周りが賑やかになった

 夏鳥と呼ばれる渡り鳥の声が、一気に増えてきた。早朝からというより一日中不如帰が鳴いている。夏鳥だけでなくカワラヒワ、キビタキ、ホオジロ、四十雀、ヒヨドリ、トビ、キジもいるしコジュケイもいる。スズメの声も艶めいてきた。畑の上で、ヒバリが鳴いている。ウグイスは依然として鳴き続けているし、コムクドリも騒々しい鳴き声を聴かせる。サンショウクイもいそうだ。河原に行くとオオヨシキリが来ているようだ。今年まだ聞いていないのはセンダイムシクイ、ツツドリ、アオバヅク、サンコウチョウ、ミソサザイなどなど、彦山にでも行けばもっと色々聞けるのだが何だか行く気になれない。

 昔は百種以上は楽に聞き分けていたように記憶しているが、今では百種類いくだろうか。それも典型的な囀りを聞いた場合で、地鳴きで聞き分けることができるのはその半分くらいだろう。姿が見えればもう少し可能だと思うが、野外でかつ老眼であるとすれば多くは望めない。社会で起こる事件を観ていると、双眼鏡を持ち歩くのも憚られる様な気がしている。

 水辺の鳥であるサギの仲間は余り声が良くない。でも姿を見ることができるのである程度の識別はできる。これから田植えの季節になるのだが、田んぼの周辺では、コサギ、アマサギ、チュウサギ、ダイサギ、アオサギを良く見る。夜間には空を飛ぶゴイサギの声をよく聴く。キセキレイとセグロセキレイは良く見る。マガモであるのに渡りをせずに住み着いている番いがいる。アヒルの原種であるからそんな事もあるのだろう。クイナとバンは声を聞くだけで、姿をみることはほとんどない。近くの原鶴温泉は観光鵜飼いで知られているが、昼間に野生の鵜が編隊を組んで飛んでいる姿を見ることがある。カワウだと思っていたら、あれはウミウであると教えられた。こんな内陸までウミウが来るのかと訝しくおもったのだが、筑後川沿いに久留米市までは分布しているらしい。それなら納得、でも養魚場にとっては天敵らしい。

 今日は朝から桑の収穫、出荷は家族に任せてその後はジャンボニンニクの収穫をした。普通のニンニクであれば収穫で苦労することはないのだがジャンボニンニクの収穫はサトイモ掘りと同じくらい重労働である。夕方までかかった。掌が遅発性圧迫性アレルギーで痒くてたまらない。世の中は日曜だというのに、何でこんな時間まで働かなければならないなどと愚痴った罰である。元気で働けて良かったと感謝しなければならなかったようだ。

 

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排水路整備

 5月6日に書いてアップするのを忘れていた。

 今日は排水路整備の日、昨日からの雨はまだ降り続いているが、少々の雨であれば無視して決行するのが常である。午前8時に集合場所に行くと誰もいない、しまった何か間違ったらしいと全てを知っているSさんに電話をすると10時半からだという。一旦家に帰り再度出動、びしょ濡れになりながらの草切り、排水路に入っての作業は増水しているため中止となった。買って10年ほどたつ作業用のレインコート、全く水をはじかない。皆さん、立派なレインコートを着ている。あんたのレインコートは濡れとるばい、スプレーを定期的にせにゃなどといじられながら作業は終了した。確かに私だけ、体調を崩したニワトリみたいに濡れそぼっている。

 周りの人々にとってレインコートはSSを使う農薬の散布時に必須である。年に数十回は使う必需品である。ところが散布する薬剤には展着剤(界面活性剤)が含まれているため、高級なレインコートであっても撥水性はすぐに低下する。使用後によく洗ったあと定期的に撥水スプレーを噴霧するのは、ルーチンの作業である。一方私は無精者なので、基本的に雨の日は働かない。レインコートを着るのは、こうした共同作業の時と、田植えの日くらいである。そして着用するレインコート自体の品質もかなり低い。まあ、あんたのレインコートはと、軽くいじられるのは、そう言える人間関係が出来たのだとポジティブに受け取って明るく作業をこなしてきた。

 私の作業能力は他の人に比べればかなり低い。それは自認している。地域の人達にとってはそんな事は織り込み済みであり、私の労働力に大きな期待をかけているわけではない。それよりも、地域の色々な行事に参加する参加する気持ちがあるかどうかが問題である。参加さえすれば、何でも教えてくれるし、有益な情報もくれる。10年以上経って、ようやくこの地に根付いてきたような気がしている。

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やはりいつも少数派

 世の中から新型コロナ感染症と云う重大な病気はなくなって、ただの風邪、いわゆる旧型コロナ感染症に戻ったわけだ。政府は最早この病気に注意を喚起するようなことをしないと思うが・・・。マスクについては極めて消極的な態度をとり続けるだろう。マスクは一応不要ということになったが、世の中のマスク信仰は今も健在である。先日、銀行に行った。郵便局にも市役所にも行った。私以外は全員マスクをしていた。ここまで来るといつ、彼らがマスクを外すのか予測できない。要するに、郵便局や市役所あるいは地域の代表的企業が先に立って、マスク不要キャンペーンでもしないかぎり、この流れは変わらないだろう。でも郵便局や市役所あるいは地域の代表的企業は、お客様がマスクをつけ続けるかぎり、先に立って職員に外せとは指示しないように感じている。

 そう、先日さほど乗り気ではなかったが老人会の宴会に参加してきた。近くの温泉ホテルで30人弱の宴会だった。自宅近くの公民館前までマイクロバスでの送迎があったのだがマスク解禁の後だったにもかかわらず、ここでもノーマスクは私だけ。ホテルで出迎えの職員も完全武装であった。しかし、宴会が始まると同時に全員がマスクをかなぐり捨てて、久しぶりの宴会は良いなと大いに盛り上がっていた。私は隅っこで黙って飲んでいたのだが、多くの人が徳利を持って歩き回り、合間にはカラオケ三昧である。二時間半の宴会が終わり帰りのマイクロバスに乗ると、私以外ほぼ全員がマスク着用である。理解できない。いわゆる新型コロナ感染症が流行っていた時、一人で車に乗っているのにマスクを付けている人を多数見てきた。理解できなかった。僕から私にコロナが移ったら大変なのかな。明らかに夫婦とみえる人達もマスクをしていた。濃厚接触を避ける為かなと思ったが、彼らは家に帰ってもマスク着用を続けていたのだろうか。

 ワクチンは打たない、健康診断には行かない、PCR検査もしない、旅行もしない、可能な限り国からの補助金を当てにしないで生活していたのに、初期の頃は非国民のように、そして病原菌のように扱われたことがある。「俺は国の金に集ることなく質素に生きているのに、何でそこまで云われなければならないのか」と怒っていた。だが、今となっては不条理だと思う怒りはない。何とか昔の日常に戻せないかと考えているだけの保守派である。

 ワクチンを打たない人、健康診断に行かない人、PCR検査をしない人、旅行に行かない人さらにマイナンバーカードを作らない人の重なり集合をとるとどれくらいの人が残るのだろう。正直な話、上記の5条件を満たす人に出会ったことはない。とすれば、やはり私は少数派、それも究極の少数派らしい。これは生き方として、正しい–間違っているという話ではない。各個人が、それなりに選択した結果であろう。それにしても「日本人はなんとガバナビリティの高い民族なんだろう」と思うこの頃である。

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梨原木の薪化がようやく終わった

 梨の栽培をしていた方が樹種の変更をするに伴い、切断した枝をあげると云われ約50本分の薪原木を入手した。1月の半ば頃の話である。50本分の原木と云っても、1本の幹から3本の枝が出ている。さらに1本の枝から3~4本の玉切りした枝が取れる。この枝の1本から少ない枝で4本、大きな枝であれば10本近い薪が取れる。考えただけでもゾッとするほどの量である。2月中に凍結した山道を走って山の畑に積み上げ、4月の初旬には作業を終わらせる予定で玉切りを始めていた。ところが3月の初めに畑に残っていた幹を根っこまで抜いたからこの幹も持って行っていいよと云われた。嬉しいと云うかなんというか、嬉しいけど誤算である。結局、他の作業を手抜きして時間をつくり薪棚への収納が終わったのが今日である。

 当然だが、春の作業は遅れに遅れ未だに畑には苗がない。水田の周囲は草だらけの状況である。今日から苗の植え付けと草刈りを始めるのだが、今週末から桑の収穫が始まるのだが、先に書いたように菌核病の防除に失敗したため、病気に罹った白い果実が半端ない割合で割合で混じっている。さらにだが、今年はクワキジラミの発生数が多いだけでなく、カメムシの数も多い気がしている。この二種の虫に対して適応のある農薬は存在しない。

 明日、いや今日から、カボチャ、トウガラシ、ナス、タケノコイモ、ソルゴー、ゴーヤ、さらに何種類かのハーブの植え付け始める。水田周りの草刈りも待ったなしだ。春先からみすぼらしい畑の目隠しにと道路際に植えていた菜の花を切った。ここにトラクターを入れて夏の目隠しであるソルゴーを蒔く予定だが、間に合うかどうか分からない。

 と書いて5日が過ぎた。今日は19日である。トウガラシ、ナス、ソルゴーは植えた。水田周りの草切りもした。周囲の長さが約500m、法面の高さが1.5m程あるので最低 2 回は回る必要がある。南側は耕作放棄された水田に面しているので、2m程越境して切って行く。結局1,5 往復せざるを得ない。マムシがいた。アオダイショウの幼蛇がマムシとよく似た模様を持つのだが、マムシの方がズングリしているだけでなく動きが遅い。近づいて見れば顎が張っていわゆる毒蛇顔をしている。蛇がいると素早く追いかけて苅払い機で首を刎ねる人がいる。農作業中に噛まれる可能性があるのだから間違った判断ではない。では私にできるかといえば、躊躇してしまう。蛇に対するこの感情は、何が原因なのだろう。いっそのこと、攻撃してくれれば反射的に行動できるのだが。

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晩春

 当地の春はイヌフグリの空色から始まる。続いて臘梅の淡黄、梅の紅白、菜の花の黄蘗、桜の淡紅、桃の紅白が咲き分ける世界につづいて、純白の塩原とも見える梨の開花が続く。この間、柿の花の開花があるのだが、柿の花は地味な存在で普通の人は気付かないようだ。連休が明けた頃から山藤の若紫と山法師の白が目立つようになった。ヤマボウシの白は良い。近づいて見るよりも少し距離を置いて見たほうが風情を感じる。ただし、花びらに見える白いものは総苞片であって花弁ではない。改めて考えてみると、私は白い花、それも幾分緑色を帯びたものが好きなようだ。薔薇の品種で云えば花弁がゴテゴテしていない小振りな緑光あたりである。

 たわいのないことを書きつづっているブログなので余り役には立たないが、清少納言が紙の白さに拘っていた。枕草子における色々な事柄の描写のなかで、色に関する感受性が特に優れているように思う。そういうことはどうでも良い、いまは山法師の花が綺麗だと言いたいだけである。山法師は花水木に似ている。花弁と見まがう白い総苞片の先端が少し窪んだ形をしている。この木とその窪みについては、キリストに関する伝説らしきものがあるそうだが、信頼性のある話ではないので書かない。そういえば数日前から庭石菖の花も咲き始めた。因みに花水木も庭石菖も北米原産である。さらにつけ加えれば、花水木は1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカ合衆国ワシントンD.C.へ桜を贈った返礼として3年後にワシントン市から東京市に寄贈されたものだそうだ。

 桑を育てている。実取りの桑である。近所に育てている人は全くいない。こうした作物には適用を持つ農薬はほとんど存在しない。だが、それを食害する害虫や病害菌(我がままな定義だな)は存在する。ややこしい話になるが、蚕の餌としての桑には散布して良い農薬がある。この農薬を桑の葉茶を採る為の桑に使っている人がいるらしいが、気持ちは分かる。実採りの桑に対してはロブラールという農薬が1シーズンに2回だけ使える。菌核病に効く薬なのだが、今年は散布するタイミングを間違えたらしい。実った果実の半分くらいが菌核病にかかり、商品にならない。もう一つ、オレートという農薬が使えるのだが、これはただの石鹸水である。高級石鹸であるオレイン酸石鹸の水溶液を農薬として登録した商品であり、アブラムシに牛乳をまくのと同じく、虫の気門を封じて窒息死させる。

 いまクワキジラミと云うアブラムシのような小さな虫が発生している。上記のオレートが効くことになっているのだが、1寸の虫にも五分の魂、彼らは桑の葉を巻き込んでその中に隠れているのでオレートをまいても薬液がかからない。生態的防御手段というべきか、塹壕にもぐって敵弾から避けている兵士と同じである。仕方なく、巻いた葉っぱの1枚1枚にスプレーでオレート溶液を吹き込んで行くのだが、とても間に合わない。それだけではない、周辺の梨や柿畑にいたカメムシが、薬剤散布に追われてうちの畑に逃げ込んでくる。カメムシに対する薬は何も認められていない。今年はダメだ。畑の中に蚊取り線香でも吊るしたらなどと妄想するが、蚊取り線香にはアレスリン(ピレスロイド系農薬)が含まれている。ということで、ポジティブリスト制の下では全く動きが取れない。

 これはポジティブリスト制を否定しているのではなく、そこで決まっている数値が現実とそぐわないと云っているだけである。近年、世界的に農業に対する締めつけが厳しくなってきた。オランダの状況をみれば、先は暗い。地球温暖化の原因になると云うことで稲作を制限しようと云う議論がある、牛のげっぷにメタンが含まれるから牛の飼育を制限しようと云う話もある、ペットは気候変動の原因、肉食のペットは安楽死させて、温暖化にあまり影響しないカメや爬虫類にしようという提言もある、コオロギを食べろ、ゴミムシダマシを食べろ、ハエのウジを食べろと言っているグループの主張である。どうも人間としての尊厳を奪いに来ているようだ。

 好きな花について書いていたのに、後味の悪い終わり方になった。やはり最後は綺麗に終わりたい。シャガ、射干あるいは著莪と書く。アヤメ科の植物で、清楚な花をつける。やや湿り気味で半日陰に咲く。中国から渡来した日本に咲く射干は3倍体であるため種子ができない。川沿いの登山道の脇などに群生しており、疲れを癒やしてくれる植物である。ちょうど今頃が開花期に当たる。有毒植物と云われているが、使い方さえ間違えなければ民間薬としても使える。そういえば上で書いた庭石菖、これもアヤメ科の植物だった。後で写真を付けるかもしれない。

 とはいえ、地震が多いですね。水と数日分の食料、家具の固定、枕元に長靴程度の用意は必要かも。八丈島、かなり危なそう。

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