何が何か分からなくなってきた

 「どうせ年寄りの妄想サイトだ」、として読み捨ててもらうことを期待している。妄想とは、想像が空想を通り越して止めどがなくなったものである。ただ、時々これが当たることがある。従って、読者には内容を読んだ上で、これが玉であるのか石であるのかを峻別する常識と判断力と智慧がが求められるわけである。

 昨日もだが、前ぶりが長過ぎるといわれそうだ。でも前ぶりがないと、後の部分にメリハリが付かない場合もある。まあお暇であれば付き合って下さい。新型コロナワクチンモドキにおいて分かりにくい点がいくつかあるのだが、その一つについて妄想を述べてみよう。新型コロナワクチンモドキが副作用ーあえて副反応とは言わないーを引き起こすという記事は、マスコミには殆どでないにしてもネット空間には読み切れないほどある。隣の市の26歳の看護婦さんも先日亡くなった。

 今までのワクチンであっても副作用はあったのだから、このワクチンではない新型コロナワクチンモドキに未知の副作用があっても驚くことはない。コロナ風邪よりコロナワクチンモドキの方が危険だという意見に80%くらいは同意できる。残りの20%は、自ら実験を行ったものではないだけでなく、生物を対象とした試験にはある程度の誤差が付随するからである。さらに、結果を評価する人の主観が大きく影響することを知っているからである。コロナワクチンモドキの危険性は無視できると言い切る先生方の無神経さに怒りを感じている。

 ところが、一寸ばかり信じられないことを書いているサイトに出くわした。新型コロナワクチンモドキを接種した人と接触した非接種の人に、ワクチンモドキの影響が出るというのである。まさかと思って読み進めると、驚いたことにファイザー社のコロナワクチン・プロトコルに書いてあるという。PF-07302048 (BNT162 RNA-Based COVID-19 Vaccines) Protocol C4591001(http://82.221.129.208/pfizervax.pdf)

 ダウンロードして開いてみたら、146ページもある文書でとても全部を読む気にはならない。そんなことをしていたらいまでも遅れている農作業の予定が、いよいよ遅れてしまう。仕方なく、p67〜69辺りの該当する部分を探して読んでみた。困ったことに、こうした法律を意識した文書を読むスキルは持ち合わせていない。DeepL翻訳ツールで下訳を行い英辞郎 on the WEBで適訳を探しながら何とか読んだ。中身を書こうかと思っていたら、以下のサイトに取り上げられていた。

http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2176627.html#morehttp:// blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2176449.html

 分かりやすく翻訳すると以下のようになるだろ。日本語として馴染んでいない所はご容赦下さい。

妊娠しているワクチン未接種の女性が、8.3.5.1で示すような経路でワクチン接種者と接触すると、A.流産 B. 自然流産 C.母乳を介しての赤ちゃんの汚染 D.先天性障害のある赤ちゃんが誕生する恐れがあります。ワクチン接種者と接触とは以下のケースである。

8.3.5.1. 妊娠中の曝露 (接触) 以下の場合、妊娠中の曝露(接触)が発生します:

  • 女性参加者が、ワクチン接種を受けている間、または中止した後に妊娠していることが判明した場合。
  • 女性が、環境曝露によりワクチン接種者に曝露(接触)されている、または曝露(接触)された状態で妊娠していることが判明した場合。以下は、妊娠中の環境曝露の例です。
  • 女性の家族または医療従事者が,吸入または皮膚接触によりワクチン接種者に曝露(接触)された後,妊娠していると報告する。
  • 男性の家族または医療従事者が、吸入または皮膚接触によりワクチン接種者に曝露(接触)された後、妊娠前または妊娠前後に女性パートナーに曝露(接触)した場合。

 訳が解らないのだが、新型コロナに罹らないために新型コロナワクチンモドキを接種した人が、新型コロナワクチンモドキを打っていない他の女性に悪影響を与える可能性を示唆した文書である。これはなんだと考え込んでいたら、変なニュースが飛び込んできた。

 というものである。多分、前半に書いたことを基礎にした判断だと思うのだが、もちろんマスコミは誤解に基づく誤った決定であるという報道を流している。どちらが正しいのか判断は難しい。こうなると新型コロナワクチンモドキ信者と新型コロナワクチンモドキ不信者が分かれて暮らすしかないような世界が待ち受けていそうだ。相互不信ならぬ相互憎悪の社会になりそうで嫌だな。

 しかしながら、新型コロナに罹らないために新型コロナワクチンモドキを接種した人が、非接種者の他の人に悪影響を与える可能性はあるのだろうか。新型コロナワクチンモドキを接種して、体内で大量のスパイクタンパク質を作った人からスパイクタンパク質が咳や呼吸によって非接種者に移動して、悪影響を与える可能性が言われているようだが、それは何となく違うような気がしている。

 あり得るとすれば、この新型コロナワクチンモドキが自己拡散型ワクチンである場合であろう。自己拡散型ワクチンの話を始めると長くなりそうなので今日は止めておくことにする。でも、しかし、ひょっとしたら、まさかだが、実はジャガイモに「ジャガイモやせいも病」という病気がある。ウイロイドと呼ばれる短いRNAが病原体になる病気である。これがヒントになるかもしれない。次回に少し考えることにする。

 

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名は体を表すか?

 以前にも書いた記憶があるのだが、似て有らざるものにどう名前を付けるかと言う問題は思った以上に難しい。例えば鳥類において、モズに似て一寸小振りのモズがいるのだが、名はチゴ(稚児)モズという。とりあえず情緒のある名前であるとしておこう。タカ(鷹)の大きめの鳥にはオオタカという名が付けられている。サギ(鷺)の仲間は、コサギ、チュウサギ、チュウダイサギ、ダイサギなどと余り味気のない名が付けられている。もっともアマサギ(猩々鷺)とかゴイサギ(五位鷺)などもいるので、サギ全部が味気ない名を持っているわけではない。

 植物においては、エンドウによく似た植物に、カラスノエンドウとかスズメノエンドウという名を与えているし、アカシアに似た植物であるハリエンジュにはニセアカシアと言う接頭語をつけている。本来の種より一寸小ぶりの種にはヒメという接頭語を(ヒメウツギ、ヒメツルソバ、ヒメオドリコソウ、ヒメジョオン、ヒメスミレ、ヒメフウロなど)、大振りの植物にはオニという接頭語を付ける(オニユリ、オニバス、オニタビラコ、オニスゲ、オニゲシなど)。有毒な種に関してはドクを付けることもある。ドクムギ、ドクニンジンなどだ。

 これが昆虫になると少しばかり風合いの違う命名がなされる場合が多い。接頭語としてニセ、チビ、ケブカ、メクラ、メナシ、アシブト、ハラビロなど現在では大声で言いにくいもの、ホソクビ、クビナガ、アシボソ、コシボソなど大声で言ってもよさそうなもの存在する。接尾語としては、ダマシ、モドキが多い気がしている。昆虫は種類が余りにも多いので、情緒ある名前をなどという余裕がないのかもしれない。

 命名すると言う行為は、ある集合からある特性を持つものを切り分ける行為を含んでいる。現象はコトバによって分節され認知されるなど、ソシュールのような難しいことを言うつもりはないが、言葉はある現象を意味するわけだ。当たり前ではないかと言われそうだが、その当たり前が当たり前に行われていない現実があるためにこういうことを書いている。

 新型コロナ感染症というものが流行っているそうだ。日本での死者数の多い病気の順番で言えば、多いほうから35〜6番目辺りにあるそうで、さほど問題にするような感染症ではない可能性が高い。しかし、なぜか発狂してしまったマスコミによってことさら怖い印象づけが行われているため、世はコロナ恐怖症に陥っている。そしてこの感染症に有効なのはコロナワクチンだけであるという誘導が行われている。これは私のこの感染症に対する感想であって、読者の同意は求めないし、各人がこの病気を恐れても一向に構わない。以前に書いたが、この感染症対策に必要なのは、罹った時に飲めば効く薬でありワクチンではないという考えも変わっていない。

 そこでコロナワクチンについてだが、結構否定的な意見があるにも関わらず、これを待ち望む人の多さには呆れ果てているというわけだ。もちろんこれも各人の自由であり他人が口を挟む必要はないのかもしれない。だが、このコロナワクチンは本当にワクチンだろうかと考えてみると、どうもきわめて怪しいのである。ワクチンは薬に分類されると思うので、日本薬学会の用語解説を参照するのが良いだろう。ではどう書いてあるか引用しよう。

 《免疫反応の抗原となる微生物やその産物を含むものであり,感染症の予防を目的として注射や経口投与により生体に能動免疫をつくりださせる製剤.生きた弱毒病原体(生ワクチン),不活化病原体(またはその一部),病原体代謝産物(毒素,毒素の不活化物であるトキソイド)が使用される.ワクチンの接種により生体(ヒト,家畜など)の体内に能動的につくられる抗体(体液性免疫,細胞性免疫,または両者)が病原体の感染・伝播・流行を阻止する.生ワクチンにはBCG,痘そう(天然痘),ポリオ,麻しん(はしか),風しん,おたふくかぜワクチンなどがある.不活化ワクチンとしては,百日咳,ジフテリア(トキソイド),破傷風(トキソイド),インフルエンザ(HA),日本脳炎ワクチンなどがある.(2005.10.25 掲載) (2009.11.6 改訂)》 日本薬学会の用語解説ページより

 新型コロナウイルスに対するワクチンと比べて違和感を感じないだろうか。ワクチンの定義のよれば、生きた弱毒病原体、不活化病原体(またはその一部)、病原体代謝産物(毒素,毒素の不活化物であるトキソイド)であると明記してある。などという曖昧な解釈を認めるような文言もない。もっとも、ウィキペディアなど一部の改定の早いところでは、ウイルスベクターワクチン、mRNAワクチン、DNAワクチンなどの項目を挙げているので、私が知らないだけでワクチンの定義の拡大が行われたのかもしれない。しかしながら、旧ワクチンのグループと新ワクチンのグループには、作用メカニズムに大きな違いが存在する。

 旧ワクチンのグループにおいては、抗原抗体反応を引き起こす異物は外部から導入される。ところが、新ワクチンのグループの特徴は、抗原抗体反応を引き起こす異物が、注入される遺伝情報を持つ遺伝子の情報にしたがって人の体内で作られる点にある。自分の体内で自分のものではない異物(抗原)を作らせるのが、新型ワクチンと呼ばれているものである。この違いは思った以上に大きい。旧ワクチンでは、抗原抗体反応を起こす抗原の量は、投与量である程度制御できるが、新型ワクチンではどれくらいの抗原が体内で作られるかの制御は個人差が大きくて難しそうに思える。さらに接種された遺伝子のフラグメントが、体のどの組織において異物を作るのかがよく分からない。

 個人的意見だが、この新グループワクチンには別の名称を与えたほうが誤解を招かないと思う。もっともこれはワクチンに対して慎重な意見を持つ私の感想に過ぎない。推進する立場の人たちは、健康に役立ってきたワクチンという誤解を利用したほうが都合がいいと考えるだろう。何を考えても、いつも少数派から抜けきれないな。ふふ、ニセワクチン、ゴカイリヨウワクチン、ドクワクチン、ワクチンモドキ、ワクチンダマシ、ワクチンダマシモドキ、YouTubeならバン間違いなしだ。そうか、バンワクチンでも良いか。

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永遠の未成熟な少数派

 永遠のコロナである。コロナ感染症、いよいよ煮詰まってきたな。世界中がマスク中毒である。一昨日町内清掃ということで40人近く集まったのだが、私以外全員がマスクを着用していた。最初の説明の際、グループから離れて遠くに一人で立って聞いた。町内清掃と言っても町中のちょっとした草取りではない。元気な男性群は刈り払い機を使って、町内を流れる川の中に生えているヨシを切り倒すのである。雨期に備えて、水の流れを良くしておくためなのだが、一月のもするとまた伸びてくるのが難点である。それは良いとして、作業中も皆マスク着用であった。仕方なく、軽トラのグローブボックスから安物のマスクを取り出し、余り密着しないように装着した。かなり寒かったので鼻の頭が冷えなくて、少しだけ快適だった。やはり、いつになっても少数派であることは間違いないようだ。

 スペインではビーチに泳ぎに行ってもマスクを付けなければならないという話があったが、同じようなものだろう。数日前、広島だったかなー記憶ははっきりしないが吹き矢の大会が行われたそうだ。グラスファイバー製の筒先にマスクは付けないのかなと言ったら笑われた。コントラバス・チューバの開口部に付けるマスクは大きいよ。絶対値段が高いだろうとか、N95マスク付けたら吹くのはきついだろうなどと言うものだから、いつも顰蹙を買っている。

 近頃地震の多いのが気になっている。首都直下型、千島列島、東北沖、東南海、南海地震の可能性についてはマスコミが結構書いているので読者の方もご存知だと思う。私はそれらに加えてトカラ列島の群発地震が何となく気になっている。何が気になるのかと言えば、あそこで起こっている地震が、大きな地震の予兆であるのか、それとも海底火山の噴火の予兆であるのかと言う点にある。この群発地震を南海地震を初めとするたの巨大地震の予兆と見る解説はいくつもあり、それはそれで可能性があるとは思うものの、これが巨大噴火の前触れであったら大変だと思っている。九州中部から九州南方海上には巨大な噴火を起こしたいくつかのカルデラが存在する。阿蘇カルデラ、加久籐カルデラ、小林カルデラ、姶良カルデラ、阿多カルデラ、鬼界カルデラなどであり、これら以外にも傾カルデラ、祖母カルデラ、大崩カルデラなどが存在する。

 トカラ列島の群発地震の震源は、鬼界カルデラのすぐ南に位置している。こう書いてもああそうかと思われるだけかもしれないが、地震も怖いがこの辺りで起こった破局的噴火の怖さは、地震どころではない。今から7300年前に起こった鬼界カルデラでの破局的噴火では、火砕流が九州南部を焼き尽くし、そこに栄えていた縄文文化圏を壊滅させたそうだ。そう書くとああ九州は大変だったのねと東京辺りの人々は思うかもしれないが、噴出した火山灰は莫大な量で大阪・和歌山辺りで20cm、東京でも数センチは積もったようだ。現代文明は壊滅することになるだろう。神戸大学海洋底探査センターは、現時点では噴火予測はできないが、カルデラ直下のマグマが活動的であるとしている。ここで噴火が起こった場合、推定死者数を1億人としているのも不気味である。まあ、その数字は盛りすぎだと思うが、噴火に伴う火山灰による国土の荒廃、北半球の寒冷化、食料生産の激減、交通インフラの壊滅などの条件を組み込めば、起こる可能性がないとは言えないだろう。そういえば、札門さんは世界中の農地を買いあさっていると言う話を聞いたが、本当だろうか?近頃、フェイクニュースが多くて、判断がなかなか難しい。

 そんなことを考えながら生活するなんてできるはずはない。確かにその通りである。こうした巨大な災害を意識しながら毎日生活している人はいないと思う。しかし、阿蘇山で阿蘇4と呼ばれるような破局的噴火が起これば、数時間で九州は壊滅、火砕流は山口県に上陸、国内には火山灰が降り注ぐ状況になるだろう。アメリカのイエローストーンで破局的噴火が起こればもっと酷い状況になる。それは歴史上の事実である。こうした大災害が人類の歴史に大きな影響を与え続けて来たことを少しでも意識すれば、現在のお金第一主義の考え方や、狭小な人間中心主義、軽薄な効率中心主義に侵された社会のチンケさに気付くのではないだろうか。

 石黒耀さんの書いた火山小説「死都日本」、一度読まれることをお勧めする。この中で出てくる菅原首相みたいな人が首相になってくれないかなと思うのは高望みかもしれないが、この日本にそうした資質を持つ人がいないのではないと思う。そうした人を表に出すシステムが錆びついていると考えている。札門さんが分からない?札はお札、英語で bill がヒントかな。

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まあ仕方の無い面があるとは言え鬱陶しいな!!

 先日、知り合いの家族に不幸があった。ただ哀悼の意を表すしかなく、私が何もすることができないのは当たり前だ。問題はそこにはない。御霊前を持参しようと袋を購入しお金を入れて再度熨斗をつけようとしたのだが、そこで困ってしまった。裏側の折り返しの部分で、上から折り返した部分としたから折り返した部分、どちらを上にすれば良いかが分からなくなった。何気なくグーグルで調べると、上からの部分が上になると書いてあった。解決である。慣習といえば慣習で、どちらが上でも良いではないかと思わないこともないのだが、こういうことは社会通念に従っておくのが良い。

 問題はその後である。PCを開くと坊さんの写真が必ず現れる。葬儀の案内サイトがずらっと並ぶ。坊さんの派遣と料金案内が表示される。いやはや、この状況が10日近く続いた。結局、検索結果を次回をもとに表示を決めているーつまりこちらの情報が完全に漏れているということである。坊さんの広告が出るからといって、無視するだけだから何ということはないが、そこまでしなくてもいいだろうと強く思う。アマゾンで定期的に買い物を続けていると、頼まなくて物が届くようになるとか、宅配業者の車が注文するタイミングで家の前に待っているなどという笑い話があったが、あり得そうな状況である。

 以前に不幸が幸せに先行すると書いた記憶がある。怪我をした。痛い状況から次第に直っていく幸せ、貧乏な状態から少しずつ裕福になっていく幸せ、蚊に刺されてかゆい時そこを適度にひっかく気持ちよさ、全部良くないことが先に起こっている。欲しい物を注文してもなかなか来ない不幸と届いた時の喜び、余りにも苦労せずに物事が処理されていくということは幸福感を減殺しているのではないか。現代文明は我々から待つ喜びを奪っていきつつあるようだ。

 私は北九州、いや中九州かな、に住んでいるのだが、北部九州では現在進行形を「〜しよる」と表現する。大阪弁の「〜しよる」には一寸ばかり非難するニュアンスが含まれる場合が多いのだが、我々の「〜しよる」にはそうした意味は含まれない。通常は現在進行形を意味する。標準語に直せば「〜しつつある」となる。何でこんなことを書き始めたかといえば、「待つ喜びを奪っていきつつあるようだ」と書いてしまったからである。この部分を私の方言に翻訳すれば「奪っていきよるごたる」となるだろう。この「しよる」が「しつつある」より優れているのは、否定形を持つことだ。「食べよる」の否定形は「食べよらん」、「いま書きよる」の否定形は「いまは書きよらん」となる。「〜しつつある」の否定形は「〜しつつない」ではない、どうなるのだろう。これは知りたいな。

 ネットで調べれば答えがあるかもしれないが、突然アマゾンの国語辞典のサイトが現れるかもしれない。日本人としては残念だが、紀伊國屋書店のサイトは出ないような気がする。まあ、葬儀の案内サイトよりましかな。

 

 

 

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良い雨だった 明日も頑張ろう

 いつだったかな、とにかく少し前にジャガイモの植え付けをした。品種はダンシャク、名前は明治41年(1908)に函館ドッグ取締役になった川田龍吉男爵が、外国の苗業者から種イモを購入し、自家農園である「清香園」で栽培したことに由来するという。粉質でホクホクとしているため熱に弱く煮崩れしやすいが、マッシュポテト、ポテトサラダ、コロッケなどにすると美味しいイモである。もう1品種植えたのがシンシア、肌がきれいでメークインに近い食感を持つ品種、休眠が深いため貯蔵性に優れた品種である。すぐそばに道の駅があるとはいえ、そんなに大量に売れるわけではない。客は名の通った品種を求める傾向が強い。従って、休眠が浅くよく知られた品種であるダンシャクを6~7月にかけて売り、その後は休眠が深く、見かけの良いシンシアを売ろうとする販売戦略なのだが、上手くいくかどうかはわからない。シンシアの休眠の深さはアブシジン酸と関係があるのかななどと考えている。

 確かに芽立ちはダンシャクの方が早いし、多くの芽が生えてくる。ジャガイモ栽培では芽かきという、生えてきた芽の数を2~3本に減らす作業が必要である。多数の芽が込み合っていると小さなイモしか入らないためである。シンシアでは芽かき作業は余り必要なさそうだ。ではシンシアの方が良いかといえばそうでもない。ダンシャクで芽かきを行った芽の部分を、挿し木ならぬさし苗してやると、ちゃんと活着してイモができるのである。この場合は芽かき作業もいらない。去年やってみたら上手くいった。つまり、少量の種イモを霜でやられないように注意して植え付け、たくさん出てきた芽の部分を植え付けてゆけば、種イモの購入量がかなり少なくて済むのである。もっとも、人件費を考えればペイするかどうかは別の話である。

 昨日はタケノコイモを植え付けた。畝立て機を畝立て用ではなく植え溝を掘るために使うという反則技でつくり、この溝の中に貯蔵していたイモを植えていった。このイモは土寄せすることが大事なのだが、土寄せは重労働である。真夏の太陽の下でするような体力はない。つまり、畝間を広くとった深めの植え溝にうえつけ、畝立て機で土寄せをしようという魂胆である。どうなるかは分からないが、歳なりのやり方を工夫するのはそれなりに楽しいものである。

 今日の雨で時間がとれたため「アブシジン酸の総合的理解に向けて」とする総説?的書き物が終わった。一段落である。書きたいことはまだいくらでもあるのだが、まあ少しづつ付け足していくことにする。そこで次に何について書くか、考えている。世の常識に反抗するのが好きであるため、無知蒙昧の状態で書くわけにはいかない。今用意しているタイトルは、「TCA回路は回らない」、「ブドウ糖は逆解糖系の盲腸である」、「植物は海からは上陸しなかった」などである。古希を過ぎた爺でさえ一所懸命畑を作り、学問的なことを考え続けているのだから、若者もいろんなことを学んで欲しいな。SNSに取り込まれて常識的判断を失っていないか、常識的判断といわれるものが時としていかに危険なものであるか、理系とか文系かいう壁の中に閉じこめられた囚人になってはいないか、などなど、常に考え続けることがいよいよ必要とされる時代になっているようだ。

 明日はワラビの収穫とダンシャクの芽かきと芽の植え付け、時間があればタマネギ周囲の草取りと茎倒しかな。全部やると一寸きつそうなので途中でやめるかもしれないな。いつも通り、体力と相談しながらの判断になりそうだ。

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