解糖系という概念に対する異論 2

少しだけ格調が高過ぎる序論

 生化学におけるもっとも基本的でかつ重要とされる解糖系、TCA回路、ペントースリン酸経路などに対して、世の常識とは全く異なった解釈をしてみたい。山里に隠遁してしまった時代遅れの老爺の解釈であるため、誤謬である可能性を否定はできないが、これらの代謝系の意義づけに対して、長い間持ち続けてきた私の違和感を世に問うことにした。この私論が、これらの代謝系に関する独断と偏見に満ちた認識にすぎないのか、それとも今まで続いてきた認識の誤謬を正すものとなるのか、それはまだ分からない。判断は歴史に任せるしかない。

 もっとも、今までにも私と似た感想を持っていた人がいたかもしれない。でも、なかなか言い出せない雰囲気が学会に漲っている。そんな自分の足下を掘るような議論はするな、先に進めというのが主流にいる人々の考え方である。しかしながら、自らの依って立つ学問の足場を常に検証する営為は学者として不可欠なものであろう。だがそんなことを考えているのはきっと少数だろうな。序文としてはいくぶん長くなりそうであるが、現在認められている各系の常識的解釈を批判しようとするのであるから、どのような視座からこれを行うのか、何故そんなことを考えるようになったのか個人的な経験を含め書き留めておくことにする。

 40年以上前だったのだが、親父が倒れたという切迫した母からの電話が、下宿していた大家さんの家にかかってきた。午前2時過ぎだったと記憶している。下宿を出て小走りに国道まで出てタクシーを拾った。タクシー代の手持ちはなく家に着いたら払うという約束で乗った車の中で、これで私の黄金時代は終わるのかも知れないと考えでいた。この頃、研究活動を含む研究室での生活が楽しくて、この生活をあと数年は続けたいと願っていたのである。親父が倒れたというのに、自分の将来のことを考えているなんて、親不孝者だなと何処かで感じていた。タクシーから降りて家に戻ろうとした時、見上げた異様に澄み切った夜空に、オリオン座、おおいぬ座、そしてこいぬ座が絢爛と輝いていた。この星空に、伝承してきた神話を貼り付けた古代の人々の想像力(創造力)に畏怖を感じた。

    別に意図はありません。関係がありそうななさそうな写真です。懐かしいと思われる人がいるとすれば、同じ時代を生きた人でしょう

 4ヶ月の入院生活の後、奇跡的に親父が生還した。だが最も幸運だったのは、学生生活を中断せずに済んだ私だったに違いない。それはそうとして、絢爛たる星座を見た日から星を見る目が変わってしまったのである。誠文堂新光社から出版される天文ガイドや野尻抱影氏の著書を楽しむ程度の単なる天文ファンであった私が、星座とは何であるのかと改めて考え始めたのであった。当時、それが自らの専門分野である農薬化学、そしてその基礎をなしている生化学という学問を、根底から批判する営為に繋がってくるなどとは夢にも思わなかった。

オリオン座 https://www.civillink.net/sozai/kakudai/sozai2157.htmlより借用

 夜空を眺めていたら、生化学の論理が間違っているかもしれないと気付いたなどという話は、常識的にはありそうにない。こんなことは書かずに本論に入ったほうが良いと、私の常識も判断するのだが、人という生き物は全く関係のないものを見てとんでもないことを思いつくものである。何度も何度もそんな経験をしてきた。以前に、わからないものを分からないものとして考え続ける知的持久力について書いた記憶があるが、いわゆるセレンディピティとは、そういう知的持久力によって具現化されるものであろう。

 さて、蛇足かも知れないが、少しだけ先走った議論をしておくことにする。現代においても、いまだ多くの人々を魅了する占星術という体系が、星々の恣意的な分類に依存していることは間違いない。私としては、こうした分類に基づく占いの体系を、盲信することはないが、頭から否定するつもりはない。各自の人生の中で賢く向かい合えば良いと考えている。しかしながら、古代の人々が星座という形で星空の分節(星空に切れ目を入れる行為)を行うに際して、失われた情報についてはいま少しの注意を払う必要があるだろう。

 古代の人々が創った星座は、地球を中心に置いた仮想の天球面へ星々を貼り付けた、いわゆる投影図を基礎としているのだが、この投影図を作るに際して2つの情報の欠失が発生する。一つは、地球から恒星までの距離情報、もう一つは星本来の明るさ(絶対光度)の情報である。もちろん、古代の人々にそれを求めるのは酷であるし、求めるつもりもない。だが、結果として、彼らは距離という3次元の情報(これは時間情報でもある)と、個々の星の本来の明るさと(絶対光度)いう2つの重要な情報を欠いた投影図を基礎として、星座の切り抜きを行ったことは否定できない。さて、生化学という学問の精華である代謝マップが作られるに際して、同様な情報の欠失が起こってはいないだろうか。

 このような疑いを持って代謝マップを眺めると、幾つかの疑問が浮かんでくる。第一の疑問は、歴史的産物である代謝のネットワークの中から、「何」に従って化合物群を選び、これらを連ねて代謝系と定義したのかという疑問である。換言すれば、星座の成立における「神話・伝承・器械のイデア」に対応する「概念」は何かという疑問である。研究者達は、代謝物の集団の中から、「神話・伝承・器械のイデア」に対応するある「概念」に従って、恣意的に化合物群を選択・配置し、一連の系として記述したのではないか。もしそうであれば、その「概念」とはどのようなものであろうか。

 第二の疑問は、量の問題である。これは星座を構成している星の絶対光度に対応する。生物界において、年間にギガトンオーダーで流れている代謝物と微量なオーダーでしか流れていない代謝物が、代謝マップの上では同じ大きさで記載されているのである。付け加えれば、量的に少ない代謝物であっても生物活性が高ければ「大きく」あるいは「boldface」で描いてもらえる場合もある。代謝マップにおける生物活性は、天球図における実視等級と等価な判断基準になっているのであろう。この量に関する問題を前面に出した認識体系はまだ構築されていないような気がしている。

 さらに第三の疑問は、代謝系内の流れの方向についてのものである。代謝系が歴史的産物である以上、その理解のためには、系がいつ成立したかという時間軸さえも包含すべきであると考える。代謝の流れにおいては、原則として代謝系の上流に位置する物質が歴史的に古い化合物であり、代謝系の下流に位置する物質は新しい物質でなければならない。これは自明のことのように思えるが、多くの代謝過程で働く酵素が可逆的に働くことを考えると、ある代謝物を上流におくという判断は、第一の概念に依存することになる。さらに、代謝系の進化の過程に於いては、一般的に描かれている代謝物の新旧関係が逆転しているとする仮説も存在する。

 考えてみると、代謝マップは時系列を意識して作られた物ではないようである。こうした時間的要件を重視した立場から時間生物学という名称で持論を纏めようと考えたことがあったが、時間生物学という用語はすでに生物時計を対象とする学問で使われていた。従って、生物現象の歴史性を組み込んだ生物学という視座から歴史生物学という用語を作りこれを使用することにした。

 独断だが、我々が作り上げてきた代謝マップは、進化を続けている代謝のネットワークを現代という時間で切断し、その断面図をもとに構築されている。従って、切断する時間を変えると、代謝の流れる方向が変わるだけでなく、構成要素である代謝物の種類や意義付けも変化する可能性を否定できない。現代の代謝マップは、ある方向付け(概念)の下で、系を流れる代謝物の量の情報と、系の成立に関する時間的な情報をも失った形で投影された物ではないか。このような懐疑を通底する基盤としておき、各代謝系を吟味していった時、どのような世界が現れるのか、それを信じるか信じないかは読者の良識に任せよう。

解糖系という概念についての異論 3 に続く

 

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解糖系という概念に対する異論 1

  このブログは実に書き難い。歴史生物学でさえ世の常識に逆らっている部分が多いというのに、その中で自ら説明に使っている概念群に対してさらに異を唱えようとするのであるから、当然であることは論を待たない。ただの誤謬である可能性さえ十分にある。独断と偏見の塊となるか、新たな切り口となるか、それもまだ分からない。ただ、長い間違和感を感じながら使用してきた概念群について、その違和感の由来をおもてに出すことにしただけである。ひょっとしたら、似た感想を持つ人がいるかもしれない。でも、きっと少数だろうな。

  知識社会学という学問において、視座構造という概念がある。人が事実を認識する際、社会的条件は認識の形成過程のみを規定するのではなく、認識の構造そのものにまで組み込まれているという考え方である。まだ若かった頃、カール・マンハイムの著作をひもといたことがある。彼は、ひとつの知識の成立において、歴史がこれに拘束をかけていると考える。当時の私にこの内容が十分理解できていたかどうかは不明だが(今も不明)、社会科学的な意味においては成立するかもしれないと感じていた。「歴史に拘束される知識」という概念はとても面白かったし、「意識の存在被拘束性」という概念も何故か記憶に残った。

  こうした書物に手を出したのは、若者特有のスノビズムが原因であったと思うのだが、実際のところ内容はほとんど憶えていない。イデオロギーを再定義しようという試みだったかなという程度である。いわゆる理科系の学部に所属し、行動においてはあまり政治的ではなかった私が、なぜそんな本を読んだのか判らない。それこそ、時代の風に影響されただけのかもしれない。しかし、不思議なことにそうして読んだ書物の中で語られた「歴史に拘束される知識」とか「意識の存在被拘束性」という概念が、代謝を歴史的に考え始めた時、鮮明によみがえってきたのである。

  数年ほど前から、生物体内で動いている代謝系の意義・成り立ちについて疑問を持ち、孤独に再構築を目指して考え続けてきた。こうした営為の中で見えてきたものが二つある。一つは、科学的事実が社会科学的パラダイムにより拘束を受けたなかで認識・評価されているという実態である。今ひとつは、科学的事実といえども、その解釈においては解釈を行うヒトの実感が大きな影響を与えているのではないかという懐疑である。前半は、科学的知識であっても社会科学的パラダイムの影響を免れないとするマンハイムの「歴史に拘束される知識」という概念に対応するように感じた。後半の懐疑は、ヒトが従属栄養生物であるという事実が、代謝系の認識そのものに影を落としているのではないか、マンハイム的表現をするとすれば、「認識の存在被拘束性」に対応するのではないかという疑問である。

  理屈っぽい爺であると自ら思う。解糖系について語ると言いながら、解糖のかも出てこない。若かった頃の私なら、こんなに理屈っぽい爺の話は聞きたくないと思っただろう。もし読んで下さっている寛容な読者がいるとすれば感謝、感謝! もうすぐ本論にはいることにします。

解糖系という概念に対する異論 2 に続く

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近況

大分前から左目が見えにくくなっていた。一昨年の夏頃から体重も減り始めていた。12月頃、夜間の運転が危なっかしくなったのを自覚してとある眼科に行ったのだが、外部からの派遣の方が担当の医師となり、手術まで6ヶ月近くかかるという。説明も余りにもおざなりだったので、通院をやめてしまった。目も悪かったがその他の臓器も極めて不調だったので、白内障はしばらく置いておくことにした。体のあちこち不調だからといって素直に病院に行くような玉ではないのである。唯々辛いな、きついなと思いつつ日々を送っていた。だが、いよいよ左目が見えなくなっただけでなく体重減少も止まらず、昨年の4月には 68 Kg あった体重が 53 Kg になってしまった。年は年だし、若い頃ベンゼンやクロロフォルムなどの溶媒を毎日吸い続けた過去を考えれば癌が発症していてもおかしくはない。それなりの覚悟はあった。

去年の春頃、たまたま近所の店で以前お世話になった方と話していたら、眼科なら私が懇意にしている方がいる、直ぐに連絡を取ってやろう言う話になり、その眼科への通院がその日に決まってしまった。まあ手術になるのは間違いないので、その前に糖尿病がどの程度進んでいるのかを把握しておかないと不味いだろうと思い、近所の内科へ行った。空腹時の血糖値が約 300  mg/dL、HbA1Cが15.6 という値だった。かなり進んだ糖尿病である。これは手術が出来るような状態ではない。毎日、夕食後に1Lを超えるほど水を飲んでいたことも、異常な体重の減少もこれが原因であったようだ。このお医者さんは良い人で、私の手に負える値ではありません。直ぐに専門医の所へ行きなさいと糖尿病専門医を紹介された。これ以降のことはここでは端折ることにするが、良い先生方に恵まれて血糖はそれなりの値に落ち着き、先月終わりまでに両目の手術は終わった。

術後の経過は順調で視力は1.2程度まで見えるようになっただけでなく、体重は60Kgまで戻った。体調もかなりよくなった。この間、歯の治療もしたので、しばらくは現状を維持できそうだ。このブログもPCの画面が見えずほぼ休眠状態だったが、これからぼつぼつ書き続ける事にしたい。ただ、体力というより脳力の低下を感じているので更新回数は余り増えなさそうである。まあぼちぼちと生存確認程度に続けていく予定である。

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熊と米

  •  毎年、今年の世相を表す漢字を日本漢字能力検定協会が選定しているのだが、今年は《熊》が選ばれたそうだ。熊による被害がメディアで頻繁に取り上げられたのだから、然もありなんと思わなくもないが少しばかり違和感がない分けではない。違和感の理由は後述するとして、2位だったのが《米》、3位は《高》だったという。投票数をみると(熊:23346票)、(米:23166票)、(高:18300票)で4位(脈:6418票)以下とは大きな開きがある。
  •  それぞれの漢字が何を意味しているかと考えれば、《熊》は熊による多発した襲撃事件と考えていいだろう。《米》は急激に上がった米の価格を意味すると思う。《高》も物価高の現在を反映していると考える。初の女性総理である高市氏をイメージしているとする解釈があるが、庶民感覚としては物価高の反映である割合が多いように感じる。《脈》という漢字、これが何を意味しているのかしばらく分からなかった。頻脈とか不整脈などが市中で頻発しているというニュースは読んだことはない。杉田水脈と言う政治家がいたが、参院選で落選して以来特に目立つことはしていなかったと記憶している。
  •  いくつかのサイトを参照した結果、これが関西万博の公式キャラクターであるミャクミャクからの連想だと書いてあった。個人的には余り好きなキャラクターではなかったので、特に感想というものはない。また私の感性が世の中とズレているなと思っただけである。
  •  それはそうとして《熊》で感じた私の違和感は、報道の中で例年の事件数との比較が殆どなされないことだった。新聞やウェブ上では、熊がでた、熊に襲われた、死者が出た、警察が出動した、自衛隊員の出動が可能になった、罠にかかった熊を処分した、麻酔銃を使った、東京にまで熊が出た、猟友会と行政担当者の間で揉めている等々のニュースで埋め尽くされた。熊が出没することで市民生活に影響が出ていることは間違いない。運悪く命をなくされた方々を悼むと同時に怪我をなされた方々の回復を願うのは当然であるが、例年の事件数との比較データはみたいと思っていた。
  •  環境省にそのデータがある。クマに関する各種情報・取組というページに載っているのだが、各県別の生のデータがエクセルの表として示してある。字が小さすぎて見る気にもならない。狙い通りかもしれない。これを要約した物はないかと捜していたら読売新聞オンライン上に『クマ被害はどこで? 都道府県別の報告数や人身被害数の推移』というページがあった。ここから引用する。
  • https://www.yomiuri.co.jp/topics/20251030-OYT8T50082/

 

  •  この図を見ると2025年の出没件数・捕獲数ともにかなり増えているのは間違いなさそうだ。2025年のデータが10月までのものである事を考えると、過去もっとも多かった2023年の3割り増しくらいまで増えるかもしれない。出没がもっとも多かったように思える11月のデータが加えてないからだ。

  •  次は全国のクマ被害者数(25年度は11月末現在)のグラフである。12月分のデータが加えてないとはいえ、2023年より少し増えた程度である。熊の害を過小評価するつもりはない。確かに他の年度に比べると2倍以上の被害が出ている。腑に落ちないのは今年の被害であれ程大騒ぎをしたマスコミは、なぜ2023年度は沈黙していたのだろう。大騒ぎを納得しようとして少し調べたら、もっと納得できなくなってしまった。

要するに疑問は二つ、一つはなぜ熊の出没が増えたのかという真っ当な疑問、今一つは同じ程度の被害が出ていたにもかかわらず2023年はなぜ報道が殆どなかったのかということになるのかな。今年は熊報道で隠したいニュースがあったのだろうかという問題の立て方でも良いだろう。政治的にはいくつか思い当たる案件がなくもない。人類にとっては3I /ATLASの問題の方が遙かに深刻だろう?

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ガソリンは危険です

雀(カラ)が群れを解き、ギンヨウアカシアの黄色い花が目立つようになった。春です。モンンシロチョウやモンキチョウなど定番のチョウに混じってテングチョウやヒオドシチョウ、たまにシータテハが日溜まりで暖を取っている。カワラヒワの甘ったるい囀りが孟宗竹の頂きから聞こえてくる。世の中は春である。

 朝から種まきをしようと、購入しておいたナス、トウガラシ、エゴマ、カボチャ、シロウリなどを用意していたら、横に薪を割ったとき捨てた残渣があった。これを燃やしながら種まきをしようと思った。バーナーで火をつけようとしたが上手く燃えない。小屋にガソリンの混じった軽油があった事を思いだした。300ml程のガラス瓶に小分けして、これをかけて燃やそうとしたのが大間違いで5本の指の松明を作ってしまった。まあ手を振り回して消すのは消したのだが、思い掛けないガソリン火傷、これ思ったより何倍が酷いです。冷水で冷やしながら5時間が経つが、まだ水から出すとヒリヒリと痛みが酷い。

 皆さん、ガソリン火傷には気をつけましょう。グーグル検索をしても治療法はヒットしません。とにかく冷やしています。今夜ねむれるかな?京都アニメーション事件の被害者の方々、熱かったでしょうね。心から哀悼の意を表します。中指、薬指、小指の全周と各指の下の3つの膨らみ、さらに月丘までが痛んでいます。水膨れができるのかな。ジャガイモの植え付けとタマネギの草取りを済ませておいて良かったと胸をなで下ろしています。

午後11時、有り難い事にようやく痛みが引いてきた。良かった、これで今夜は寝られそうだ。知り合いの坊さんが、大難は小難に、小難は無難になどという講話をされる。何ともない時は無難は何になるんだろう、何難なのかなあ〜などと茶化して聴いているのだが、今回は大難が中難で納まった気分である。仏壇の前で感謝感謝である。

とはいえ、近頃仏壇の前で何方を拝めば良いのかが次第に分からなくなってきた。私、真言宗の檀家だと自認している。とすれば大日如来が本尊という事になる。昔の私は浄土宗の門徒だった。浄土宗の本尊は阿弥陀如来である。もっと昔、我が家は浄土真宗の門徒であった。この場合も阿弥陀如来が本尊である。この宗派の変遷にはそれなりの理由があるのだが、それは横に置くとして構造主義的に見るととても興味深い。

先ず本尊とされる如来がいて、この本尊と衆生とを繋ぐ位置に宗祖と呼ばれる人が位置する。真言宗においてはそれが空海であり浄土宗においては法然、浄土真宗においては親鸞という事になる。名前を呼び捨てにしてごめんなさい、法然と親鸞には上人という接尾語があるのだが、空海には適切な接尾語がない。弘法大師という呼び方があるにはあるが、ここに弘法大師と書くと何となく座りが悪い。従って、各人を呼び捨てにした。ただ、各宗派ともに本尊、宗祖、門徒あるいは檀家あるいは信徒という構造になっている。周りを見回すと、日蓮宗であろうと禅宗であろうとこの構造を持つ。面白い事にキリスト教であっても、イスラム教であってもヒンズー教であっても同じ構造を持つ。つまり、信仰する神あるいは仏がいて、神と民衆を繋ぐ宗祖がいて、その下に民衆が存在するという構造は同じだという事である。

古希を過ぎてからそんな事に気付いてどうすると言われそうだが、自ら気付いた時の喜びは格別である。手を火傷して、大した事にならなかった事を仏壇の前に座って感謝し、そこでレビー・ストロースの構造主義を思い出す。佛教の各宗派の構造は共通している、いや世界の大宗教も同じ構造だと気付いてしまった訳である。

考えてみれば、人間が作る他の組織であって同じ構造になっている。いままで生化学における代謝系の解釈において構造主義とはいってもソシュールが唱えた言語論を利用してきた。レビー・ストロースの構造主義は数学的色合いが強いためちょと敬遠してきた経緯がある。でも本棚のどこかに「悲しき熱帯」と「野生の思考」が残っている筈だ。読み直してみよう。

 

 

 

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