ペントースリン酸経路への異論・・・3

 まあここまで来たのだから、ダメならダメで良い、一通り菌類(Fungi)、バクテリア、そして古細菌まで眺めて見よう。いままで解糖系やTCA回路に対する問題提起をして、それらの存在意義についての常識が違うのではないかとする仮説が、本人としては成立したと思ってはいるが、毎回思惑通りの結果が得られるものではないと半分諦めの境地で菌類のペントースリン酸経路を調べ始めた。予想通りといってはなんだが、菌類の持つペントースリン酸経路は、素反応1を欠き素反応2と3でNADPH2生合成を行う植物型のものであった。つまり、菌類に於いてもペントースリン酸経路はNADPH2生合成と不可分の関係にあった。いくつか馴染みのある酵母やカビの経路図を示そう。

Saccharomyces cerevisiae (budding yeast:出芽酵母) 
いわゆる清酒酵母のペントースリン酸経路
 Pentose phosphate pathway – Candida albicans のペントースリン酸経路
Neurospora crassa いわゆるアカパンカビのペントースリン酸経路
Penicillium rubens (抗生物質であるペニシリンを生産することが
知られていた最初の種)

 これ以上羅列しても仕方がない。Pyricularia oryzaeFusarium graminearum(ムギ類赤かび病菌)、Aspergillus niger 、Penicillium rubensSchizosaccharomyces pombe (fission yeast)、Trametes versicolor(カワラタケ)などなど、ほぼ全ての菌が植物タイプのペントースリン酸経路を持っていた。ただ一寸気になったのは、我々にとって身近な Aspergillus oryzae : (コウジカビ)が素経路1だけでなく2の両者を欠失しており、ペントースリン酸経路でのNADPH2生合成を行っていない。

 Pentose phosphate pathway – Aspergillus oryzae の持つペントースリン酸経路

 生体内には、ペントースリン酸経路以外にもNADPH2を生合成する経路はいくつも存在する。コウジカビがペントースリン酸経路でのNADPH2生合成を行っていないからと云って、そんな極々稀な例を基に論を起こすほど常識を失っているつもりはない。とにかく何か変だなという記憶を残しておくことにして、次の生物界である原生生物界に行きたいのだが、その前に少しだけ生物の分類群を整理しておく。動物と植物に関しては、まあ一般的理解と大きな開きはないとして、菌類と原生生物類と細菌類の違いについて充分に理解されているとは言い難い。そもそも分類そのものが未だ確定しているとも言い難い。私が参照しているKEGG のサイトも、分類に関しては余り気にしていないようだ。とはいえ、進化の起こった順というよりカール・ウーズの3−ドメイン説を幾分加味するとすれば、プロチスタの次に古細菌をおき、次に古細菌、最後に真正細菌を置いたほうが良さそうに感じるが、ここで問題にすることもないだろう。それよりも、ペントースリン酸経路を構成する系として描かれているにもかかわらず、素反応4と5を経由してNADPH2生合成を行っている生物がまだ出現していないことが少々気掛かりである。

 さてそこで、原生生物(プロチスタ)と呼ばれる生物群の持つペントースリン酸経路に入るのだが、この群に含まれる生物はなかなか難しい。プロチスタ (Ernst Haeckel 1866)、当初は真核/原核にかかわらず、何となく分類し難い単細胞生物を置いておく場所であったようだ。現在ではかなり整理が行われ、単細胞の状態で生活をする 真核生物を示す集合として用いられているが、含まれる生物は古典的な「原生動物」の他に、 珪藻など単細胞の藻類や、単細胞の生活環をもつ菌類なども含まれ、大きな多様性を秘めている分類群である。

 という事で、データの整理をしていたのだが、作っている田んぼにイノシシが侵入し畔を掘り起こしてしまった。先日の大雨で川から越水してした水で、かなり軟弱になっていたのも原因のようだ。そのままにしておくと穂ばらみ期に稲を食害されるだけでなく米に獣臭が付いて食べられなくなると云う。一昨日から弱った体にむち打って周囲の草刈りをし電柵の設置を始めた。明日には終わると思うが、それは体力次第である。取り合えず、ここまでをアップしておくことにする。次回は早いうちに公開できる予定である。

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老中会

 大学を卒業して52年、コロナ禍で開けずにいた50周年同窓会に出席してきた。浮羽には線状降水帯が居着いてしまい、二日前までは陸の孤島だったが。当日は何とか動けたので久しぶりの博多詣でである。

 52年というより半世紀余りと云ったほうがといったほうが雰囲気が出る氣がする。学科定員が40人でほぼ半数の出席だった。私の老化は着実に進んでいるらしく、貌を見ても誰であったか即座には分からない人が何人もいた。話し始めると昔のイメージがよみがえり、いまの貌の中に昔の貌が浮かんでくる。皆、変わったけど変わらないな。色々と話しながら、当時の苦い思い出もよみがえってくる。

 あの頃、私は小児喘息を引きずっていたため長時間の運動が出来なかった。インターバルを開ければ動けるのだが長距離を連続して走るのは全くダメ、それが原因で体育会系のクラブに入部することはなかった。山に登るのは好きだったが、いつ発作が起こるか分からず、ほぼいつも単独行、スライドショーで昔の山行きの写真が流れていたが何処にも私はいなかった。友人達が連れ立って九重山登っていた時、私は標高の低い宝満山・三郡山、四王寺山、古処山・屏山、浅間山・岳滅鬼山、英彦山から浅間山・岳滅鬼山などを彷徨っていたわけである。

 そんな事はどうでもよいとして、久しぶりの出会いは楽しかった。幹事をやってくれたM君と数人の方々に、改めて感謝である。さらに素晴らしい話ーF君が立派な賞を授与されたーもあって、会は盛り上がった。私は次の日に所要があって一次会で抜けたのだが、最後までいたかったな。

 一つだけ心残りがあるとすれば、この52年の間に亡くなった友人がいる。会の何処かで黙祷の時間を考えていたが、忘れてしまっていた。次回は忘れないようにしよう。

 さて、我々は後期高齢者という厚生労働省の官僚が名付けた、血も涙もないような名前で分類されるようになりつつあるのだが、この名前では前を向いて生きる気になれない。先はないよと冷酷にいわれているようで反発している。もし、このブログに出会った後期高齢者の方々、せめて名前だけでも反抗しようではないか。以前にこのブログの中で書いたかもしれないが、70~79歳を老中、80~84歳を筆頭老中、85~94歳を大老と呼ぶのはどうだろう。95歳以上をどう呼ぶか、神老ではどうだろう。少なくとも聞いて氣持ち明るくなる名を付けべきであると考えている。

 氣と気、顔と貌は意識的に使い分けています。本来の老中、大老に年齢の意味が含まれていないのも承知の上です。

 

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Tペントースリン酸経路への異論・・・2

 前回の最後に大袈裟なことを書いてしまったのかもしれない。しかしながら、この世の中に従前から唱えられ続けてきたペントースリン酸経路の意義を問い直すような仕事は、世捨て人みたいな生活をしている少数派にお似合いの営為かもしれない。

 まずペントースリン酸経路を概説したい。以下にKEGG に乗せられているReference Pathway に関する図とその説明を引用する。

ペントースリン酸経路の Reference Pathway

The pentose phosphate pathway is a process of glucose turnover that produces NADPH as reducing equivalents and pentoses as essential parts of nucleotides. There are two different phases in the pathway. One is oxidative phase in which glucose-6P is converted to ribulose-5P by oxidative decarboxylation, and NADPH is generated . The other is reversible non-oxidative phase in which phosphorylated sugars are interconverted to generate xylulose-5P, ribulose-5P, and ribose-5P. Phosphoribosyl pyrophosphate (PRPP) formed from ribose-5P is an activated compound used in the biosynthesis of histidine and purine/pyrimidine nucleotides. This pathway map also shows the Entner-Doudoroff pathway where 6-P-gluconate is dehydrated and then cleaved into pyruvate and glyceraldehyde-3P .

 「和訳:ペントースリン酸経路は還元剤としてのNADPH2 とヌクレオチドで不可欠な成分であるペントース類を生産するグルコース変換のプロセスである。この径には二つの異なったフェイズが存在する。一つは不可逆的な酸化段階であり、この部分においてグルコースー6ーリン酸は酸化的脱炭酸によりリブロースー5ーリン酸に変換され同時にNADPH2 が生成する。もう一つの可逆的かつ非酸化的段階においては、リン酸化された糖が相互変換され、xylulose-5P, ribulose-5P, and ribose-5Pを生成する。リボース–5−リン酸から作られたホスホリボシルピロリン酸は活性化された化合物であり、ヒスチジンやプリン/ピリミジンヌクレオチドの生合成において使用される。ここに示した経路図はまた、6−ホスホグルコン酸が脱水素と同時にピルビン酸とグリセルアルデヒド−3−リン酸へ解裂を受ける Entner-Doudoroff pathway も表記している。」間違っていた場合の責任は筆者にあります。

 ここで書いてあることを要約すれば、ペントースリン酸経路はNADPH2 とペントース類を生産するためのグルコース変換のプロセスである。そしてグルコースー6ーリン酸から酸化的脱炭酸によりリブロースー5ーリン酸に至る不可逆的なNADPH2 生産段階と、リン酸化された糖の相互変換によりxyluloseー5-リン酸、ribuloseー5-リン酸、 riboseー5-リン酸を生成する段階に分けられるということになるだろう。

 上図を眺める限りにおいてペントースリン酸経路の出発物質は α–D–グルコース–6–リン酸であると考えていいだろう。ここについて重箱の隅と突くような議論はしない。KEGG の説明に従えば、ペントースリン酸経路の本体は紫の選で区分された部分、右上の一画がエントナードルドロフ経路、左の緑の部分が解糖系、中央下部の緑の部分が核酸塩基並びにヒスチジンに連なる部分である。ペントースリン酸経路の本体の中では、赤の矢印で示した部分が酸化的段階で最初と4番目の赤矢印の段階でNADPH2 の生産が行われ、リブロース−5−リン酸以降の部分が糖の相互変換の部分ということになる。

 以上が世の中の常識であり、この見方に異を唱える人に出会ったことはない。当たり前の話で、ペントースリン酸経路のレゾンデートルなどというテーマでやり取りをしたことがないのだから、出会う筈はなくて当然である。色々な学会の懇親会であっても、例え二次会であってもそんな話題は出し難い。退職直前の最終講義などであれば可能かなと思うが、私の場合は自己都合による退職だったので、そんな機会は与えられなかった。それは自業自得のなせる業として、依って立つ基礎的代謝系の見直しを全く考えないという世の趨勢はそれで良いのだろうか。歴史生物学においては、一つ一つの経路において、その経路を持つ生物間における差違を重視し、経路の各部分が出現した順序すなわち歴史性を重視する。以下に種々の生物の持つペントースリン酸経路を列記して議論するので少し時間をかけて眺めてほしい。

 私自身はある生物が高等であるとか下等であるとか云う意識はほとんど持っていないのだが、多くの人々は人類を万物の霊長と捉えている様なので、動物の代表例として人のペントースリン酸経路を使うことにする。人類の近い友達であるゴリラ、チンパンジー、オランウータンのペントースリン酸経路も同時に考慮することにする。各生物の持つペントースリン酸経路を示す前にもう一度 Reference Pathway を示し、ペントースリン酸経路の素反応にナンバリングをしておくことにする。

ペントースリン酸経路の重要な素反応にナンバリングをした

そこで、霊長類4種のペントースリン酸経路を表示しよう。

Pentose phosphate pathway – Homo sapiens (human)
 Pentose phosphate pathway – Pan troglodytes (chimpanzee)
 Pentose phosphate pathway – Gorilla gorilla gorilla (western lowland gorilla)
 Pentose phosphate pathway – Pongo abelii (Sumatran orangutan)

 この4種の生物のペントースリン酸経路は似たようなものだと思えるが、チンパンジーにおいては素反応2の部分が欠失している。必然的に素反応3も酵素はあるにしても機能していないと考えて良いだろう。一寸だけ気になるのは2の反応がNADPH2の生成反応であるということなのだが、素反応1がバイパスとして存在しているので問題にはならないのだろう。ただ、1の経路で働く酵素(ENZYME: 1.1.1.47)は、補酵素としてNADP+だけでなくNAD+であっても機能する。それがどうしたと聞かれても答えはない。事実を事実として書いただけである。

 近縁なヒトとチンパンジーの間であっても系に差があるとしたら、多種の生物を比較するといろいろな変異がありそうに思えるがそうではない。ヒト型の系を持つ動物にはゴリラ、オランウータン、ヤギ、ネコ、アカギツネ、ディンゴ、ラット、マウス、ウマ、コウモリ、アフリカゾウ、ラクダ、ウシ(3を欠損)、アムールトラ(3を欠損)、タヌキ、それにボノボはチンパンジーと近縁だがこちらに属する。魚類とヘビとカメとワニ、カエルの仲間の大半もこちらに属しそうだ。シーラカンスでさえヒト型のペントースリン酸経路を持つ。

 チンパンジー型の系を持つ動物はいくぶん少なく、イエイヌ、バイソン、鳥類であるニワトリ、シチメンチョウ、スズメ(3も欠損)、フクロウ、ウズラ、それからクロコダイルなどなど、続けても明確な結論は出そうにない。何しろ、動物としては原始的とみられているカイメンやサンゴの仲間もヒト型のペントースリン酸経路を持つ。

 つまり経路1あるいは経路2と3を持って、NADPH2生産を行っているという事実である。次に植物に目を移すと、全ての種において1の経路を欠損しているようだ。この傾向は節足動物においても顕著である。掲載されている全部の種類をみたわけではないが、検索した昆虫類、ダニ類の全てが1の経路を欠損してた。

 続いて植物界の代表としてArabidopsis thaliana (thale cress)の系と原始的藻類とされるOstreococcus tauri の系を引用するが、両者は経路1が欠損したほぼ同一の経路を持つ。ここには素反応2を欠いた生物は存在せず、この反応によってNADPH2 の生産が行われているようだ。

Pentose phosphate pathway – Arabidopsis thaliana (thale cress)
Pentose phosphate pathway – Ostreococcus tauri

 何をしようとしているのかいくぶん分かりにくい話だと思われそうだが、実はペントースリン酸経路の持つNADPH2 生合成について、これは必須のものではなく後で付け加わったものに過ぎないという論証をしようと思ってここまできた。だが、ペントースリン酸経路はNADPH2 生合成を経路であるというロジックはびくともしない。次回もその綻びを探してもう少し彷徨って見たい。

 

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雑念ですな

 雨が降っている。梅雨入りしたという報道があったが、ここから3週間余り田植えを意識しながら暮らさなければならない。当地の水田の多くが、裏作として麦が栽培されている。私は麦を作ったことがない。トラクターに付ける麦作用のアタッチメントも持たない。本音の所では麦作りもしてみたいと思っているのだが、一年中作業に追い回される生活は幾分辛い。さらに麦の収穫から田植えの間に時間的余裕がないのも幾分以上に厳しいと考え、半分の田んぼは近所の人の麦作用に貸している。残りの半分の田は地力の回復を図るという言い訳の下に休ませている。休ませるとは云っても、冬場に3回ほど耕起することは必要だし、周囲の草刈りも欠かせない。少しばかり湿田気味の田んぼゆえに、冬の間に畔や水口の補修とともに排水用の溝切りもしなければならない。今年は作業が遅れ気味で、まだすることが多い。体力が持つだろうか?

 昨日、それなりの用があって熊本県の荒尾市まで行ってきた。高速道路を使うと杷木インターから南関インターまでを使うことになり、片道で 92Km 、所要時間は1時間40分程である。料金は1960円である。往復で約4,000の円の出費は少々痛い。何しろ年金生活者である。そこで高速道路はできるだけ使わないことにした。三角形の二辺を走るのでなく一辺を走ろうと決めた。ちょっと面倒だが耳納山脈を越えてお茶の里星野へ出る。その後、坂本繁二郎がフランスのバルビゾン地方の雰囲気に似ているとして名付けたバルビゾンの道を通って八女市に出た後、1区間だけ九州道に乗り柳川インターで降りる。柳川市を抜けさらに西に進むと古賀誠道路とも呼ばれる有明海湾岸道路に出会う。徳益インターからこの有料道路に引けを取らない立派な道路に乗り最終の大牟田インターで降りれば目的地はすぐ、距離は 87Km 程で済む。

 三角形の二辺を走るのでなく一辺を走ろうと決めたのに距離はほとんど変わらない。マピオンのロードマップでは所要時間が2時間55分となっている。所要時間が1時間以上も伸びるかと思ったが、八女市と柳川市の中を抜ける時以外はほとんど信号がない道である。さらに、有明海湾岸道路では60~70 Km で流れることを考慮すれば、 30分くらいは短縮できると判断した。民主党の時代が良かったな。ということで実際に走ってきたのだが、実際の所要時間は2時間20分程度であった。まあ予想の範囲内である。運転時間と高速料金を考えれば、1時間20分ほどながく走らなければならないが3920円の節約になる。これは癖になりそうだ。

 TCAサイクルの話は終わったのか・・・5 に関して、ペントースリン酸経路の存在意義を問う議論については、テンポラリーメモリーの不足と眼精疲労のためもう少しだけ時間がかかりそうだ。少し予定より遅れている。

 さらに、関与したくない政治が集中力の邪魔をしている。マイナンバーカードの問題、LGBT法案の問題、SDGs の問題、熊本のTSMC工場建設問題、農業問題、ワクチン擬問題、ウクライナ問題等々とそれに対するマスコミの対応、冷静に考えると呆れ果てる状況だな。一部の良心的議員を除く堕落した議員様連中が、将来の日本社会のあり方など考えることなく、目先の金に釣られて脱法的に動き回っている。立候補の要件に社会的常識、倫理観、過去の犯罪歴、国籍条件などについての審査が必要な時代になってきたように感じている。これがなければ、私の生活はもっと静謐で創造的なものになると思っている。老中がここまで堕落した世界に暮らすことになるとは予想だにしなかった。近いうちに全てが崩壊するのかな。そんな気がしないでもない。そういえばこの「気」、敗戦前は「氣」を使っていた。GHQの指導というか命令で「気」に変えられた歴史がある。気と氣、含まれる意味の微妙な違いを考えると、氣を使いたくなる。

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ペントースリン酸経路への異論・・・1

 いま一つ大きな影響を受ける系路がある。ペントースリン酸経路である。この系路には多くの別称があり、初学者にとっては難解きわまりない系路である。これは幾分飲み込みの悪い筆者の感想であるとはいえ、同時に、二十数年の間生化学という講義を行ってきた教育者としての感想でもあるため、多分正しいに違いない。このペントースリン酸回路は、光合成における還元的ペントースリン酸経路に対し、酸化的ペントースリン酸経路と呼ばれることもある。また、ヘキソースリン酸経路 、ホスホグルコン酸経路 、単純にペントース経路 あるいはワールブルク・ディケンズ経路とも呼ばれる。私は大学の4年になるまで、ペントースリン酸経路はヘキソースリン酸経路は別物だと思い込んでいた。

 さらにこの経路内で起こるトランスアルドラーゼとトランスケトラーゼに触媒される炭素–炭素結合の切断と形成は、なかなか理解が難しかった記憶がある。有機合成においてアルドール縮合を経験した後で、これらの反応を改めて見直した時にそうなのかと了解した。理解の遅さに感動した記憶がある。とにかく、7単糖、6単糖、5単糖、4単糖そして3単糖のリン酸エステル群が、トランスアルドラーゼとトランスケトラーゼと呼ばれる二つの酵素によって華麗に相互変換をするスキームは、私には美しすぎたようだ。当時の私は、トランスアルドラーゼとトランスケトラーゼの反応メカニズムを何とか理解しようとする事に注意が向け過ぎて、この系の持つ意義についての考察には頭が回らなかった記憶がある。読者の方々はどうなんだろう。スムーズに理解されたのだろうか。

 いま一つ理解が遅れた原因は、この系の意義を解糖系の側路であるとして説明されたからだ。この系を6回回ると結果的に1分子のグルコールが6分子とCO2と2分子のNADPH2へと変換されるという説明を受けた。まだ素直だった筆者が、グルコース–6–リン酸からの代謝系を何度も何度も辿って見たのだが、なかなかそういう計算にはならない。経路図を見ても出口がどこなのかがどうしても分からない。さらにだが、経路の出発物がグルコース–6–リン酸なのかグルコースなのかも分からない、ここがはっきりしないとATP収支も計算できない。それどころか、解糖系の側路と書かれている場合でも出発物質はグルコースではなくグルコース–6–リンとしている。出発物質をグルコースとすると、嫌気的条件下でのATP生合成という解糖系のドグマに反するのが原因なのだろうか?

 例えばだが、ウィキペディアでペントースリン酸経路の説明に付けられている図を引用する。

ウィキペディアのペントースリン酸経路の説明に付けられている経路図

 この図を見てグルコース−6ーリン酸が出発物質であろうことは読み取れるが、どの化合物がいわゆる出力であるかを読み取ることは難しい。以下に示す他のサイト等も参照してほしいのだが、分かり難さにおいては同様である。これはこれらの記事を誹謗しているのではない。現在の解糖系の側路としての存在意義を維持した上で説明しようとすれば、そうならざるを得ない現実が有ると考えている。

http://www2.huhs.ac.jp/~h990002t/resources/downloard/15/15biochem3/03sugarcatabolism_2_15.pdf

http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/hms.htm

 じつは話の都合で大事なことを端折って議論を続けている。この系の存在意義に関する議論である。話を始めに戻して、落ち着いて考えることにする。ペントースリン酸経路の意義について、まず一般的に認められていることを整理しよう。第一の意義は、先に書いた解糖系の側路として糖代謝の一翼を担っていること。第二の意義は、この径で脂肪酸合成、コレステロール合成、光合成などに必須な還元剤である補酵素NADPH2の生産を行うこと。第三の意義は、核酸合成の原料であるリボース-5-リン酸を供給すること。この三つの機能がペントースリン酸経路の存在意義であるとされている。思うに、これは少々目的を盛り込み過ぎではないだろうか。一つの経路に全くベクトルの違う3種の目的を持たせて、かつそれらの目的に対応する合理的な制御システムを構築するなど神業であるとしか思えない。とすれば、1から3のなかでどれが生存に不可欠なものであろうか。

 まず第一の意義について考えたい。エネルギー資源の獲得が世界の覇権を意味していた20世紀においては、この考え方が生物における代謝系の研究に対しても有効な枠組みとして機能していた。いわゆる ”Zeitgeist” (時代精神)であろう。この枠組みの中では、エネルギー生産を担うとされた解糖系とTCA回路を重視し、それ以外の糖代謝系を解糖系とTCA回路に関係づけようとする時代の意志が無理なこじつけを強いていたように感じる。筆者は一連の議論の中で、解糖系とTCA回路の持つエネルギー産生機能を、さほど重視しない視座からの眺望を表明してきた。つまり解糖系においては 動物と植物の間で代謝のベクトルを基礎に、糖新生系を重視した解釈を行い、TCA回路においては電子伝達系との連接を緩めてエネルギー生産の意義を薄めるだけでなく、系内に存在する α–ケトグルタル酸を原料とする核酸生産系を重視する解釈を提唱したきたわけだ。

 さて、ペントースリン酸経路を無理なく理解するには、やはりこの系をエネルギー獲得の為の糖代謝系であるとする頚木から解き放つ必要があると思う。つまり、このペントースリン酸経路が解糖系の側路であるという捉え方をしないことを意味する。エネルギー生産に関しては、この経路がなくてもEM経路、エントナードルドロフ経路、ピロ解糖系、TCA回路、そしてそれらに連なる酸化的リン酸化反応があるではないか。植物であれば光合成の–いわゆる明反応において、生存に必要なATPとNADPH2は充分に生産されている。嫌気性微生物においても酸素以外の物質を最終電子受容体として利用する嫌気呼吸によってATPが作られている。ペントースリン酸経路が働いた時に、ほんの少しだけ解糖系と共通する物質を解糖系に流入させるが故に解糖系のバイパス的な意味合いがあるとされていると思われるが、ここでの議論においてペントースリン酸経路がエネルギー生産を担う代謝系であるという系の存在意義に関しては否定しておくことにする。

 ということで、次回の投稿ではペントースリン酸経路の第一の意義と第二の意義を完全に否定するつもりである。それは一寸やり過ぎではないかと思われる人が多いと思う。でも、そうして宣言しておかないと、右顧左眄に満ちた文章しか書けない。常識を否定するにはかなりな精神的エネルギーが必要であるばかりでなく、真実は少数派から始まるという思い込みが欠かせないからである。

 

 

 

 

 

 

 

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