夏野菜植え付け最盛期

 ここ2週間ほど夏野菜の植え付け最盛期である。何を植えたか、植えているかといえば、キンジソウ(水前寺菜)、夏大根、ニラ、ズッキーニ、スイカ、カボチャ(4種)、ニガウリ(2種)、雲南百薬、ヒョウタン、ヘチマ、シロウリ、トマト、バジル、ナス(3種)、サツマイモ、タケノコイモ、、トウガラシ、エゴマなどである。植えていないのに収穫期を迎えているのがヨモギかな。収穫期にあるのがジャガイモ、タマネギ、ジャンボニンニク、そしてクワなのだが、ジャガイモはまあまあとして、タマネギとタマネギは病気がちでいまひとつの出来である。クワに至っては菌核病のため収穫はほぼゼロ、全く収入にならない。これらの作物に適用のある農薬を探し、使用時期と使用濃度と使える回数をチェックしながら、かつ可能な限り減農薬でと考えているとまるでパズルである。私の場合、上の条件に加えてミツバチに毒性の高いネオニコチノイド系薬剤は出来るだけ使わないようにしているので、一般的に流布している栽培歴は使えない。惚け防止には有効かもしれない。

 いつも小数派として他の人が植えていないような作物を植えることが多い。畑の横を通る知り合いさんが、「なんば植えよると」と興味深げに見ながら話しかけてくる。多分、うわさ話の種を提供しているのではないかと思っている。人が植えないような作物を植えるという行為は、ある意味で自殺行為である。人が植えないような作物に対して農薬登録をとっても農薬は売れない。一つの作物の登録をとるのに800万円かかるという話を以前に聞いたことがある。当然、農薬会社はそんな無駄なことはしない。従って、マイナーな作物には農薬の選択肢が殆どないのが現状である。

 今日は朝から山の畑に流れ込む雨水を何とかしようと、田んぼで使う畔板の設置を行った。何日か前から始めていたのだが、とにかく、道路に降った雨水が側溝に流れ込まずに私の畑へ流れ込んでくるのである。朝倉市で大水害があったとき、200坪ほどの畑の表土をすべて流された。その部分は今でも植物の生育が悪い。市道の設計ミスだから何とかしてくれと陳情したが、土のうをいくつか置いていっただけで、今でも流れ放題であった。百姓とは何でもせざるを得ない生業である。畔板40枚、固まる真砂土15袋、亜鉛引きの鉄パイプとJ字のアンカーを使っての作業、真砂土は1袋で25Kgある。買いに行って軽トラに積むのがまず大変、現場で降ろすのも撒くのも大変、すべて腰に来る作業ばかり、疲れた。3時頃に何とか片が付いたので、それからゴーヤの苗の植え付け、その後、タケノコイモ畑周りの草切り、家に帰ってバジルの植え付け、植えようと思っていたトウガラシは植えてあった。これには感謝、ともかく一日が長過ぎる。考えてみれば、もうすぐ夏至である。

 私は不思議な物が好きで、かつ粗忽な性格である。HbA1cが高すぎるというので、薬を飲まされているのだが、なかなか下がらない。出来れば薬に頼りたくないという気持ちもある。というわけで、血糖値が下がるというまじないみたいな運動を始めた。本人としては信じきってしているのではない、まあ余興程度のつもりでやっている。気が向けば続けるし、向かねば止めるつもりなのだが、周りは信じてやっているものと考えるだろう。そんなことはどうでも良い。始めて2ヶ月が過ぎた。HbA1cはどうなったか。計っていないのでわからない。多分、2ヶ月後に検査するのだろう。実は、火曜日に病院に行ったのだが、前回次に来られた時に検査しますと言っていた医者本人がそれを忘れていたらしい。カルテに書き込んでいた気がするけどな。こちらは覚えていたのだが、催促はしない。針を刺されるのがいやだからだ。

 それはそうとして、副作用はすごく出ている。65 Kgあった体重が、59 Kgまで落ちた。まあ、食事にいくぶん気を使っているとはいえ、19歳の時の体重に戻った。ウエストも5 cm程落ちた。昔の服が復活しそう。しかし、歳をとって余り痩せているのも貧相に見えそうでいやな気がする。これは好みの問題であり、良い悪いの話ではない。私としてはちょっと太り気味になって、タータンチェックのセーターを着ながら、パイプでタバコ、ロッキングチェアーで読書という生活を夢見ていたのだが、軽トラ、ユンボ、トラクターに乗って、土をかき混ぜ草刈り三昧、タバコのかわりに排気ガスというのが現実になった。もっともこの現実、さほど悪くはない。

 

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妄想論ワクチンモドキ

 いくつかの不完全な事柄を基礎に華麗な空想の世界を描くのが空想論、空想を突き抜けた非常識な議論を妄想論というのかな。そんな妄想論を政治の世界に当てはめると陰謀論になるのだろうか。現実世界ではそれは陰謀論と名付けられた時点で、その議論は無条件に正当性を失うのが世の決まりである。では誰がある論を陰謀論と決めるのか。それを考えない人たちが、陰謀論という概念を成立させ続けてきたわけだ。現体制において成功した人々が作る指導層は、彼らにとって都合の悪いことについての議論を避けるために、この陰謀論という言葉を実に巧く使い続けてきた。如何に辻褄が合わなくても、論理に矛盾があっても、明らかな嘘であっても、マスコミを操作して同じ話を繰り返せば、そのうち国民はその話を受け入れる。ヨーゼフ・ゲッペルスの名言通りである。一応、彼の名言を紹介しておく。

1.「小さな嘘より大きな嘘に大衆は騙される」

2.「嘘も100回言えば本当になる」

3.「嘘も毎日つけば真実になる」

4.「プロパガンダの本質とは、こういってよければ芸術である。そしてプロパガンダ担当者は、言葉の最も真実の意味で、大衆心理の芸術家である。その最重要任務は、毎日毎時間、大衆の心臓に耳を寄せて、その鼓動を聞き取り、その鼓動の調子に合わせて対策を立てることにある」

5.「プロパガンダの秘訣とは、狙った人物を、本人がそれとはまったく気づかぬようにして、プロパガンダの理念にたっぷりと浸らせることである。いうまでもなくプロパガンダには目的がある。しかしこの目的は抜け目なく覆い隠されていなければならない。その目的を達成すべき相手が、それとはまったく気づかないほどに」

 そこで一昨日の続き、新型コロナに罹らないために新型コロナワクチンモドキを接種した人が、非接種者の他の人に悪影響を与える可能性についてである。影響があると云う記事がある一方で、ある筈がないとする記事もある。どちらが正しいかと聞かれても分からないというしかない。以下の話は、あるとすればどんなメカニズムが考えられるかという試論である。専門家ではないので間違った解説であるのかもしれないと、少なからず不安ではあるが一応書いておくことにする。

 ファイザーのワクチンモドキはコロナウイルスのスパイクタンパク質の遺伝情報を運ぶ伝達RNA(mRNA)を、脂質の膜で包み分解されにくくしたモノである。これを接種するとmRNAがヒトの細胞内に取り込まれた後、このmRNAの持つ情報を基に細胞内でウイルスモドキのスパイクタンパク質が生産されて、スパイクタンパク質に対する中和抗体産生及び細胞性免疫応答が誘導されるという。

 ワクチンモドキの他の成分についての問題は一旦脇に置くとして、上のプロセスから起こってくる問題があるとすれば、一つはスパイクタンパク質の過剰生産である。ファイザー社が明らかにしていなさそうなので断言はできないが、生産を止めるメカニズムは組み込まれていないように見える。通常、体内で生産されたmRNAはリボヌクレアーゼによって分解を受けるが、その半減期はmRNAの種類によって著しく異なり、安定なものは数日、短いものは数分のオーダーで分解を受ける。

 一寸専門的になるが、核内で生合成されたmRNAは5’末端にはCAP構造を、3’末端にはpolyAを付加された後サイトゾルへと輸送される。これらの特徴的な構造に結合するタンパク質群がサイトゾルにあり、それぞれがエンド型のRNaseによる分解からmRNAを保護している。また特異的な配列を認識してRNAをの中間部分から分解するエキソ型のRNaseがあるのだが、この酵素に拮抗する保護タンパク質もまた存在する。つまりRNaseはこれらも保護タンパク質を除去しないと分解を始めない。しかしいったんCAP構造やpolyAが消失すれば、もう保護タンパクによる防壁はなくなるため、RNaseによる分解が始まるというわけである。もう少し詳しく知りたければ以下のサイトを参照して下さい。https://www.chem-station.com/blog/2012/07/post-417.html

 ファイザー社のワクチンモドキにおいては、スパイクタンパク質のアミノ酸配列情報を持つmRNAを接種するのだが、そのままではRNase(RNA分解酵素)による分解を受けるため、その分解を抑制するための何らかの工夫をしているらしい。この部分は特許の核心部分に当たるため開示されていないわけだ。さらにこのmRNAは界面活性剤(PEG: ポリエチレングリコール)でコーティングされた脂質の膜に包まれているという。ここではPEGによるアレルギー反応は扱わない。それはまた別の問題である。

 こうして体内での分解に抵抗性を持たせたmRNAを内包した脂質微粒子が、筋肉注射によって体内に注入されると血流に乗って血管の中を流れていく。そしてその微粒子は血管の内側にある「内皮細胞」に接触するわけである。この脂質微粒子は、ヒトの細胞の表面に接着して中味であるmRNAが細胞内に入り込むと、細胞内でタンパク質を作っているリボソームへと移動しスパイクタンパク質を作り始めることになる。要するに、我々の細胞がウイルスのスパイクタンパク質の工場として使われることを意味している。

 問題はここから始まる。この作られた異物であるスパイクタンパク質は細胞から出て血流に再度乗るのだが、この異物を血管の中の免疫細胞が見つけ、抗原抗体反応が起こることになる。その結果作られた抗体がコロナウイルスの感染を防ぐというストーリーになっている。ここまでは、物語としてはそうかと思うのだが、二つの問題が残るだろう。一つは先に述べたように、スパイクタンパク質生産を止めるメカニズムは組み込まれていない点にある。日本昔話の塩吹き臼の物語ではないが、mRNAの分解が抑制されていると、スパイクタンパク質の生産は止めどなく続くことになる。これが免疫反応にいかなる影響を与えるかについては今更云う必要はないだろう。自己免疫疾患を引き起こす可能性が避けられない。

 さらにだが、作られたスパイクタンパク質が単なる外被タンパクで、毒性があまりないものであればまだ救いがあったのだが、昨年の終わり頃からこのスパイクタンパク質がコロナウイルス感染症の色々な症状を引き起こしているようだという報告が増えてきた。新型コロナ感染症で入院している人のほぼ4分の1が心筋損傷を経験し、多くが不整脈または血栓塞栓性疾患を発症することが報告されている。さらにこうした血栓症は心臓だけでなく多くの臓器で認められること、とくに脳においても認められることが明らかにされた。困ったことは、こうした障害を受けている臓器にはウイルス感染が起こっていないように見えることである。どうやら、こうした障害を引き起こしていたのが、スパイクタンパク質であると云う結果が得られ始めている。とすれば、ファイザーやアストラゲネカのワクチンモドキは病気の原因となるスパイクタンパク質を作らせるというとんでもないものであるという結論にならざるを得ない。

 この結果を受け入れると、有害事象のかなりの数が、血液の凝固障害(心筋梗塞、脳卒中、流産、四肢への血流の中断、肺塞栓症)に関連していることが合理的に説明できる。新型コロナ感染症が流行り始めた頃、なぜWHOは死因を明らかにするための解剖を禁止したのだろう。この病気に対するWHOの対応は全く理解できない。それはそうと、ワクチンを接種した人が未接種者に影響を与えるという現象をどう考えるのかというのが今回のブログのテーマである。接種した人の中で大量のスパイクタンパク質が生合成され、これが呼気、咳、発声に伴って放出されると、近くにいる未接種者に取り込まれて影響を与えるかもしれないという説がある。濃厚接触による逆感染みたいなものである。でも、そこまで大量のスパイクタンパク質が発現するものだろうか。まだ眉に唾を付けながら事態の推移を見守っている。

 もう一つの可能性だが、植物にはウイロイドとよばれる200から400塩基程度の短鎖のRNAが病原体となる病気がある。もっとも有名なのがジャガイモヤセイモ病ウイロイドだ。ウイロイドの増殖は宿主のDNA依存RNAポリメラーゼ(DdRP)IIによって行われるのだが、今のところ動物に感染する種は知られていない。だが、知られていないことが存在しないことを意味するわけではない。もし、スパイクタンパク質の遺伝情報を運ぶ伝達RNA(mRNA)が、ヒトのDNA依存RNAポリメラーゼによって複製を行う能力を持っていたとしたら、ワクチンモドキとして接種されたmRNAが、接種者の体内で増え、呼気、咳、発声あるいは濃厚接触に伴い未接種者に移ると、その身接種者の体内で増殖するという事態が起こることになる。とすれば、このファイザーワクチンモドキは自己拡散型ワクチンということになる。

 昔から、蚊を使ってワクチンを自己拡散させようというアイデアはあった。SFとして読んでいたが、思いもよらぬ形で実現されているとしたらいやだな。しかしながら、上の妄想がもし万一事実であるとすれば、ワクチンモドキを打ったヒトを隔離しなければならなくなる。やはり訳が解らなくなった。もう寝よう。

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何が何か分からなくなってきた

 「どうせ年寄りの妄想サイトだ」、として読み捨ててもらうことを期待している。妄想とは、想像が空想を通り越して止めどがなくなったものである。ただ、時々これが当たることがある。従って、読者には内容を読んだ上で、これが玉であるのか石であるのかを峻別する常識と判断力と智慧がが求められるわけである。

 昨日もだが、前ぶりが長過ぎるといわれそうだ。でも前ぶりがないと、後の部分にメリハリが付かない場合もある。まあお暇であれば付き合って下さい。新型コロナワクチンモドキにおいて分かりにくい点がいくつかあるのだが、その一つについて妄想を述べてみよう。新型コロナワクチンモドキが副作用ーあえて副反応とは言わないーを引き起こすという記事は、マスコミには殆どでないにしてもネット空間には読み切れないほどある。隣の市の26歳の看護婦さんも先日亡くなった。

 今までのワクチンであっても副作用はあったのだから、このワクチンではない新型コロナワクチンモドキに未知の副作用があっても驚くことはない。コロナ風邪よりコロナワクチンモドキの方が危険だという意見に80%くらいは同意できる。残りの20%は、自ら実験を行ったものではないだけでなく、生物を対象とした試験にはある程度の誤差が付随するからである。さらに、結果を評価する人の主観が大きく影響することを知っているからである。コロナワクチンモドキの危険性は無視できると言い切る先生方の無神経さに怒りを感じている。

 ところが、一寸ばかり信じられないことを書いているサイトに出くわした。新型コロナワクチンモドキを接種した人と接触した非接種の人に、ワクチンモドキの影響が出るというのである。まさかと思って読み進めると、驚いたことにファイザー社のコロナワクチン・プロトコルに書いてあるという。PF-07302048 (BNT162 RNA-Based COVID-19 Vaccines) Protocol C4591001(http://82.221.129.208/pfizervax.pdf)

 ダウンロードして開いてみたら、146ページもある文書でとても全部を読む気にはならない。そんなことをしていたらいまでも遅れている農作業の予定が、いよいよ遅れてしまう。仕方なく、p67〜69辺りの該当する部分を探して読んでみた。困ったことに、こうした法律を意識した文書を読むスキルは持ち合わせていない。DeepL翻訳ツールで下訳を行い英辞郎 on the WEBで適訳を探しながら何とか読んだ。中身を書こうかと思っていたら、以下のサイトに取り上げられていた。

http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2176627.html#morehttp:// blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2176449.html

 分かりやすく翻訳すると以下のようになるだろ。日本語として馴染んでいない所はご容赦下さい。

妊娠しているワクチン未接種の女性が、8.3.5.1で示すような経路でワクチン接種者と接触すると、A.流産 B. 自然流産 C.母乳を介しての赤ちゃんの汚染 D.先天性障害のある赤ちゃんが誕生する恐れがあります。ワクチン接種者と接触とは以下のケースである。

8.3.5.1. 妊娠中の曝露 (接触) 以下の場合、妊娠中の曝露(接触)が発生します:

  • 女性参加者が、ワクチン接種を受けている間、または中止した後に妊娠していることが判明した場合。
  • 女性が、環境曝露によりワクチン接種者に曝露(接触)されている、または曝露(接触)された状態で妊娠していることが判明した場合。以下は、妊娠中の環境曝露の例です。
  • 女性の家族または医療従事者が,吸入または皮膚接触によりワクチン接種者に曝露(接触)された後,妊娠していると報告する。
  • 男性の家族または医療従事者が、吸入または皮膚接触によりワクチン接種者に曝露(接触)された後、妊娠前または妊娠前後に女性パートナーに曝露(接触)した場合。

 訳が解らないのだが、新型コロナに罹らないために新型コロナワクチンモドキを接種した人が、新型コロナワクチンモドキを打っていない他の女性に悪影響を与える可能性を示唆した文書である。これはなんだと考え込んでいたら、変なニュースが飛び込んできた。

 というものである。多分、前半に書いたことを基礎にした判断だと思うのだが、もちろんマスコミは誤解に基づく誤った決定であるという報道を流している。どちらが正しいのか判断は難しい。こうなると新型コロナワクチンモドキ信者と新型コロナワクチンモドキ不信者が分かれて暮らすしかないような世界が待ち受けていそうだ。相互不信ならぬ相互憎悪の社会になりそうで嫌だな。

 しかしながら、新型コロナに罹らないために新型コロナワクチンモドキを接種した人が、非接種者の他の人に悪影響を与える可能性はあるのだろうか。新型コロナワクチンモドキを接種して、体内で大量のスパイクタンパク質を作った人からスパイクタンパク質が咳や呼吸によって非接種者に移動して、悪影響を与える可能性が言われているようだが、それは何となく違うような気がしている。

 あり得るとすれば、この新型コロナワクチンモドキが自己拡散型ワクチンである場合であろう。自己拡散型ワクチンの話を始めると長くなりそうなので今日は止めておくことにする。でも、しかし、ひょっとしたら、まさかだが、実はジャガイモに「ジャガイモやせいも病」という病気がある。ウイロイドと呼ばれる短いRNAが病原体になる病気である。これがヒントになるかもしれない。次回に少し考えることにする。

 

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名は体を表すか?

 以前にも書いた記憶があるのだが、似て有らざるものにどう名前を付けるかと言う問題は思った以上に難しい。例えば鳥類において、モズに似て一寸小振りのモズがいるのだが、名はチゴ(稚児)モズという。とりあえず情緒のある名前であるとしておこう。タカ(鷹)の大きめの鳥にはオオタカという名が付けられている。サギ(鷺)の仲間は、コサギ、チュウサギ、チュウダイサギ、ダイサギなどと余り味気のない名が付けられている。もっともアマサギ(猩々鷺)とかゴイサギ(五位鷺)などもいるので、サギ全部が味気ない名を持っているわけではない。

 植物においては、エンドウによく似た植物に、カラスノエンドウとかスズメノエンドウという名を与えているし、アカシアに似た植物であるハリエンジュにはニセアカシアと言う接頭語をつけている。本来の種より一寸小ぶりの種にはヒメという接頭語を(ヒメウツギ、ヒメツルソバ、ヒメオドリコソウ、ヒメジョオン、ヒメスミレ、ヒメフウロなど)、大振りの植物にはオニという接頭語を付ける(オニユリ、オニバス、オニタビラコ、オニスゲ、オニゲシなど)。有毒な種に関してはドクを付けることもある。ドクムギ、ドクニンジンなどだ。

 これが昆虫になると少しばかり風合いの違う命名がなされる場合が多い。接頭語としてニセ、チビ、ケブカ、メクラ、メナシ、アシブト、ハラビロなど現在では大声で言いにくいもの、ホソクビ、クビナガ、アシボソ、コシボソなど大声で言ってもよさそうなもの存在する。接尾語としては、ダマシ、モドキが多い気がしている。昆虫は種類が余りにも多いので、情緒ある名前をなどという余裕がないのかもしれない。

 命名すると言う行為は、ある集合からある特性を持つものを切り分ける行為を含んでいる。現象はコトバによって分節され認知されるなど、ソシュールのような難しいことを言うつもりはないが、言葉はある現象を意味するわけだ。当たり前ではないかと言われそうだが、その当たり前が当たり前に行われていない現実があるためにこういうことを書いている。

 新型コロナ感染症というものが流行っているそうだ。日本での死者数の多い病気の順番で言えば、多いほうから35〜6番目辺りにあるそうで、さほど問題にするような感染症ではない可能性が高い。しかし、なぜか発狂してしまったマスコミによってことさら怖い印象づけが行われているため、世はコロナ恐怖症に陥っている。そしてこの感染症に有効なのはコロナワクチンだけであるという誘導が行われている。これは私のこの感染症に対する感想であって、読者の同意は求めないし、各人がこの病気を恐れても一向に構わない。以前に書いたが、この感染症対策に必要なのは、罹った時に飲めば効く薬でありワクチンではないという考えも変わっていない。

 そこでコロナワクチンについてだが、結構否定的な意見があるにも関わらず、これを待ち望む人の多さには呆れ果てているというわけだ。もちろんこれも各人の自由であり他人が口を挟む必要はないのかもしれない。だが、このコロナワクチンは本当にワクチンだろうかと考えてみると、どうもきわめて怪しいのである。ワクチンは薬に分類されると思うので、日本薬学会の用語解説を参照するのが良いだろう。ではどう書いてあるか引用しよう。

 《免疫反応の抗原となる微生物やその産物を含むものであり,感染症の予防を目的として注射や経口投与により生体に能動免疫をつくりださせる製剤.生きた弱毒病原体(生ワクチン),不活化病原体(またはその一部),病原体代謝産物(毒素,毒素の不活化物であるトキソイド)が使用される.ワクチンの接種により生体(ヒト,家畜など)の体内に能動的につくられる抗体(体液性免疫,細胞性免疫,または両者)が病原体の感染・伝播・流行を阻止する.生ワクチンにはBCG,痘そう(天然痘),ポリオ,麻しん(はしか),風しん,おたふくかぜワクチンなどがある.不活化ワクチンとしては,百日咳,ジフテリア(トキソイド),破傷風(トキソイド),インフルエンザ(HA),日本脳炎ワクチンなどがある.(2005.10.25 掲載) (2009.11.6 改訂)》 日本薬学会の用語解説ページより

 新型コロナウイルスに対するワクチンと比べて違和感を感じないだろうか。ワクチンの定義のよれば、生きた弱毒病原体、不活化病原体(またはその一部)、病原体代謝産物(毒素,毒素の不活化物であるトキソイド)であると明記してある。などという曖昧な解釈を認めるような文言もない。もっとも、ウィキペディアなど一部の改定の早いところでは、ウイルスベクターワクチン、mRNAワクチン、DNAワクチンなどの項目を挙げているので、私が知らないだけでワクチンの定義の拡大が行われたのかもしれない。しかしながら、旧ワクチンのグループと新ワクチンのグループには、作用メカニズムに大きな違いが存在する。

 旧ワクチンのグループにおいては、抗原抗体反応を引き起こす異物は外部から導入される。ところが、新ワクチンのグループの特徴は、抗原抗体反応を引き起こす異物が、注入される遺伝情報を持つ遺伝子の情報にしたがって人の体内で作られる点にある。自分の体内で自分のものではない異物(抗原)を作らせるのが、新型ワクチンと呼ばれているものである。この違いは思った以上に大きい。旧ワクチンでは、抗原抗体反応を起こす抗原の量は、投与量である程度制御できるが、新型ワクチンではどれくらいの抗原が体内で作られるかの制御は個人差が大きくて難しそうに思える。さらに接種された遺伝子のフラグメントが、体のどの組織において異物を作るのかがよく分からない。

 個人的意見だが、この新グループワクチンには別の名称を与えたほうが誤解を招かないと思う。もっともこれはワクチンに対して慎重な意見を持つ私の感想に過ぎない。推進する立場の人たちは、健康に役立ってきたワクチンという誤解を利用したほうが都合がいいと考えるだろう。何を考えても、いつも少数派から抜けきれないな。ふふ、ニセワクチン、ゴカイリヨウワクチン、ドクワクチン、ワクチンモドキ、ワクチンダマシ、ワクチンダマシモドキ、YouTubeならバン間違いなしだ。そうか、バンワクチンでも良いか。

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永遠の未成熟な少数派

 永遠のコロナである。コロナ感染症、いよいよ煮詰まってきたな。世界中がマスク中毒である。一昨日町内清掃ということで40人近く集まったのだが、私以外全員がマスクを着用していた。最初の説明の際、グループから離れて遠くに一人で立って聞いた。町内清掃と言っても町中のちょっとした草取りではない。元気な男性群は刈り払い機を使って、町内を流れる川の中に生えているヨシを切り倒すのである。雨期に備えて、水の流れを良くしておくためなのだが、一月のもするとまた伸びてくるのが難点である。それは良いとして、作業中も皆マスク着用であった。仕方なく、軽トラのグローブボックスから安物のマスクを取り出し、余り密着しないように装着した。かなり寒かったので鼻の頭が冷えなくて、少しだけ快適だった。やはり、いつになっても少数派であることは間違いないようだ。

 スペインではビーチに泳ぎに行ってもマスクを付けなければならないという話があったが、同じようなものだろう。数日前、広島だったかなー記憶ははっきりしないが吹き矢の大会が行われたそうだ。グラスファイバー製の筒先にマスクは付けないのかなと言ったら笑われた。コントラバス・チューバの開口部に付けるマスクは大きいよ。絶対値段が高いだろうとか、N95マスク付けたら吹くのはきついだろうなどと言うものだから、いつも顰蹙を買っている。

 近頃地震の多いのが気になっている。首都直下型、千島列島、東北沖、東南海、南海地震の可能性についてはマスコミが結構書いているので読者の方もご存知だと思う。私はそれらに加えてトカラ列島の群発地震が何となく気になっている。何が気になるのかと言えば、あそこで起こっている地震が、大きな地震の予兆であるのか、それとも海底火山の噴火の予兆であるのかと言う点にある。この群発地震を南海地震を初めとするたの巨大地震の予兆と見る解説はいくつもあり、それはそれで可能性があるとは思うものの、これが巨大噴火の前触れであったら大変だと思っている。九州中部から九州南方海上には巨大な噴火を起こしたいくつかのカルデラが存在する。阿蘇カルデラ、加久籐カルデラ、小林カルデラ、姶良カルデラ、阿多カルデラ、鬼界カルデラなどであり、これら以外にも傾カルデラ、祖母カルデラ、大崩カルデラなどが存在する。

 トカラ列島の群発地震の震源は、鬼界カルデラのすぐ南に位置している。こう書いてもああそうかと思われるだけかもしれないが、地震も怖いがこの辺りで起こった破局的噴火の怖さは、地震どころではない。今から7300年前に起こった鬼界カルデラでの破局的噴火では、火砕流が九州南部を焼き尽くし、そこに栄えていた縄文文化圏を壊滅させたそうだ。そう書くとああ九州は大変だったのねと東京辺りの人々は思うかもしれないが、噴出した火山灰は莫大な量で大阪・和歌山辺りで20cm、東京でも数センチは積もったようだ。現代文明は壊滅することになるだろう。神戸大学海洋底探査センターは、現時点では噴火予測はできないが、カルデラ直下のマグマが活動的であるとしている。ここで噴火が起こった場合、推定死者数を1億人としているのも不気味である。まあ、その数字は盛りすぎだと思うが、噴火に伴う火山灰による国土の荒廃、北半球の寒冷化、食料生産の激減、交通インフラの壊滅などの条件を組み込めば、起こる可能性がないとは言えないだろう。そういえば、札門さんは世界中の農地を買いあさっていると言う話を聞いたが、本当だろうか?近頃、フェイクニュースが多くて、判断がなかなか難しい。

 そんなことを考えながら生活するなんてできるはずはない。確かにその通りである。こうした巨大な災害を意識しながら毎日生活している人はいないと思う。しかし、阿蘇山で阿蘇4と呼ばれるような破局的噴火が起これば、数時間で九州は壊滅、火砕流は山口県に上陸、国内には火山灰が降り注ぐ状況になるだろう。アメリカのイエローストーンで破局的噴火が起こればもっと酷い状況になる。それは歴史上の事実である。こうした大災害が人類の歴史に大きな影響を与え続けて来たことを少しでも意識すれば、現在のお金第一主義の考え方や、狭小な人間中心主義、軽薄な効率中心主義に侵された社会のチンケさに気付くのではないだろうか。

 石黒耀さんの書いた火山小説「死都日本」、一度読まれることをお勧めする。この中で出てくる菅原首相みたいな人が首相になってくれないかなと思うのは高望みかもしれないが、この日本にそうした資質を持つ人がいないのではないと思う。そうした人を表に出すシステムが錆びついていると考えている。札門さんが分からない?札はお札、英語で bill がヒントかな。

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