過剰と蕩尽 26

 最初に宣言しておくが、キサントフィルサイクルはどうにもわからない。このわからなさが実に魅力的であるため、この系について考え続けていたら20年近い時間が過ぎ去っていた。下手の考え休むに似たりとは言え、長い間愚直に考え続けると、関連するいろんな知識が積み上がってくることは間違いない。この場を借りて、少し整理をすることにする。

 そこでキサントフィルサイクル、またもやKEGGサイトから一部を切り取り、一寸だけ細工した図を載せることにする。

スクリーンショット 2016-09-14 8.26.03
KEGGサイトCAROTENOID BIOSYNTHESIS のページからβ-カロテン以降の部分を借用

 この図において黄色い四角で囲った部分がキサントフィルサイクルと呼ばれている部分である。図を見ると、ゼアキサンチン-アンテラキサンチン-ビオラキサンチンの間で、光強度に依存して系が回っているように見えるのだが、さてこの系をわざわざキサントフィルサイクルとして切り取り、その意義を問う行為の原点は何処にあるのだろう。多分だが注釈抜きにこの図をみせれば、多くの研究者はアブシジン酸生合成経路の一部としてみるのではないだろうか。私のような変人には β-カロテンの分解経路の一部であるようにも見える。この現象は、我々がある既知の枠組みの中で物事を位置づけようとする無意識の傾向を示しているようだ。

 アブシジン酸に関するブログを書いていた時、このサイクルに触れようかと思ったのだが、余りにも論旨が錯綜してしまうと思い素知らぬ顔で通り過ぎてきた。この系をアブシジン酸の生合成系の一部とする認識の下で理解しようとした場合、どこかに矛盾がありそうで嘘っぽい説明にならざるを得ないからである。次の図を見てほしい。

キサントフィルサイクルを中心としたβカロテンの酸化代謝系

 キサントフィルサイクルの前後を構造式まで含めて描いたものである。先ほど述べたように、緑の枠内だけを独立させて考える枠組みがどういうものであるのか、私にはさっぱり分からない。同じく、これをアブシジン酸生合成系の一部とみた場合、強光下においてアブシジン酸生合成が逆行しているように見えるのである。通常の理解では強光は高温とセットである。そのような状況においては、アブシジン酸生合成は促進されるべきであろう。ところが、強光下においては、ビオラキサンチンからゼアキサンチンへと向かう代謝が促進されゼアキサンチンからビオラキサンチンへの代謝は低下するのである。(勿論強光下においては、光合成が昂進するので酸素分子の生産が高まると同時に二酸化炭素の需要が増えるため、気孔を開けるべきであるとする考え方も十分にロジカルではあるが、植物は水を失うわけにはいかない。アブシジン酸生合成系を欠く植物は萎凋しやすく、水不足の状況ではすぐに枯死することを考えると、植物は水分保持を優先するベクトルの下で動いている。)

 さて、これらの一見すると矛盾しそうな状況をなんとか整理できる考え方はあるのだろうか。もっとも一般的な説明は、ゼアキサンチンとビオラキサンチンの性質の違いに依拠するものである。ビオラキサンチンはアンテナ色素として機能するのだが、ゼアキサンチンは、クロロフィルへエネルギーを渡すアンテナ色素としてはほとんど機能せず、励起状態にある三重項クロロフィルからエネルギーを受け取りそれを熱として捨てる役割を持つ。アンテラキサンチンは両者の中間的な性質を持つという。つまり、光が強すぎてエネルギーが過剰な場合にはゼアキサンチンを作る方向に、光が弱くてエネルギーが欲しい状況ではビオラキサンチンを作る方向に反応を進めることで、エネルギーが余る時にはそれを熱に変え、エネルギーが不足する時には、光合成を促進するという非常に合理的な反応系であるとする考え方である。この説明はとてもわかりやすく、二種の変換酵素の活性変化は光合成に伴ってチラコイド膜の内外に生じるpH勾配によると言われれば、一瞬どころか10年くらい納得してしまいそうだ。但し、ABAの生合成に必要なビオラキサンチンが十分に備蓄されていることが条件になるだろう。

 上記の説明は、ある程度成立するかもしれないと思えないこともないのだが、少し違った解釈ができるかもしれない。我々がこうした代謝系を眺めて何らかの解釈をなそうとするとき、思わず落ち込んでしまう陥穽がある。それは酵素の基質特異性を過大評価してしまうことである。酵素化学の初期に成立した酵素の基質特異性の概念は、有機化学における触媒と比較して考えられた故に、余りにも過大評価され続けてきたように思う。いま一つは、記述式の試験問題として出題しやすい概念であったが故に、大多数の学生が「酵素は基質特異性が高い」、「酵素には反応特異性がある」という思い込みで回答を書き、単位を取得し続けてきたことも原因だろう。

 これは批判ではなく歴史的事実である。私もそう教わり、一時はそう信じ、そういう解答を書いた。私の中でこの概念が壊れたのは、農薬の中でアセチルコリンエステラーゼ阻害剤の一覧を見たときである。有機リン系の化合物と、フィゾスチグミンをモデルとしたカーバメート系の化合物をあわせて百種類を越える構造式が羅列してある書籍を見て、その呪縛から解放された。酵素の基質特異性は大したことはない。酵素なんて容易に騙すことができるとする視座から見れば、農薬だけではなく医薬であっても、代謝阻害剤の多くが本来の基質のミミックである。酵素を似て有らざるもので騙しているのである。要するに基質の反応する部位が酵素の活性部位になんとかはまるものであれば、そこからある程度離れたところの構造には大きな自由度が存在する。(勿論、例外の存在を否定するわけではない)

 そこで先ほどの図をもう一度見てほしいのだが、ゼアキサンチンからアンテラキサンチンを通ってビオラキサンチンへ向かう系で働く酵素はあまりよくわかっていないzeaxanthin epoxidase [EC:1.14.13.90]であり、ビオラキサンチンからアンテラキサンチンを通ってゼアキサンチンになる系で働く酵素はviolaxanthin de-epoxidase [EC:1.23.5.1]である。アンテラキサンチンをわざわざ書くから大層なサイクル(回路)に見えるが、ビオラキサンチンとゼアキサンチンが行ったり来たりしていると考えて良い。アンテラキサンチンは単なる反応中間体として捉えることが可能だろう。つまり同じ酵素が2つの段階を触媒しているのである。少々長めの炭素鎖の両端に同じものがついているのだから、そうであってもさほど不思議ではない。さてこの二つの酵素だが、キサントフィルサイクルを構成している化合物以外のものを基質として認識することはないのだろうか。

 余り知られていないが、次に示すような良く似たいくつかの系が存在する。ルテインエポキシドサイクルと呼ばれるlutein とlutein-5,6-epoxide の間起こる相互変換系、β-クリプトキサンチンサイクルという名があるかどうか知らないがβ-cryptoxanthinとβ-cryptoxanthin-5,6-epoxide間で起こる相互変換系、Phaeodactylum tricornutumと呼ばれる珪藻に存在するdiadinoxanthin cycle、そしてβ-carotenとbeta-caroten-5,6-opoxide間に存在する相互変換系もあるらしい。下に図を示す。

スクリーンショット 2016-09-14 9.47.51
β-ヨノン環を持つカロテノイドで起こるエポキシ化と脱エポキシ化反応

  ひょっとすると、β-ヨノン環を持つ他のテルペンにおいても、このような変換系があるかもしれない。これらの系でエポキシ化で働く酵素がゼアチンエポキシ化酵素であるかどうかはわかっていない例が多いが、脱エポキシ化酵素はゼアチン脱エポキシ化酵素である場合が多い。その時、いわゆるキサントフィルサイクルで行われた説明ーエポキシ化物とでエポキシ化物の補助色素としての合理的機能変化—は、これらの系においても成立するのだろうか?この説明が成立するためには、それぞれのサイクルらしきものにおいて、通常はエポキシ体が沢山存在し光照射に伴い脱エポキシ体が形成されるという現象が見られなければならないだろう。しかしながら、植物中のカロテノイド含量を測った Delia B. Rodriguez-Amaya, A GUIDE TO CAROTENOID ANALYSIS IN FOODS(http://www.beauty-review.nl/wp-content/uploads/2014/11/A-guide-to-carotenoid-analysis-in-foods.pdf pp 6-9)の結果を見てみると、エポキシ体の方が量が多く脱エポキシ体の方が量が少ないのはゼアチン-ビオラキサンチンの場合だけである。その他の場合においては、脱エポキシ体である β-カロテン、β-クリプトキサンチン、ルテインの存在は検出されているが、対応する5,6-エポキシドは検出されていないようだ。この事実をいかに説明するか、更にエポキシ体と脱エポキシ体の持つ補助色素としての性質は先の仮説に適合するのか、これは問題提起である。

 いま一つの疑問は、ゼアチンエポキシ化酵素についてのものである。ゼアチン脱エポキシ化酵素についての研究がたくさん行われているのに比して、このエポキシ化酵素についての研究例は余り多くない。Clemens Reinholdらの研究によれば、シロイヌナズナのこの酵素活性は光照射によって10分の1程度まで低下するという。(Biochimica et Biophysica Acta (BBA) – Bioenergetics, 1777, 462–469, 2008)どうも分からないのだが、そうするとこのキサントフィルサイクルは二つの酵素が同時に駆動する、サイクル《回路)と呼ばれるに値するような循環反応を行っているのではなさそうである。更にだが、この酵素反応で消費される補酵素はNADPH+H+、いま一つの基質は分子状酸素である。とすればこれらは光照射を受けた葉緑体内部で増えてくる成分である。高照射によって基質と補酵素の濃度が増えるにもかかわらず酵素反応速度が落ちる、pHという反応速度を制御する別の要因があるとは言え、この速度低下もなかなか腑に落ちない。(https://library.naist.jp/mylimedio/dllimedio/showpdf2.cgi/DLPDFR006609_P1-104)この酵素の活性が落ちると、ABAの生合成に連なるビオラキサンチンの生合成が低下するではないか。もっとも、先述したようにビオラキサンチンの備蓄量が十二分にあればこの疑問はいらない。

 脱エポキシ酵素についても、同じようなもやもやがある。この酵素はアスコルビン酸をいま一つの基質として使用する。脱エポキシ化に伴ってこのアスコルビン酸はデヒドロアスコルビン酸へと酸化されるのだが、光照射時に発生する活性酸素類の消去にアスコルビン酸は大きな役割を果たしている。ということは、活性酸素発生を抑制する系と発生した活性酸素を処理する系が、アスコルビン酸を奪い合う現象が起きていることになる。

 ずっと理解できなかったことをグダグダと書いて、一寸疲れたようだ。上記の議論で欠けているのは、各成分の定量的な把握をせずに進めている点にあるだろう。とはいえ、そこまで突き詰めるのは研究から手を引いた私にとっていささか以上難しいことである。誰か、快刀乱麻を断つがごとき説明をしてくれないかなあ。期待はするが、余程のこじつけをしない限り、これはお金にならない研究にしかなり得ない。時代の価値観が変わるまで待たざるを得ないだろう。

 さて物事を見るときに、より近くからより正確に見ようとする立場と、一旦距離を取ることで全貌を把握しようとする立場がある。大きな川が流れているとき、水全体のベクトルは下流に向かっているにしても、必ず逆流している極小部分が存在する。そこに意味を求めることに意味があるのか。私の視座に立てば、植物という光合成生物の中では、過去のある時点で活性酸素だけでなく酸素分子の消去が行われ始めたようにみえる。ほとんどの代謝系が、ある時点から一斉に酸化を中心にした代謝に切り替わっているからである。一例だが、このブログのアブシジン酸生合成 11に書いたように、19段階に及ぶアブシジン酸の生合成において、前半 β-carotenまでの11段階の反応は酸素が関与しない反応であるのに、後半の8段階の中で6段階はオキシゲナーゼが関与する酸化反応である。私はこの現象を「酸素添加による代謝物の爆発的多様化(Oxygenative Burst of Metabolites)」と定義している。活性酸素の原料となる酸素分子を消去するこの「Oxygenative Burst」はほとんどすべての二次代謝においてみられるものであり、植物体内で代謝の本流を形成している。この「Oxygenative Burst」が、植物という生物が膨大な二次代謝物と呼ばれるライブラリーを形成する理由であるとする仮説 (Oxygenative Burst Hypothesis)を提案しているわけだ。

 上記の理解の下で考えると、酸素分子の消去を目的とする代謝の大河の中に、時としてこの流れに逆抗する小さな代謝が発生する。水や空気の流れに伴って発生する渦のようなものであろう。いわゆるキサントフィルサイクルを流れる物質量は、テルペンやリグニンに向かって流れている本流の流量とは比較にならないほど微量であることから、キサントフィルサイクルを流れの中に発生する小さな渦の一つとして軽く流しておく捉え方も一つの答えではないだろうか。

 北朝鮮が核実験をした。地下核実験であるから放射性物質はほとんど漏れないとは言うが、ニュースでは漏れた場合の拡散のシミュレーション結果が報道されていた。この拡散のシミュレーションをしたソフトは何だったのだろう。まさか、国内での使用は止めることにしたSPEEDIでは。いらないことでした。

過剰と蕩尽 27 に続く

カテゴリー: 未分類 | 過剰と蕩尽 26 はコメントを受け付けていません

逆台形

 仕事を辞めた頃、体重は69Kg、HbA1cが12を越え、空腹時血糖値が200 mg/l に近かった。30分も歩くと足が凝って、眠れないほど痛いことがあった。糖尿病予備群ではなく、十二分に糖尿病、合併症待ちの状況であったと言えるだろう。上記の値が、糖尿病薬を服用しながらの値であったため、それとなく入院を勧められていた。時と場合によっては仕方なく病院に行くことはあるが、基本的に病院も医者も嫌いである。以前、夜眠れない五十肩の痛みで整形外科に行ったとき、ヒアルウロン酸と鎮痛剤を肩関節に注射するという。大事な肩の関節に注射針を入れられてたまるかと思った。冗談じゃない、いやですと答えたら、医者の指示には従ってくださいと言われた。そうですか、じゃあ注射をしない医者を選び直しますと言って帰ってきた。

 今回はよく知った医者だったので、入院は死んでからしますと答えて、自助努力することにした。1年ほど、夕食の時間を早め、できるだけ運動量を増やすように心がけてきたが、ほとんど効果はなかった。仕方なく、今年の二月から食事の量を1,600Kcal に制限した。食後の菓子類は食べないことにした。はじめの一ヶ月ほどは、いくぶん空腹感があったものの、次第にそれは気にならなくなった。それから6ヶ月、体重が11 Kg減った。腹囲が12 cm減った。HbA1cが6.6まで落ちた。空腹時の血糖値が100 mg/l 程度になった。

 考えてみると、これらの数値は22歳頃の数値である。以前のズボンがすべてはける。シャツも着られる。階段を上るとき、体が軽い。時として、偏頭痛はあるものの、目覚めたときにあった疲労感と手の強張りをほとんど感じなくなった。晩酌はしないし、かなり小食であると思っていたが、それでも過食であったらしい。逆三角形とまでははいえないものの、逆台形の体になった。このまま行けば元気で長生き、良さそうに思えないことはないが、GPIFの赤字がこの一年で13兆円、TICADの基調講演では官民合わせて3兆円の投資をする、え?また、たぶん損するスワップ、などのニュースを見ていると、年金の大幅減額は避けられそうにない。天は二物を与えずか。

 そういえば、人口構成も逆台形、こちらは上が死に絶えて台形になるまで、いろんな問題を起こし続けるだろうな。

カテゴリー: 未分類 | 逆台形 はコメントを受け付けていません

稲刈り

 まだ書いている途中の段階で、間違って公開ボタンを押したらしい。習作段階での舞台裏を晒したようで、忸怩たる思いである。さほど文才に恵まれていると思ってはいないが、「推す」か「敲く」か程度の見直しをせずに人にみせるのは心苦しい。「過剰と蕩尽25」は一度取り下げ、見直した後に再度アップします。

 6月の半ば過ぎ、田植えのために代掻きをしたのだが、未だにトラクターの使い方が未熟である。代掻き用ウイングハローを持っていないことがひとつの言い訳になるかもしれないが、水田の均平化(土壌面が均一に水平になっていること)が不十分であった。要するに凸凹があったわけである。勿論、少々の凸凹があっても田植えはできる。できるのはできるのだが、除草剤で処理したときにこの水に浸っていない凸の部分の草は枯れない。枯れなかった草がこの時期になって急速に生長し、イネの草丈を追い越してしまう。

 8月初旬からチラチラ見えていたタイヌビエが、順調に生長してイネの草丈を超すようになった。仕方なく7日頃から毎日草取りである。とはいうものの、連日39℃を超すような晴天であるため、いくらか涼しい6時頃から10時過ぎまでの作業となる。あと2日ほど働けば一通り終わると思っていたら、最初に取った部分で抜き残したヒエが順調に穂をつけている。イネの中に頭を突っ込み、ヒエを探して引き抜くか、根際からノコギリ鎌で切り取っていくのだが、汗が目に流れ込む、イネの葉先が目に刺さる、泥濘に足を取られると苦行である。ここ数日はゴーグルをはめているのだが、これはこれで暑苦しい。

 今朝も朝からヒエ取りをした。そろそろ止めて帰ろうかと思いながらも、もう少しと暑さをこらえて働いていたら、目の前に大きな株が出現した。ここまで大きくなると引き抜くのは無理である。こんなに太りやがってと鎌で根元から切り取ったのだが、手応えが違う。正気に戻ると、手には一株のイネがあった。老眼と疲労がもたらした一寸早い稲刈りであった。

  コメントを可能にしました。変な売り込みのコメントが異常に増えない間は、オープンにしておきます。ご意見、ご指摘、反論、感想など、歓迎します。

カテゴリー: 未分類 | 稲刈り はコメントを受け付けていません

暑さの表現

 いや、とにかく暑い。39℃を超える日が続いている。犬を飼っているのだが、気息奄々の状態である。この季節に本物の毛皮を着ているのだから仕方ないだろう。エアコンの冷気を流してやってはいるのだが、ここまで暑いと犬用のスポットクーラーが必要になりそうである。

 気象庁によれば、正午から午後2時までの間に気温が25℃以上で30℃未満で夏日、30℃以上35℃未満で気象庁、日最高気温が35度以上の日が猛暑日となっているそうだが、一寸ばかり命名がお粗末な気がする。日本語には厳しい暑さを表す言葉はたくさん存在する。猛暑、酷暑、極暑、激暑、大暑、炎熱、厳暑、炎暑、焦熱、灼熱、極熱などなど。これらを暑い順番に並べよなどと言われたら、暑いどころか冷や汗が流しても正解することは難しいだろう。もっとも、正解があるかどうかも分からないが。

 それにしても、気温が体温を超えると暑さのレベルが一段と上がったように感じる。この体感に合わせて表現を決めたらどうだろう。33℃から36℃で猛暑日、36℃から38℃までは酷暑日、38℃から41℃までは焦熱日、41度を超えたら地獄の釜が開いたような暑さと言うことで釜開き日など。されど、決める前に各表現の暑さの順序が決まっていないと、これは難しいか。

 先の個人的な定義では焦熱日が続いている昨今、農作業は午前5時から10時頃まででいったん終えることにしている。炎天下で働けば脱水症状を起こしかねない。昼間の気が向いた時は、日陰になる小屋の中で薪棚を組んでいる。この暑さの中、暖房用木材の置き場所を作っているわけだ。汗だくで運び、積み上げた薪を眺め、これらが燃えると考えるとまたいっそうの汗が噴き出してしまう。

スクリーンショット 2016-08-13 21.35.12
完成?した薪棚(2ヶ月分程度の薪)
カテゴリー: 未分類 | 暑さの表現 はコメントを受け付けていません

ヒユナ壊滅

 ヒユナという野菜がある。別名ジャワホウレン草、バイアムともいう。暑さに強く乾燥に強い。他の青物野菜が切れるこの時期に収穫期を迎える野菜である。癖のない味で小松菜の代わりに使え。汁物に入れてもいいが、豚肉と一緒に炒めると結構いける。このヒユナを道の駅で売ろうと考え、昨年試験栽培を行った。5月中旬に播種したヒユナは、病虫害を受けることなく2メートルを超えるまでに生長した。産直販売をやっている近所の方が、少し分けてくれと持って行くほどの収穫であった。

 そこで今年、5月から200本あまりのヒユナを植えていたのだが、どうしたわけか早々に薹立ちを始めた。薹立ちが始まると栄養生長から生殖生長に切り替わるため、葉が固く小さくなって食味が落ちてしまう。そういえば、スイートバジルの薹立ちもとても早かった。去年のこぼれ種から遅れて発芽したものにはこの現象は見られなかったため、6月の日照不足が原因だったのかもしれない。薹の部分を切り落として出てきた小ぶりの新葉を集め細々と出荷を続けていたのだが、7月に入ると小さな蛾が飛び交うようになった。これはコナガ(小菜蛾、Plutella xylostella)ではないかと考えたのだが、コナガは広食性とはいえ基本的にアブラナ科の植物を食害する。しかし、コナガはヒユナを食害すると書いてあるサイトもあった。

スクリーンショット 2016-08-13 21.08.12
無傷な葉っぱは見当たらないヒユナ

 困ったことになったと頭を抱えた。何しろ、コナガはほんの小さい蛾にもかかわらず、多くの農薬に対して抵抗性を発達させた、もっとも防除が難しい虫の一つである。ただ飛び方に幾分違和感があったので、昨日飛んでいる親を捕まえてみたところコナガではない。シロオビノメイガのようである。シロオビノメイガなら納得がいく。この蛾はホウレンソウ、フダンソウ、アカザ、などのアカザ科植物、ハゲイトウ、ケイトウ、アオビユ、イヌビユなどヒユ科植物を食害するガであり、ヒユナについてもおかしくはない。

 ヒユナはさほど一般的ではない野菜であるため、登録農薬が少ない。これをコナガが食害するのであれば、手の打ちようがなさそうだ。しかし、シロオビノメイガであればBT剤が使えるかもしれない。来年、もう一度ヒユナの栽培にトライしよう。

カテゴリー: 未分類 | ヒユナ壊滅 はコメントを受け付けていません