Tペントースリン酸経路への異論・・・2

 前回の最後に大袈裟なことを書いてしまったのかもしれない。しかしながら、この世の中に従前から唱えられ続けてきたペントースリン酸経路の意義を問い直すような仕事は、世捨て人みたいな生活をしている少数派にお似合いの営為かもしれない。

 まずペントースリン酸経路を概説したい。以下にKEGG に乗せられているReference Pathway に関する図とその説明を引用する。

ペントースリン酸経路の Reference Pathway

The pentose phosphate pathway is a process of glucose turnover that produces NADPH as reducing equivalents and pentoses as essential parts of nucleotides. There are two different phases in the pathway. One is oxidative phase in which glucose-6P is converted to ribulose-5P by oxidative decarboxylation, and NADPH is generated . The other is reversible non-oxidative phase in which phosphorylated sugars are interconverted to generate xylulose-5P, ribulose-5P, and ribose-5P. Phosphoribosyl pyrophosphate (PRPP) formed from ribose-5P is an activated compound used in the biosynthesis of histidine and purine/pyrimidine nucleotides. This pathway map also shows the Entner-Doudoroff pathway where 6-P-gluconate is dehydrated and then cleaved into pyruvate and glyceraldehyde-3P .

 「和訳:ペントースリン酸経路は還元剤としてのNADPH2 とヌクレオチドで不可欠な成分であるペントース類を生産するグルコース変換のプロセスである。この径には二つの異なったフェイズが存在する。一つは不可逆的な酸化段階であり、この部分においてグルコースー6ーリン酸は酸化的脱炭酸によりリブロースー5ーリン酸に変換され同時にNADPH2 が生成する。もう一つの可逆的かつ非酸化的段階においては、リン酸化された糖が相互変換され、xylulose-5P, ribulose-5P, and ribose-5Pを生成する。リボース–5−リン酸から作られたホスホリボシルピロリン酸は活性化された化合物であり、ヒスチジンやプリン/ピリミジンヌクレオチドの生合成において使用される。ここに示した経路図はまた、6−ホスホグルコン酸が脱水素と同時にピルビン酸とグリセルアルデヒド−3−リン酸へ解裂を受ける Entner-Doudoroff pathway も表記している。」間違っていた場合の責任は筆者にあります。

 ここで書いてあることを要約すれば、ペントースリン酸経路はNADPH2 とペントース類を生産するためのグルコース変換のプロセスである。そしてグルコースー6ーリン酸から酸化的脱炭酸によりリブロースー5ーリン酸に至る不可逆的なNADPH2 生産段階と、リン酸化された糖の相互変換によりxyluloseー5-リン酸、ribuloseー5-リン酸、 riboseー5-リン酸を生成する段階に分けられるということになるだろう。

 上図を眺める限りにおいてペントースリン酸経路の出発物質は α–D–グルコース–6–リン酸であると考えていいだろう。ここについて重箱の隅と突くような議論はしない。KEGG の説明に従えば、ペントースリン酸経路の本体は紫の選で区分された部分、右上の一画がエントナードルドロフ経路、左の緑の部分が解糖系、中央下部の緑の部分が核酸塩基並びにヒスチジンに連なる部分である。ペントースリン酸経路の本体の中では、赤の矢印で示した部分が酸化的段階で最初と4番目の赤矢印の段階でNADPH2 の生産が行われ、リブロース−5−リン酸以降の部分が糖の相互変換の部分ということになる。

 以上が世の中の常識であり、この見方に異を唱える人に出会ったことはない。当たり前の話で、ペントースリン酸経路のレゾンデートルなどというテーマでやり取りをしたことがないのだから、出会う筈はなくて当然である。色々な学会の懇親会であっても、例え二次会であってもそんな話題は出し難い。退職直前の最終講義などであれば可能かなと思うが、私の場合は自己都合による退職だったので、そんな機会は与えられなかった。それは自業自得のなせる業として、依って立つ基礎的代謝系の見直しを全く考えないという世の趨勢はそれで良いのだろうか。歴史生物学においては、一つ一つの経路において、その経路を持つ生物間における差違を重視し、経路の各部分が出現した順序すなわち歴史性を重視する。以下に種々の生物の持つペントースリン酸経路を列記して議論するので少し時間をかけて眺めてほしい。

 私自身はある生物が高等であるとか下等であるとか云う意識はほとんど持っていないのだが、多くの人々は人類を万物の霊長と捉えている様なので、動物の代表例として人のペントースリン酸経路を使うことにする。人類の近い友達であるゴリラ、チンパンジー、オランウータンのペントースリン酸経路も同時に考慮することにする。各生物の持つペントースリン酸経路を示す前にもう一度 Reference Pathway を示し、ペントースリン酸経路の素反応にナンバリングをしておくことにする。

ペントースリン酸経路の重要な素反応にナンバリングをした

そこで、霊長類4種のペントースリン酸経路を表示しよう。

Pentose phosphate pathway – Homo sapiens (human)
 Pentose phosphate pathway – Pan troglodytes (chimpanzee)
 Pentose phosphate pathway – Gorilla gorilla gorilla (western lowland gorilla)
 Pentose phosphate pathway – Pongo abelii (Sumatran orangutan)

 この4種の生物のペントースリン酸経路は似たようなものだと思えるが、チンパンジーにおいては素反応2の部分が欠失している。必然的に素反応3も酵素はあるにしても機能していないと考えて良いだろう。一寸だけ気になるのは2の反応がNADPH2の生成反応であるということなのだが、素反応1がバイパスとして存在しているので問題にはならないのだろう。ただ、1の経路で働く酵素(ENZYME: 1.1.1.47)は、補酵素としてNADP+だけでなくNAD+であっても機能する。それがどうしたと聞かれても答えはない。事実を事実として書いただけである。

 近縁なヒトとチンパンジーの間であっても系に差があるとしたら、多種の生物を比較するといろいろな変異がありそうに思えるがそうではない。ヒト型の系を持つ動物にはゴリラ、オランウータン、ヤギ、ネコ、アカギツネ、ディンゴ、ラット、マウス、ウマ、コウモリ、アフリカゾウ、ラクダ、ウシ(3を欠損)、アムールトラ(3を欠損)、タヌキ、それにボノボはチンパンジーと近縁だがこちらに属する。魚類とヘビとカメとワニ、カエルの仲間の大半もこちらに属しそうだ。シーラカンスでさえヒト型のペントースリン酸経路を持つ。

 チンパンジー型の系を持つ動物はいくぶん少なく、イエイヌ、バイソン、鳥類であるニワトリ、シチメンチョウ、スズメ(3も欠損)、フクロウ、ウズラ、それからクロコダイルなどなど、続けても明確な結論は出そうにない。何しろ、動物としては原始的とみられているカイメンやサンゴの仲間もヒト型のペントースリン酸経路を持つ。

 つまり経路1あるいは経路2と3を持って、NADPH2生産を行っているという事実である。次に植物に目を移すと、全ての種において1の経路を欠損しているようだ。この傾向は節足動物においても顕著である。掲載されている全部の種類をみたわけではないが、検索した昆虫類、ダニ類の全てが1の経路を欠損してた。

 続いて植物界の代表としてArabidopsis thaliana (thale cress)の系と原始的藻類とされるOstreococcus tauri の系を引用するが、両者は経路1が欠損したほぼ同一の経路を持つ。ここには素反応2を欠いた生物は存在せず、この反応によってNADPH2 の生産が行われているようだ。

Pentose phosphate pathway – Arabidopsis thaliana (thale cress)
Pentose phosphate pathway – Ostreococcus tauri

 何をしようとしているのかいくぶん分かりにくい話だと思われそうだが、実はペントースリン酸経路の持つNADPH2 生合成について、これは必須のものではなく後で付け加わったものに過ぎないという論証をしようと思ってここまできた。だが、ペントースリン酸経路はNADPH2 生合成を経路であるというロジックはびくともしない。次回もその綻びを探してもう少し彷徨って見たい。

 

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