼らの持つ代謝系を基盤にした認識体系が併存してもおかしくはあるまい。(注:近年、アルコール中毒患者が更生施設に収容された後で急激に痴呆が進む原因が、これらアルコール中毒患者の脳においてエネルギー源がブドウ糖ではなく酢酸となっているという報告がある。ひょっとすると、これらの患者の脳においては遠い過去に働いていた代謝系が再現されているのかも知れない)

 勿論、世の識者がこの程度のことをご存じであることは、承知の上での議論である。教科書なんて、物事が明らかになってその評価が確定する頃にならないと改訂されない代物である。そんな時代遅れのものを相手に議論を吹きかけるのが愚かな行為であることは、百も二百も承知の上で話をしている。多くの研究者と呼ばれる人々は、目の前の競争が忙しくてこんなバカバカしい議論をしている暇はないのであろう。パラダイムが変われば、新たなパラダイムに乗り換えて研究をすればよい。それがコストパフォーマンスの高い効率的な研究法である。論文になりそうにない、大多数の研究者が依拠しているパラダイムの足下を掘るような仕事は、研究者人生にとってかなり危険な試みになるに違いない。功利的に考えればその通りである。しかしながら、それでいいのかと考え続けてきた。表面的な研究活動は行ってきたが、思考時間の殆どの部分は、役に立たないことに費やしていた。自覚してやってきたのだから、後悔はない。

 仕事を辞め、実験化学者としてはすでに終了した私であれば、危険な勇み足になることは承知の上で論を進めても良いだろう。いわゆるEM系路と糖新生系からグルコースを除いた時、どのような風景が見えるのか。

 生物の発生時の特徴を多く残していそうな生物群は、好熱性で嫌気的な生物であると考えられている。そのような特徴を持つ生物は、火山の噴気口、特に海底の熱水噴出口周辺に、いまも棲息している。こうした我々から見ると過酷に思える環境から得られた細菌類(バクテリア、古細菌に係わらず)にあって、グルコ−スやグリコーゲンまで達していないがエネルギー消費系であるEM経路(糖新生系)は機能しているようだ。中村 運氏は3-ホスホグリセリン酸からピルビン酸に連なるEM経路の一部を原始発酵系と呼び、原初の生物においてはこの部分の代謝が必要なエネルギーを供給していたように述べているが、私はこの部分の反応のベクトルは逆でありエネルギー消費系であったと考える。では、その反応のエネルギーを担保していたのは何か。

 ほとんどの生物でEM経路と同等以上に充実している代謝系がある。ピルビン酸を中心として動いているPyruvate metabolismと呼ばれている系である。この系はピルビン酸とアセチルCoA中心に機能している経路で、この辺りの経路がATPの供給源であろう。今更、生物発生時のエネルギー源論争に乱入する気はないのだが、地中から吹き出すポリリン酸をエネルギー源としていたと考えるのが妥当と考える。アーサー・コーンバーグ博士が見つけた、ポリリン酸を基質としてAMPやADPからATPの生産を触媒するポリリン酸キナーゼのグループは、そういう意味でとても面白い。もっと興味深いのは、広島大学の黒田博士が研究室紹介に書いているATPの起源に関する一文である。一寸紹介するが、ポリリン酸をMg イオンの存在下に加熱すると、3分子の正リン酸が環状の無水物となったトリメタリン酸が優先的に生成するそうだ。このトリメタリン酸がアデノシンと反応すれば、AMPやADPを経由することなく1段階の反応でATPが作られることとなる。これが、ATPが生物の普遍的エネルギー通貨として使われるようになった理由かもしれないと言う話だ。とにかく、6単糖へ続くEM経路の位置づけは、エネルギー産生系ではなくエネルギー消費系に変わってしまう。

 ではなぜ、エネルギーを消費してまでG-6-Pまでの生合成系が必要かという問いに答える必要があるだろう。G-6-Pから出発するペントースリン酸経路は、細胞内で使用される還元剤であるNADPH2+の生産を担うとともに、トランスケトラーゼ、トランスアルドラーゼと呼ばれる酵素群による糖の相互変換を通して、核酸の原料となるリボースの生産を担うとされている。この部分の説明にも意義はあるが、それはペントースリン酸経路の項で説明しよう。この場で一言付け加えておくとすれば、ペントースリン酸経路は解糖系の側路という捉え方は間違いであろうし、この経路を6回まわると,グルコース-6-リン酸は全てCO2とNADPH2+に変換されるとする説明は、綿密に計算されたことは認めるにしてもあまりにも発想が貧困であるように感じる。

 少し異なる視座から、解糖系について考えてみよう。いわゆる一般的に語られる解糖系において、グルコースからグルコース-6-リン酸、果糖-6-リン酸から果糖-1、6-ジリン酸への変換において2ATPの消費がおこる。果糖-1、6-ジリン酸が2分子の3炭糖(3-ホスホグリセルアルデヒドと13-ジヒドロキシリン酸)へ解裂された後、ピルビン酸までの代謝に伴って4分子のATP生産が起こる。従って消費された2分子のATPを差し引いて正味2分子のATPが生産されると説明される。身も蓋もない言い方をすれば、2分子のATPを投資すると4分子のATP生産が起こるため、差し引き2分子のATPが収益ですよと言っているわけだ。これではまるで資本主義の解説ではないかと思うのだが、妙に説得力があるのも事実である。この説得力こそが、我々が資本主義の世界に住み、その考え方にどっぷりと浸っている証拠であろう。考え方の善し悪しを云っているのではない、その考え方に無意識に溺れていることを指摘しているだけである。

 さらに、取り込んだグルコースが分解されることによって生存に必要なエネルギーが発生するという説明で納得する精神構造は、我々が動物であり食物を摂取・分解することで生きているという実感と親和性が高いようだ。従属栄養生物であるというヒトの存在様式に、我々の意識が拘束されていると考えて良い。社会科学的概念を安易に自然科学に持ち込むことには注意深くあらねばならないとは思うが、この親和性の高さはカール・マンハイム云うところの「意識の存在非拘束性」に対応するのではないだろうか。彼は、思想の存在被拘束性を越えて真理に近づくためには、全体的視野から相関や歴史を見よ、いくつもの視座の間を自由に浮動させることが出来る知識人になれと説いた。常識的解糖系の解釈においては、まさに視座の固着が起こっているように感じている。

 何度も書くようだが、グルコースなんてEM経路の外につき出した蛇足に過ぎないなどという講義は、さすがに出来なった。学生がこの意見を盲信した場合、彼にとって就職や進学で不利になる場面が予想できるからである。言いたいことをストレスなく言える場所が欲しかったと今でも思っている。

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歴史生物学 解糖系についての異論 5

 それにしても、前段がなくてそれにしてもという逆接の接続詞は一寸おかしいが、一旦図2〜図7のような形で理解することを経験したら、図8の虚ろさを感じてもらえるのではないか。もっとも図8はまだ救いがある。多くの解糖系の図においては各段階に現れる化合物名しか表記していないのが通例である。構成する物質が何であるかを明示せずにその名称だけで議論を進めるのは、人の思考力を育てる上で極めて好ましくないやり方である。胸に手を置いて考えて欲しい。ATP、NAD、NADH、GTP、Glucose、Fructose、ピルビン酸、FAD、PEP、アセチルCoAなどについて、いくつの化合物の構造を描けるのか。一般の方が描けなくても仕方ないにしても、生化学、生物有機化学、生命科学の教育に携わっている人達への問いかけである。

図8 解糖系概念図

 ここから本論に復帰する。代謝の流れの中で出現する無数とも思える化合物群を類別・統合していくに際して、化合物が発見された順序に伴う歴史性、発見した人達の立ち位置あるいは名誉欲に伴う歪曲などが影をさしているのは否定できない。さらには発見した人々が生きていた時代の「時代精神」− 社会的パラダイム−が、類別と統合に通底する規範となった可能性を加味しながら、解糖系を考えてみよう。

 という事で、今後は生物有機化学的な話は封印して、解糖−すなわちGlucoseを2分子のピルビン酸へと分解しながら、ATPとNAD(P)Hを生産するプロセス−について考えてゆく。ある物語を理解しようとする場合、その物語の中に入って内側を詳細に眺めることが大事であることは言を待たない。しかしながら、その物語について、その外側から眺める視座が不可欠であろう。解糖系の場合も、その内部だけで如何に精緻な分析を加えたとしても全体像は決して見えないと思う。したがって、いわゆる解糖系に付随しているいくつかの代謝系を考察の範囲に入れることにする。

 解糖−すなわちGlucoseを2分子のピルビン酸へと分解しながら、ATPと同じくNAD(P)Hを生産するプロセス−は、いわゆる解糖系だけではない。先に述べたいわゆる解糖系−中心経路とも称されるエムデン-マイヤーホフ経路(EM経路)の他に、好気性の真正細菌や好気性の古細菌と一部の嫌気性クレンアーキオータ(これも古細菌)に分布するエントナードウドロフ経路(ED経路)、古細菌に分布しED経路のバイパスと考えられている6炭糖段階でのリン酸化を経由せずに3炭糖への解裂を起こすピロ解糖系が存在する。さらに、ペントースリン酸経路も解糖を行う系として扱われることがある。この系ではATP生産は起こらず生体内で還元反応に使われるNADPHを生産する系として意義づけられる場合が多い。解糖系という経路の含む概念の中にエネルギー生産系というものがあるとすれば、ペントースリン酸経路は解糖系に含まれないのかもしれないが、糖を分解するという意味で関わりの深い系である解説されている場合もあるため、今回の考察に含めることにしよう。

 いまひとつ考察から除外できない代謝系が糖新生系である。この系は解糖系とは逆向きの反応を進め、グルコースを産生する経路とかなりあいまいに記述される場合が多い。私見だがこの系は、解糖系よりも長い歴史を持ち、かつ解糖系以上に重要な系だと捉えているのだが、残念ながら通常の生化学の講義の中で時間を割いて話されることは少ない。

 さて、私の解糖系に対する懐疑はグルコースへの疑問から始まった。世の中の常識では、解糖系の出発物質であるブドウ糖すなわちα-D-グルコースは、生物の代謝において極めて重要なハブ的位置にある化合物と認識されているようだ。グルコースからα-D-グルコース-6-リン酸(今後G-6-Pと表記する)を通って、解糖系(EM経路)、ペントースリン酸経路、デンプン・グリコーゲンなどの多糖類合成系が分岐する。G-6-Pが果糖-6-リン酸(今後F-6-Pと表記する)に異性化を受けると、このF-6-Pからキチン・キトサン生合成系、糖の相互変換系を通って、もはや記述できないほどの膨大な代謝群に分岐していく。それ故にグルコースは非常に重要な代謝の出発物だと考えられている。しかし、私から見れば、G-6-P酸やF-6-Pのほうがより重要であるように見えるし、解糖系の下流にあるピルビン酸やホスホエノールピルビン酸ならもっと重要と考えて良い。こうした視座からみればグルコースはさほど重要な位置にあるとは思えないのだが、我々の学ぶ生化学においてグルコースは何故重要視されるのか、さらにグルコースは何故に解糖系の出発物質として見なされるのか?

 代謝の流れの中で、出現する無数とも思える化合物群を類別・抽出・統合していくに際して、化合物が発見された順序に伴う歴史性、発見した人達が生きていた時代の「時代精神」−社会的パラダイムが、類別と統合に通底する規範となった可能性は否定できないし、時には彼らの名誉欲が影響しているのは間違いない。見落としがちなのは、彼ら自身が従属栄養生物であるという実感が、影をさしている蓋然性である。

 さて、先に「代謝マップは、時系列を意識して作られてはいないようだ」と述べた。このような視座からグルコースを見たらどうなるのか。解糖系について現行の説明を素直に読むと、解糖系はグルコースから始まる。当たり前である、系の名称が解糖すなわち糖を分解する系であることを示しているではないか、と言われそうである。一般的な認識では、ブドウ糖すなわちα-D-グルコースは、生物の代謝において極めて重要なハブ的位置にある化合物と認識されている。しかし、グルコースを解糖系の開始物質として置くとすれば、この系はグルコースの存在を前提とした系ということになる。では、グルコースはこの系の成立に際してアプリオリに存在する物質と考えていいのだろうか。 

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命名法の混乱ではなく私のバグ

チョウの名前について、昔書きかけて中断した記憶がある。何か他のことに気をとられてそのままになってしまっていた。当然のことだが何を書いたかは殆ど覚えていないし、公開したかどうかも記憶が定かではない。最近、新聞に「キオビエダシャク」という外来種の蛾についての記事があったのだが、その記事を読んで急に昔のことを思い出した。

都農町公式ホームページより引用(https://www.town.tsuno.lg.jp/article?articleId=666aa0c7e755be31c100597e

一部のニュースにおいては黒いチョウという表現をしている。確かに羽に黄色い帯がありこの写真をみればチョウの一種だと誤解される場合がありそうだが、この虫はチョウではなくエダシャクの仲間に分類されるガの一種である。従って羽に黄色い帯のあるエダシャク、名は体を表す、なんの疑問もおこらない。

とは云うものの、日本において区別して考えられているチョウとガは、ドイツ語やフランス語においては両者を区別しない。ドイツ語においてはチョウとガをまとめてFalterと表現し、これを区別したい場合にはチョウはTagfalter、ガはNachtfalterと呼ぶという。フランス語においても、チョウとガをまとめて papillon と表現し、これを区別したい場合にはチョウは papillon de jour あるいは  papillon diurne 、蛾については papillon de nuit あるいは papillon nocturneと言うそうである。チョウとガを区別して表現するかどうかはその土地の慣習であり、一方が正しくもう一方が間違っているということはない。さらに分類学的に言えば、鱗翅目(チョウ目) Lepidoptera を指すと書いてあるが、これをガ目とも云うとも書いてある。要するに目のオーダーでは区別はないということだ。

話は変わる。モンシロチョウというチョウがいる。キャベツ畑に現れ殺虫剤を使わなければ、キャベツをレースの塊にするチョウだ。今年4月に植えたキャベツは見事にレースになった。寒冷紗のトンネルをかけたのが遅れただけである。だからといってこのチョウを嫌っている訳ではない。問題はその名前である。一匹一匹をみれば可憐なこのチョウ、確かにその羽に紋はあるのだが、その紋の色は黒いのである。黒い紋があるのに何故モンシロチョウと呼ぶのだろう、というのが子供の頃からの疑問だった。何人かの大人に聞いてみたことはあったが、明快な答えは返ってこなかった。何しろ白いチョウはすべて、モンシロチョウだと思い込んでいるのが通常の大人という生き物である。知らないという言葉を子供に言うのは死ぬほど辛いと思っている先生という人種に、こうした事を聞くのはもっと悲惨なことになる場合が多い。こうした疑問は、追いかけても変人扱いされる場合が多い事を何度も経験していたので、いつものなぜなぜの癖が出たものだと還暦近くまで放置していた。

少し暇になって改めて昆虫の分類について調べ始めた。答えを先に書くが、モンシロチョウはシロチョウ科のモンシロチョウ属に属する。モンシロチョウというひと塊の用語のらしい。つまりモンシロチョウであり、その意味は羽に紋のあるシロチョウということらしい。つまりモン・シロチョウの羽には黒い紋があるのだが、モンシロチョウという名称の中にモンの色についての情報は含まれていないのである。ただ、紋のあるシロチョウという事のようだ。クロモンシロチョウあるいはモンクロシロチョウと命名すれば良かったのかもしれないが、そんな理屈っぽい名前ではモンシロチョウの印象が鬱陶しくなる、

それはそれで良いのだが、スジグロシロチョウというチョウがいる。このチョウはシロチョウ科のモンシロチョウ属のチョウなのだが、その羽には確かに黒い筋がある。モンシロチョウの命名の経緯に沿って命名すればスジシロチョウとするのが妥当であると思えるが、この場合はスジの色が黒いという情報が含まれている。

モンキチョウというチョウがいる。これをどう読むか。モン・キチョウと切って紋のあるキチョウと考えるか、モンキ・チョウと切って紋が黄色いチョウと考えるか。モンキチョウの羽には確かに黄色い円形の紋がある。困ってしまうのだが、モンキチョウはシロチョウ科に属する。モンキ・シロチョウとして、紋もはねも黄色いシロチョウ科のチョウとして考えるのが妥当かなと考えるのだが、違った捉え方も可能である。このチョウはシロチョウ科のモンキチョウ属に分類される。とすればモンキチョウはモンキチョウとしてひと塊の用語としてみるべきかもしれない。ただ、命名された理由は紋のある黄色いチョウであるという事だろう。

モンキアゲハというチョウがいる。この季節、林縁を比較的速い速度で飛び回る、アゲハチョウである。羽に黄色い紋がある。従って紋黄アゲハ、これでよく理解できる。スジグロシロチョウの構造と同じである。同じような名を持つチョウはかなり多い。ツマグロヒョウモン、シータテハ、エルタテハ、ウラナミシジミ、アサギマダラ等などである。

かなり悩ましいのはウスバシロチョウ、初めて見たのは大山の山麓だったと記憶しているが、モンシロチョウに似た大きさの白っぽいチョウで、羽がいくぶん透けている。だが飛び方をみるとシロチョウの仲間のとは雰囲気が違う。実はこのチョウ、シロチョウ属ではなくアゲハの仲間である。にもかかわらず、シロチョウという名前がついている。名前と分類が矛盾している訳だ。とはいえウスバアゲハという別名を使えば、この矛盾は解消する。同時に飛び方の違和感も解消する。

何をグダグダと書いているのかといえば、子供の頃、世の中はキチンと論理的に整理されたものであると信じていた。大学の先生が編纂した昆虫図鑑であれば、虫の名前と分類、各虫のカテゴリーとヒエラルキーに齟齬が生じる筈はないと思っていたのである。これはそうした先生方に責任があるのではなく、私が勝手に過大評価していただけで、現実というものがそんなに美しく整理されるものではない事を知らなかっただけである。こうした考え方の癖というものはなかなか変わらない。本を読んでも、新聞を読んでも、人の話を聞いても、何か違うなと思う事が多かった。まあそれは、極めて個人的などうでも良い事である。

昨日、田んぼの畦草を切っていたのだが、とにかく暑くてばててしまい畔に座り込んでしまった。熱中症ではなかったのだが、疲れ果ててしばらく立てなかった。しばらくボーとしていたら、目の前をシオカラトンボの雌が通りすぎて40cm程右側のイネの葉に留まった。数分後、左から青いイトトンボがやって来て手の届きそうな左側の葉に留まった。一寸小ぶりに見えたのでモノサシトンボではなくオオイトトンボかセスジイトトンボ、あるいはホソミイトトンボのどれかだろう。これらを区別できるほどの虫キチではない。綺麗だなと思い動かずに眺めていたら、アキアカネの集団がやって来て群舞を始めた。最高の景色である。気持ちが和んでしまって、夕食時のビールが実に旨かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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解糖系という概念に対する異論 4

 この経験を若い学生さん達に共有してもらいたいと願っている。そこで蛇足と分かってはいるが、解糖系を生物有機化学的見地から少しばかり丁寧に描いておきたい。一般の方々は読み飛ばされて、いや読み捨てられて結構であるが、少し詳しく理解したいと考えている真摯な学生さん達には有益だと考える。大学を中途退職して18年程経ったのにまだこんなことを言い続ける、つくづく教えることがというより、伸びていく若者を見るのが好きだったのだなと思う。

 まずD-グルコースについてである。D-グルコースは水に溶かすと、図2に示すよう3種の混合物として存在する。(量的に少ないのでフラノース型は無視する)そして下図におけるⅠ、Ⅲ、Ⅳの式で書いてある場合が多い。有機化学を十分にわからない段階でこういわれると、解らんと壁を作ってしまう学生が多い。少しかみ砕いて書いてみよう。

図2 鎖状構造を介したグルコース異性体間の相互変換と変換反応時のプロトンの処理

 この図においてⅠとⅡ、ⅣとⅤは同じものである。とにかく水に溶かすと、グルコースは Ⅰ、Ⅲ、Ⅴ の構造間で相互に変換しながら存在している。色んな書籍の中でよく見かけるのはHaworthの投影法にしたがって描かれたIIとVの式、及び Fisher 投影法に従って描かれた III の式である。I と IV は、立体化学を意識して描かれたものである。では II と III と V は相互に違うのか、それとも同じものかという疑問を持たれると思うのだが、答えは難しい。こうして形を固定して描いてしまえば違うものである。しかし、次の瞬間には Ⅲ を経由して相互に変換しているという立場に立てば、同じものであり得るという禅問答のような答えが正しい答えとなるだろう。

 グルコースは還元糖でありフェーリング反応を起こすし銀鏡反応も起こすことが知られている。この D-Glucoseの還元性は、III式の1位にあるアルデヒド基が原因になっている。では、II、V で示す α-D-グルコース や β-D-グルコース にはアルデヒド基がないため還元性は持たないかといえばそんなことはない。それらを水に溶かすと、I(α-D-Glucose 約 37 %)、III (D-Glucose ごく微量)、V (β-D-Glucose約 63 %)の平衡混合物となってしまう。そして、ごく微量存在するD-グルコースが、還元性を示す原因となるのである 。その異性化のプロセスを、下段に分かり易く描いてみた。

 そこで中央のD-グルコースをHaworthの式をイメージしながら描くと、下段に示した左右二つの式(VIとVII)を描くことができる。一見、1位の形が違うのではと思われるかもしれないが、1-2位の炭素間はsp3混成軌道間の結合であるため、自由回転(Free rotation)が可能であり、これらの2つの式は同じ物質を示している。ここで、5位の水酸基の酸素分子が1位のカルボニル炭素を求核攻撃するとヘミアセタールが生成し、環状構造が出現する。この時、アルデヒド基のカルボニル基が向いていた方向によって、環の1位に出現する水酸基の方向が確率的に決まってくる。

 初学者が迷うのが水素イオンの処理である。5位の水酸基の酸素分子が1位のカルボニル炭素を求核攻撃するに際して、水酸基の水素は水素イオンとして外れなければならない。その水素イオンは、攻撃を受け立ち上がったカルボニル基のマイナスに荷電した酸素に移動しなければならない。慣れれば何でもなく脳内で処理できるのだが慣れない間は何となくこの水素イオンがこっちの酸素に移動しなければならない。結構遠いな、などと考え込んでしまうらしい。グルコースは水に溶けている。その時、水素結合で連なった水分子のクラスターみたいなものが、水素イオンの見かけの移動を担っていると考えれば良い。図1の下部に書いた概念図を参照して欲しい。左側の図がα-D-グルコース、右側がβ−D-グルコースの場合の図である。これらの図が正しいというわけではなく、挟まってくる水分子はいくつでも良い。

 さてそこで、解糖系にはいることにする。図3に解糖系の最初の部分、グルコースからフルクトース-1、6-ジリン酸までの反応を示す。中段の列が通常描かれているもので、上下に各反応のメカニズムを示している。ここで、Enzyme-B: は酵素の活性部位に存在する塩基性部位を示し、Enzyme –A-Hは酵素の活性部位に存在する酸性部位を示す。これもまた初学者が惑うことなのだが、Enzyme –A-Hから水素イオンが外れるとEnzyme –A:−イオンとなり(−記号は上付き文字)これは塩基として働くし、水素イオンを受け取ったEnzyme-B: H+(+記号は上付き文字)は酸として働くことになる。


図3 α-D-グルコースからフルクトース-1,6-ビスリン酸まで

 グルコースからグルコース-6-リン酸(G-6-P)への反応は、グルコースの6位の水酸基とATPの γ 位のリン原子との間に起こる2分子求核置換反応《SN2反応》により進行する。この反応において酵素は反応の進行を促進すると同時に、二つの基質を補足してグルコース6位の水酸基とATPの γ 位のリン原子間で反応が起こるように配置するわけだ。

 生成したG-6-Pは、まずヘミアセタール環が解列してできたαヒドロキシアルデヒドがケト-エノール互変異性体であるcis-エンジオール中間体を経由して鎖状のフルクトース-6-リン酸に異性化した後、生成したカルボニル基と5位の水酸基の間でヘミアセタール環(フラノース環)が形成されることで完成する。この反応においては描きにくかったので省略したが、ホスホヘキソースイソメラーゼの活性部位内の塩基性部分が、反応において脱離するプロトンを攻撃し、そのプロトンを生成した酸素アニオンに供与していると考えて良い。この際、グルコースの環化と同じように4位と5位の炭素間の結合が自由回転であるため、生成するF-6-Pはα体とβ体の混合物になるらしい。従って中段のF-6-Pには結合を波線で示した。F-6-PからF-1,6-PPヘの変換は、α体を例にしたように描いているが、やはりF-6-Pの1位の水酸基がATPのγ位のリン原子を攻撃して起こる起こる2分子求核置換反応《SN2反応》である。生成したF-1,6-PPは多分α体とβ体の混合物になるのだろう。書籍によりα体で描いてある場合とβ体で描いてある場合が存在する。生体内の話であるため、水中にあると考えて良いだろう。とすれば、この両異性体間においても相互変換が起こっているため、簡単にこちらだと決めることは難しそうだ。今後は、そうしたことも頭に入れた上でα体の形で描いていくことにする。

 これくらい丁寧に描いてある教科書があったら、私ももう少し早い時期に理解が進んだかもしれない。それはお前の理解力の低さに由来するものだと言われればそうかと言う以外に言葉はないが、話を聞いていると多くの人も解っていないことが言葉の端々から感じられる。多くの人の中に生化学教育を担っている方々が散見されるのが残念である。

 ただし、以上の描き方では、酵素の反応に対する関与については殆ど述べていない。糖分子にはいくつもの水酸基があるのに、何故特定の水酸基のみが反応に関与するのか、反応の促進はいかに起こるのか、などという問題に踏み込まなければならないのだが、そこまでやると何が問題であったのかさえ霞んでしまうだろう。生物における酵素反応の奥はもっと深いということで、ここは納めておくことにしよう。では次の段階、すなわち、フルクトース-1,6-ジリン酸から3-ホスホグリセルアルデヒドと1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸への反応に進むことにする。

 解糖系における反応の中で、この段階がもっとも解りにくいのではないかと思う。ここで起こっている反応はレトロアルドール縮合と呼ばれるものだが、レトロアルドール縮合はよく知られたアルドール縮合の逆反応である。まず図4にアルドール縮合の説明から描いておくことにする。上段にはアルドール縮合の端緒と言うべき反応を描いている。アルドール縮合に分類される反応は無数といっても良い程存在し、アルドール縮合に分類される反応をまとめたAldol condensationというタイトルを含む書籍は、数十種を優に超えるだろう。そのアルドール縮合の原型とされている反応が、図に示したアセトアルデヒドからアルドールを生成する反応である。有機化学の入門書においては「α-水素をもつケトンまたはアルデヒドが縮合して,β-ヒドロキシケトン,もしくはβ-ヒドロキシアルデヒドを生成する反応」などとごく簡単に説明して、2分子のアセトアルデヒドからアルドールが出来る反応と、それに続くアルドールから脱水によってクロトンアルデヒドが副生する図が示されている場合が多い。

図4 アルドール縮合の説明図

 だがこの反応はそんな説明で済むようなものではなく、炭素−炭素結合を作る極めて重要かつ応用範囲の広い反応である。とはいえ、ここは有機化学の話をする場ではない。少しだけ有機電子論の立場からアルドール縮合について説明し、目的のレトロアルドール縮合へと話を続けたい。アセトアルデヒドはカルボニル基の隣の炭素上に水素原子が存在する。従ってケト-エノール互変異性体が存在するわけだ。中段に描いた反応式において左側がアセトアルデヒドのエノール体、右側がケト体である。エノール体がケト体に異性化しようとするとき、瞬間的に2位の炭素がアニオンに変わると考えて良いだろう。そのアニオンが、隣のケト形のカルボニル炭素を攻撃して炭素−炭素結合が生成すると同時に、腑に荷電した酸素にプロトンが結合してアルドールとなるわけである。

 この反応は塩基性触媒、あるいは酸性触媒の存在下に加速されるのだが、塩基性の触媒は右に示したA即ち炭素アニオンの生成を加速し、酸性触媒はB即ちカルボカチオンの生成を加速することで反応速度を上げている。蛇足だが、仮想的アルドラーゼは下段に示すように、活性部位に存在する塩基性部位と酸性部位が協奏的に働き驚くほどの反応速度を達成していると考えられる。但し、これは模式図にすぎない。反応メカニズムがそうなっているという意味での話であって、実際に生物中にアルドールそのものを形成する酵素が存在するかどうかは分からない。(電気陰性度の差によるカルボニル基の立ち上がりとか、ルイス式による構造式の表示と形式電荷などについては理解しているという前提で描いている)

 とりあえずアルドール縮合は分かったとして、先に進むとすれば、この反応の逆反応がレトロアルドール縮合である。この開裂反応はまだ未熟だった私を最も悩ませた変換反応の一つである。この反応において、フルクトース-1,6-ジリン酸はレトロアルドール縮合を起こし、1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸と3-ホスホグリセルアルデヒドへと解裂するのだが、当時は何が起こっているのか皆目分からなかった記憶がある。

図5 レトロアルドール縮合によるフルクトース-1,6-ビスリン酸から3-ホスホグリセルアルデヒドと1,3-ジヒドロキシ-アセトンリン酸ヘの開裂

 図5の上段に示すように、アルドールのβ位の水酸基からカルボニル基が再生するとき2位のC−C結合が切れ、左側の部分からアセトアルデヒドが生成するのと同時に、右半分はアセトアルデヒドの2位の炭素原子上にアニオンが発生する。このアニオンが最初に外れたプロトンと結合して、もう一分子のアセトアルデヒドが生成すると考えて良い。その次の段に、上の反応の形に合わせてフルクトース-1,6-ビスリン酸のフラン環が開いた後、3位と4位の間で開列が起こるレトロアルドール縮合を示した。上下を見比べてもらえば分かりやすいだろう。

 1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸には不斉中心が存在しないためそのまま下段のように描いて不都合はない。一方、3-ホスホグリセルアルデヒドは2位の炭素が不斉炭素であるため、これをフィッシャー投影法で描き直してやると見慣れた投影式が得られる。この辺りの表記法については、分子模型を使って慣れるしか方法はない。不思議な物で、慣れれば脳内に浮かんだ分子が回転したり反転したりするようになるので、そこまで頑張って下さい。

 最後に、1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸はトリオースリン酸イソメラーゼによって3-ホスホグリセルアルデヒドへと異性化され解糖系の中に取り込まれていく。従って、ここから先は2分子が流れていくことになるのだが、この異性化はエノール性互変異性体を介して起こる異性化反応でありフルクトースとグルコースの相互変換とメカニズム同一である。一言付け加えるとすれば、この段階も立体選択的な反応で、生成物はD体のつまりフィシャー投影において水酸基が右側に描かれる3-ホスホグリセルアルデヒドであることは注意しておくべきである。(1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸は上下を入れ替えて描いたほうが親切だったと思わないでもないが、上の段とのつながりもありこの形となりました。)

 レトロアルドール縮合はアルドール縮合の逆反応である。またもや脱線するが、縮合反応の一般的な定義は、2つの分子が水、アンモニアなどの小さな分子の脱離を伴って新しい共有結合を生成する反応をいう。そうであるのにフルクトース-1,6-ジリン酸から3-ホスホグリセルアルデヒドと1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸ヘの反応は、レトロアルドール縮合という縮合反応に分類されている。にもかかわらず、実際はフルクトース-1,6-ジリン酸が3-ホスホグリセルアルデヒドと1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸ヘ開裂しているのである。これは縮合反応という反応の定義、つまり小さな分子の脱離を伴って新しい共有結合を生成する反応という定義に合わないのではないかと悩んだ経緯がある。

 「君は人の悩まないところで悩む才能を持っているね」とある人に褒められた(けなされた?)ことがあるのだが、まさにその通りである。こんなことで悩んでいると学習が進まない。でも、世の中には私のような若者がいるかも知れないと考えて以下の説明を付け加えておくことにする。

 アルドール縮合の逆反応であるレトロアルドール縮合は、縮合反応ではなく開裂反応である。勘違いしないように書くとすれば、レトロアルドール反応として縮合という言葉を抜くべきであろう。要するに、人の悩まないところで悩む才能を持つ阿呆な著者が、レトロ・(アルドール縮合)と切るべき所を、(レトロアルドール)・縮合と切って読んでしまい、この反応を縮合反応であると誤解したのが迷走の原因であった。つまりレトロアルドール縮合とはアルドール縮合の逆反応であり、C-C結合の開裂反応である。

 つづいて、3-ホスホグリセルアルデヒドから1,3-ビスホスホグリセリン酸への基質レベルでの酸化を伴うリン酸化反応である。

図6 3-ホスホグリセルアルデヒドから1,3-ビスホスホグリセリン酸ヘの変換反応

 図6に示すように、この反応の初発段階は、3-ホスホグリセルアルデヒドデヒドロゲナーゼのシステイン残基にあるSH基が3-ホスホグリセルアルデヒドのアルデヒド基に付加する反応である。酵素内の塩基性部位がチオール残基を活性化し、カルボニル基への付加を加速する。この際、酵素内の酸性残基がカルボニル基の立ち上がりを促しているため、この付加反応は速やかに進行する。この付加反応で、酵素内の酸性残基と塩基性残基が入れ替わっている。−A:で表示された塩基が1位に発生していた水酸基のプロトンを攻撃してカルボニル基の再生が起こるのだが、この時1位の水素がアニオンとなってNAD+のピリジン環の4位に求核的に付加する。この反応は、水に対して極めて不安定なヒドリドイオンが生体内で移動するという興味深い反応である。よく見ていただければ分かると思うが、−A:でプロトン(H+)が抜かれ、ヒドリドイオンの移動でHが抜かれている。両者を合わせると脱水素が起こっているため、この段階が酸化反応ということになる。次の段階では正リン酸イオンが反応性の高いチオールエステルのカルボニル基を攻撃した結果、切れていく硫黄アニオンが酵素分子内の−B:を再生して酵素が元に戻ると同時に、目的物である1,3-ビスホスホグリセリン酸が生成することになる。

図7 1、3-ジホスホグリセリン酸からピルビン酸までの変換反応

 さて図7に示すように、ここで得られた1、3-ジホスホグリセリン酸のカルボン酸とリン酸の混合酸無水物は化学的に非常に反応性が高く、キナーゼの存在下にADP末端のリン酸基ををリン酸化してATPを生成すると同時に、3-ホスホグリセリン酸を与える。このステップがグリコリシスにおける最初のATP生産段階である。

 次のステップは幾分ややこしい。ここでは脊椎動物、昆虫、藻類、そしてグラム陰性菌に主に分布している反応について描いておく。働く酵素はホスホグリセリン酸ムターゼなのだが、この酵素は分子内にリン酸化されたヒスチジン残基を持っている。反応のはじめの段階で、この酵素のリン酸基は3-ホスホグリセリン酸の2位のリン酸化に使われる。つまり2,3-ジホスホグリセリン酸が中間体になるのであるが、この中間体が生成すると直ぐに酵素の活性部位の形が変わり、酵素のヒスチジン残基は2,3-ジホスホグリセリン酸の3位のリン酸基を攻撃してリン酸化され元に戻ると同時に、2-ホスホグリセリン酸が生成する。従って、この2位のリン酸基は酵素のヒスチジン残基と結合していたものであり、初めに3位に存在していたリン酸基が転移したものではない。

 次のステップはエノラーゼに触媒される脱水反応である。図7に示すように協奏的に脱水が起こり、極めて反応性の高い重要な代謝中間体であるホスホエノールピルビン酸が生成する。このホスホエノールピルビン酸はピルビン酸のエノール体に存在するエノール性水酸基がリン酸化された形の化合物で、ピルビン酸キナーゼの存在下にADPをリン酸化してATPを生産しながら解糖系の最終産物であるピルビン酸が生産されることになる。

 できるだけ丁寧に記載しているので、興味のある方は全体を通してトレースして下さい。有機化学系の学生さんは、生化学反応が有機電子論的に描けることに納得して頂けると思うし、生化学系の学生さんは、生化学反応の基礎にある有機化学という学問に今少し目を向ける切掛けにして欲しい。老婆心からの発言です。とは言っても各図には不十分、場合によっては不正確な点があることは十二分に分かっている。気付いていないミスもあるだろうし、私が誤解している部分もあるかもしれない。しかし、お釈迦様が説くところの方便として受け取っていただければ幸いである。後は各自で補って欲しい。とにかく、2分子が流れる後半のプロセスで4分子のATPが生産される。この4分子のATPから前半で消費された2分子のATPを差し引いて、系全体のATP生産は2分子であると説明されているわけだ。
 こうした形で理解した上で考える解糖系と、図1をとにかく丸暗記して答える解糖系には認識の上で隔絶した差があることを自覚していただければそれで良い。

 次回は、蛇足から本論に戻り、この解糖系の理解の仕方が妥当であるかどうかについての議論を始めたい。蛇足の蛇足みたいだが、2分子のATPを投資すると、4分子のATPが収益として得られるという認識、まるで資本主義的理解だな。善し悪しの問題ではなくこうした説明に違和感なく納得する感性を、我々は現代社会の枠組みの中で身に付けて来たのかもしれない。さらにだが、一番初めに投資されたATPは何処にあったのだろう。

 図中の何処かに矢印を逆向きに書いている所を見つけた記憶があるのだが、どこであるか確認できない。そうした誤りがあることを念頭に置いて読んで欲しい。

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解糖系という概念に対する異論 3

解糖系についての序章

 大学で生物系の学科を卒業した人だけではなく、高校で生物学を履修した人であれば、少なくとも解糖系という名前だけは聞いた記憶があるだろう。しかしながらこの解糖系、知名度は抜群であるにもかかわらず、きちんと説明できる人は少ない。この経路は生物の基本的代謝系である、絶対に覚えろと言われたから試験前に覚え、試験が終わったら直ぐに忘却したと言う人が大部分だろう。現実の問題として、我々にとって生活にさほど役立つ知識ではないし、覚えていたからと言って飲み屋で披露できる知識でもない。

 初めから脱線するようだが、系と経との使い分けで悩んでいる。代謝系と使う場合は系、代謝経路と使う場合は経を使う。系を英訳するとsystem、経はpathwayとなるのだろうが、系路という使い方もある。さらに、径路という言葉もある。径路と経路は同義であると考えて良いと思うのだが、この径路は生化学分野では使われないようだ。今までの経験からすると、解糖に関する用語においては系が使われる。ところがペントースリン酸経路の場合は系ではなく経を使うようだ。どうもいま一つ分からない。多分、使われ続けてきた歴史が反映しているのであろう。軽々に決められない系路と経路、とりあえず著者の感性で使い分けることにする。

 そこで解糖系、実生活で役に立たないからといってどうでも良い系であるかと云えばそうでもない。生化学という学問において、この系はとても、いや最も重要かつ基本的な系として扱われている。日本薬学会という薬学の研究者が構成している学会があるのだが、その薬学会には用語解説のページがある。薬学会自体を批判するつもりはないが、このページには常識的な解説が書いてあるので、少し引用することにする。このサイトにおいては解糖系を以下のように説明している。

解糖系

glycolytic pathway, エムデン-マイヤーホフ経路

グルコースを分解して、ピルビン酸や乳酸を生成する代謝経路。大腸菌からヒトまで多くの生物種に保存されている。解糖系に関与する酵素は、哺乳動物ではすべて細胞質ゾルに存在する。反応全体の収支は、グルコース+2NAD+2ADP+2リン酸→2ピルビン+2NADH+H+2ATP+2H2O、もしくは、グルコース+2ADP+2リン酸→2乳酸+2ATP+2H2O、となる。解糖系は、酸素がまったくない状態でもATPを供給できる特徴をもち、激しい運動時など酸素欠乏時の骨格筋(主として白筋)では必須となるほか、赤血球や神経細胞では唯一のエネルギー供給経路となっている。好気的条件下にある多くの組織では、ピルビン酸からアセチル-CoAが生成し、解糖系クエン酸回路へ基質を供給する経路としての役割を果たす。解糖系の反応の大部分は可逆的であり、糖新生でも同じ酵素が逆方向の反応を触媒するが、ヘキソキナーゼ(グルコキナーゼ)、ホスホフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼの反応は、生理的に不可逆であるため、糖新生では別の酵素が触媒する。グルコース以外にフルクトース、ガラクトース、マンノースやグリセロールも解糖系に回収されて代謝される。また、グルコース6-リン酸はグリコーゲン代謝やペントースリン酸回路などの分肢点となるとともに、ピルビン酸からはアラニンが生合成される。(2005.10.25 掲載)(2009.1.16 改訂)(2014.7.更新)

 もう一つ、私がよくお世話になっているバイオインフォマティクス研究用のデータベースから引用しよう。KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes:京都遺伝子ゲノム百科事典)と言うサイトで、京都大学の金久實教授達のプロジェクトとして構築され、ウェブ上に公開されているものである。そのグリコリシスのページの説明文を引用する。

  Glycolysis is the process of converting glucose into pyruvate and generating small amounts of ATP (energy) and NADH (reducing power). It is a central pathway that produces important precursor metabolites: six-carbon compounds of glucose-6-phosphate and fructose-6-phosphate and three-carbon compounds of glycerone- phosphate, glyceraldehyde-3-phosphate, glycerate-3-phosphate, phosphoenolpyruvate, and pyruvate.

 訳文

 グリコリシス(解糖系)はサイトゾルに存在し、ブドウ糖をピルビン酸に変換し、少量のATP(エネルギー)とNADH(還元力)を生成するプロセスである。グリコリシスは重要な代謝前駆物質である6炭素化合物:ブドウ糖6リン酸、果糖-6-リン酸、そして3炭素化合物:グリセロンリン酸(1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸)、グリセルアルデヒド-3-リン酸、3-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸とピルビン酸を生産する中心系路(Central pathway)である。

注:このKEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes:”京都遺伝子ゲノム百科事典” )というサイトは、1995年に京都大学化学研究所の金久實氏らによるプロジェクトとして発足したあと、現在も整備が続けられている膨大なデータベースである。極めて有用なサイトである。その中のグリコリシスの説明文に異論があるからといって、その存在価値は些かも揺るがないことを付け加えておこう。こんな文章が書けるのもKEGGのお陰である。

 上記の説明を読んで即座に「うむ」と納得できる人は極々少数であるとと思う。大多数の人が、科学者と呼ばれる集団が使う専門用語にたじろいでしまうのではないだろうか。もう少しわかりやすくならないかと思わないでもないが、これはこれで仕方ない。専門用語を一応理解した上で記憶し、論理的に使いこなせるようになることは、専門分野を修得するに際して避けて通ることは出来ない。さらに、これらの内容が判りにくいからと言って、その記述が間違っているわけではない。これらの説明文を書いた筆者たちの住むパラダイムの中にあっては、これらの説明は間違いではないのである。

 では、先の二つの説明の何処に異論があるのかと問われるのだろうが、一言で答えるのは甚だ難しい。詳しい話は後ろに回すとして、一つだけ疑問をを投げ掛けておこう。確かに、解糖系は大腸菌からヒトまでどころではなく、原核生物(古細菌を含む)から真核生物にわたる多くの生物に広く分布する代謝系である。その点に疑問はないのだが、出発物質がブドウ糖であることに納得が行かない。この系を持つすべての生物は、エネルギー源として使うブドウ糖の給源を何処に求めているのだろうか。さらにだが、解糖系らしき系を持つ何種かの生物群には、その系の中にブドウ糖を含まない生物も散見される。それらをどのように説明すればいいのか?

 本格的な批判をする前に、解糖系について常識的な説明しよう。現在認められている解糖系についての知識がなければ、批判が批判ではなくなってしまうからである。さらにだが、この批判は次に述べる「TCAサイクルに関する異論」と続けて読んでもらったほうが理解しやすいだろう。現在、原稿に手を入れているので請うご期待というところである。そこで解糖系、解糖系は図1のように描かれるのが通常である。まあ縦に化合物を並べる場合もあるが、内容は同じである。そこで、この図に沿って説明をする。

  解糖系の出発物質であるα-D-グルコースは、ヘキソキナーゼの触媒下にATPを消費してα-D-グルコース-6-リン酸となる。生成したα-D-グルコース-6-リン酸はホスホフルクトキナーゼによってD-フルクトース-6-リン酸へと異性化される。D-フルクトース-6-リン酸はホスホフルクトキナーゼによってATPを消費しながら、D-フルクトース-1,6-ビスリン酸へと変えられた後、アルドラーゼの触媒下に3位と4位の炭素間の結合が開裂し、3単糖であるグリセルアルデヒド-3-リン酸とジヒドロキシアセトンリン酸が生成する。ジヒドロキシアセトンリン酸はホスホトリオースリン酸イソメラーゼによりグリセルアルデヒド-3-リン酸へと異性化されるため、ここから先は2分子のグリセルアルデヒド-3-リン酸が系を流れることになる。

 グリセルアルデヒド-3-リン酸はグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼによって基質レベルでの酸化を受けた後、リン酸を取り込んで1,3-ビスホスホグリセリン酸となる。混合酸無水物である1,3-ビスホスホグリセリン酸は高エネルギー化合物であるため、ホスホグリセリン酸キナーゼの存在下にADPをリン酸化してATPを生成しながら3-ホスホグリセリン酸に変化する。後で議論することになるが、この3-ホスホグリセリン酸は解糖系を考える上で重要な役割を果たす化合物である。記憶に残しておいて欲しい。

 3-ホスホグリセリン酸から2-ホスホグリセリン酸ヘの変換はホスホグリセリン酸ムターゼで触媒されるのだが、この酵素には2種類が存在する。一つは植物、古細菌そしてグラム陽性菌を中心に分布する酵素で、分子内でリン酸基の転移を触媒する酵素である。いま一つは、脊椎動物、昆虫、藻類、そしてグラム陰性菌に主に分布する酵素で、2,3-ビスホスホグリセリン酸をコファクターとして3-ホスホグリセリン酸の2位の水酸基のリン酸化に続く3位のリン酸残基の脱離を通して2-ホスホグリセリン酸を生成する。図1には、後者のタイプの反応をイメージして、2,3-ビスホスホグリセリン酸を中間体とする形で示している。

 こうして生成した2-ホスホグリセリン酸はエノラーゼによって脱水反応を起こし、極めて重要な代謝中間体であるホスホエノールピルビン酸に変換される。ホスホエノールピルビン酸はエノール型になったピルビン酸の水酸基がリン酸化された化合物で、ピルビン酸キナーゼの存在下にADPをリン酸化してATPを生産しながらエノール型のピルビン酸にとなるのだが、このエノール型のピルビン酸は極めて不安定で触媒の存在を必要とせず速やかにケト形のピルビン酸へと異性化する。

 解糖系においては、青の矢印で示した2つの段階でATPが消費され、赤の矢印で示した2つの段階でATPが生産される。グリセルアルデヒド-3-リン酸以降は系を2分子が流れることより、解糖系を通ってα-D-グルコースが2分子のピルビン酸に分解されると差し引き2分子のATPが生産されることとなる。また、緑の矢印で示した段階で、NAD+が還元を受け重要な補酵素NADH2分子が生成する。

 つまり、「ほとんどの生物が持つ嫌気的でもっとも普遍的かつ根源的な代謝系」である解糖系は、6炭糖であるブドウ糖を出発物質とし、酸素を使わずに2分子のピルビン酸まで分解することにより、2分子のATPと2分子のNADH2を生成する反応である」となる。

 学生の立場からすれば、「解糖系について知見を述べよ」という問題は、図1を記憶して、解糖系が「ほとんどの生物が持つ嫌気的でもっとも普遍的かつ根源的な代謝系」であること、2分子のATPと2分子のNADH2を生成する反応であることを書けば、間違いなく80点は貰える楽勝な問題である。系を乳酸まで伸ばせば、NADHの収支もゼロとなり、細胞内の酸化状態も変えずにATPの生産ができると書けば、今少しの加点が期待できる。私だって学生の時はそう答えた。現役教員の頃もそういう基準で評価をしていた。失礼ではあるが、分かっていないのにこの図を丸暗記する集中力と努力は認めるべきだと考えたからである。こいつ何にも分かっていないくせにと思っていたにせよである。

 本論から逸脱することは承知の上で、少しだけ補足しておきたい。代謝系を構成している反応群は、少なくとも有機化学的に理解されるべきだという立場にいる私から見ると、図1をとにかく丸暗記するという時点で理解することを放棄したと言える。これは当時の学生達を揶揄しているのではなく、学生時代の私自身に対する批判でもある。

 私も図1のような概念図を絵として暗記し、それを答案に書いた。単位は取れたのだが、何も分かっていないことには気付いていた。有機化学に片足を乗せて研究生活を始めようとしていた学生であるにもかかわらず、この系を構成する素反応群を有機化学的に記述できなかったのである。D-フルクトース-1,6-ビスリン酸とグリセルアルデヒド-3-リン酸・ジヒドロキシアセトンリン酸の間で起こる可逆反応なんて、とても刃が立たなかったし、グリセルアルデヒド-3-リン酸から1,3-ジホスホグリセリン酸への変換はさらに理解不能な反応であった。

 つまり、当時の私にとって図1は単なる絵に過ぎなかった。生物有機化学という分野自体がまだ一般的ではなかった時代、多くの先生方さえもが有機化学と生化学は別の学問であるという考えであったようだ。代謝系の素反応群を何とか有機化学的に理解したいと、ドナルド・J・クラムが有機電子論的立場から書いた有機化学の教科書を、練習問題まで全て解きながら5回ほど読み通した。進歩は遅く、解糖系の素反応を有機電子論的に描けるようになるのに5年ほどかかったのだが、そうなってみると新しい世界が広がっていたのである。この頃、1年後輩ではあったが、適切な指摘と助言をくれたK君がいなかったとすれば、今の私は無いだろう。できる後輩を持つというのは半分有り難く、半分怖いものである。感謝!!

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