TCA回路への異論 5,5

 まず図10をよく見て欲しい。ピルビン酸からオギザロ酢酸の4位に取り込まれたC13からなる二酸化炭素は、TCA回路を回るにつれα-ケトグルタル酸の1位のカルボキシル基となり、コハク酸へと脱炭酸される際にCO2として再放出されることになる。

図10 ピルビン酸に取り込まれた二酸化炭素は2-Oxoglutarate(α-ケトグルタル酸)からコハク酸への段階で系外に放出される

 ところが、図の内側に示したように農業生物資源研究所のサイトに掲載されている図によれば、ピルビン酸に取り込まれたC13はα-ケトグルタル酸の1位と5位に分布し、TCA回路を流れるように描いてある。ラベルされた5位のカルボキシル基はコハク酸の段階で位置情報を失い、リンゴ酸からオギザロ酢酸の二つのカルボキシル基に再配分されたあと、アスパラギン酸へ、あるいはホスホエノールピルビン酸を通ってセリンやグリシンへ、ピルビン酸を経由してアラニンへと変換されることになっている。

図-9 大気中の二酸化炭素をカイコが繭糸を構成するアミノ酸の中へ取り込む代謝回路のモデル図

 どこか、何かがおかしいのである。問題はアセチルCoAのオギザロ酢酸への付加反応を触媒する酵素が面選択制を持つかどうか、今ひとつの問題はクエン酸からシスアコニット酸への脱水反応を触媒する酵素がプロキラルな位置にある二つのメチレン基を区別できるかどうかの問題である。前回書いたように、最初のアセチルCoAのオギザロ酢酸の2位のカルボニル基への付加反応はsi面側から選択的に起こることが知られている《Biochemistry, 29, 2213-2219(1990)》。

 この二つの反応は酵素反応における立体化学的制御という視座から見るととても面白いし、うまく伝えることが出来れば教育的にも有効な題材になる。図11のアセトン、酸素原子を下に置き少しだけ回転させた形で書いている。このカルボニル炭素をNADHに由来する水素化物イオンが攻撃する場合、アセトンの二つのメチル基と酸素原子が作る平面の右側から攻撃する場合と(A系路)と左側から攻撃する場合(B系路)が存在する。生成物はいずれも2-プロパノ−ルであり、2-プロパノールには不斉中心は存在しないのでA系路を通ろうとB系路を通ろうと生成物は同じものである。こういう場合、アセトンにはプロキラリティ−が存在しないという表現をする。

図11 オギザロ酢酸に対するアセチルCoAアニオンの付加反応

 ところが、アセチルCoAがオギザロ酢酸へ付加反応を行いクエン酸を与える反応においては、そんなに簡単には行かないのである。右側の上部に書いた二つのオギザロ酢酸、一応鏡像体になるように描いているが、この分子には不斉炭素は存在しないので(I)と(II)は同じものである。しかしながら、この二つの式のカルボニル炭素に結合する原子につきCahn-Ingold-Prelogの順位則に従って順番を付けると、左側の図においては右回りになり左側の図においては右回りとなってしまう。このようにある面から見ると結合する原子群の順位が右回りになる場合、その面をre-面、反対になる場合をsi-面と定義する。そこでだが、次に描いた式(II’)は立体化学の表記法から余り褒められたものではないが、カルボニル基の炭素原子と酸素原子の結合軸を中心にして60度程度向こう向きに回転させた図であるとしてみて欲しい。この分子のカルボニル基に対して、アセチルCoAのアニオンが付加するのだが、この反応はsi-面側から起こる。

 そうするとクエン酸(III)が得られるのだが、困ったことがある。いや別に困るわけではないのだが、クエン酸は不斉炭素を持たないのである。従って、元からあるカルボキシメチル基と、アセチルCoAに由来するカルボキシメチル基は通常化学的には区別できない。(こういって良いかどうか一寸不安です。カルボキシメチレン基という言い方があるのだろうか?)そのため農業生物資源研究所のサイトの図が成立しそうに思えるのだが、自然界は少々意地悪である。その話に行く前に、カーン・インゴルド・プレローグ順位則において、同位体については質量数の大きいものが小さいものより順位が高い。現実の話をすれば、ピルビン酸へ取り込まれた13CO2はオギザロ酢酸の4位に入るのだが、そのほとんどは12CO2に由来する炭素原子である。つまりここで生成するクエン酸は(III)は(IV)の混合物であるということになる。そして、12CO2に由来するカルボキシル基を持つクエン酸(IV)においては不斉炭素は存在しないが、13CO2に由来する由来するカルボキシル基を持つクエン酸(III)の3位の炭素は不斉炭素となり、その立体配置はRであるということになる。尤も、同位体効果という現象があるとはいえ、この13Cを持つカルボキシル基が、次の脱水反応の起こる位置に影響することはないと考えてよいだろう。

 そこでだが、不斉中心を持たないクエン酸 (IV) において、二つのカルボキシメチル基を(A)(B)と区別して考えることにする。何をしようとしているかといえばプロキラリティ−の概念を導入しようとしているわけである。プロキラリティ−にも色々な種類があるのだが、ここで述べるのはsp3混成軌道を持つ炭素上の 4個の置換基が、CX2YZ というように、2つの同じ置換基 X と、異なる 2つの置換基 Y、Z からなる場合、その炭素は光学活性中心ではない。しかし、X が新しい別の置換基 W に置き換われば CWXYZ の形となり光学活性中心となる。そこでCX2YZ 上にある 2個の X について、それらをどう区別するかが問題となるわけである。

 大したことではない。2個の置換基 X のうちどちらかをもう一個のXよりも高いものと仮定したあと CIP則を適用し、優先順位を決める。仮の優先順位に基づき、RS表記法にしたがって中心炭素のキラリティが R か S かを決めるのだが、仮のキラリティーがR体だった場合は、そのときに優先させた X を pro-R の置換基と、S体だった場合はpro-S の置換基と称する。クエン酸においては二つのカルボキシメチル基がこのXに当たるわけである。そうしてpro-Rpro-Sに対応するカルボキシメチル基を決めると図11も右下のようになる。つまり、オギザロ酢酸の4位にあったカルボキシル基はpro-Rのカルボキシメチル基となりアセチルCoAに由来するカルボキシル基はpro-Sのカルボキシメチル基になっているのである。これと反対の配置の化合物を作る酵素もあるのはあるのだが、嫌気性の微生物に存在しているもので、カイコには存在しない。

 pro-Sとかpro-Rとか鬱陶しいな、それがどうしたという声が聞こえてきそうなのだが、ここは重要なステップとなる。アキラルなクエン酸からcis-アコニット酸への変換は、トランス脱離反応で脱水が起こり pro-R側のカルボキシメチル基側に二重結合が形成される《Proc. Natl. Acad. Sci., 93, 13699-13703 (1996)》。そこではたと困ってしまうのである。pro-R側の側鎖はオギザロ酢酸の4位のカルボキシル基を含む。そのカルボキシル基のαβ位に2重結合が導入されるのであれば、逆向きの水付加に続く基質レベルでの酸化、さらに続いて起こる2度の脱炭酸反応によって、オギザロ酢酸由来のカルボキシル基は二酸化炭素として放出されてしまうではないか。つまりせっかく固定された13Cはこの段階で失われてしまうことを意味している。

 実は脱水反応がトランス脱離で起こる、続く反対方向での水の付加反応とこの時生成する2位の水酸基と3位の炭素の立体化学、2位の水酸基の基質レベルでの酸化に伴う2位の炭素とこれに続く脱炭酸の伴う3位の炭素の不斉の消失、さらにもう一段階、αケト酸の脱炭酸と、興味深い反応が続くのだが、余りこの手の話を続けても私だけでなく読者も疲れるだけだと思うので、興味のある方は自分で文献をあさって欲しい。

 つまりここまでの議論で何が言いたいかといえば、、ピルビン酸と13CO2との反応で形成されたオギザロ酢酸からTCA回路を回して、アラニン、セリン、グリシン、アスパラギン酸を姓合成するとした場合、これらのアミノ酸のカルボキシル基に、13Cが含まれるとする論証には無理があるのではないかというのが私の意見である。しかしながら、13CNMRのデータは、これらのアミノ酸のに13Cが含まれていることを示している。どう考えればこの矛盾を解決できるのだろうか。

 久しぶりに立体化学的に反応を考えたのだが、昔は構造式を見ると頭の中で立体構造が浮かび、これを回転させたり反転させたり自由にできていた。ところが今回、ChemDrawで描こうと思ったら、一度紙に描いてからでないと間違うのである。しばらくやっていなかったからなのか老いたのが原因なのか分からない。一日中草刈りと草取りしかやっていないのだから、仕方がないだろう。例年なら少し奥山に移動しているはずのホトトギスが降るように鳴いている。日中の温度は35℃を超え目がくらむような毎日だが、その中で聞くクマゼミとアブラゼミは3℃くらい気温を上げそうだ。7時近くになると遠くでヒグラシが鳴き始める。これはそれなりに風情があっていいものだ。

 とはいえ世情は囂しい。ヒグラシではなくその日暮らしの人が増えているようだ。何か出来ないかと考えてはいるが、個人で出来ることは高がしれている。新聞は暑苦しいスポーツ新聞に変身した。いや、スポーツ新聞の方がまともな記事を書いている。一日中、土に触れているので精神状態は安定しているが、町中に住んでいたら毎日山にでも行っていただろう。ハーモニカをいくつかバインドして縦向きにしたようはマンションには決して適応できない私がいるわけだ。何とかして、ヒグラシがカネカネカネと悲しく鳴かずに済む社会をと願っている。

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今日からオリンピックだそうだ

 伝聞の形で書いているが、その通りである。不祥事の連鎖で、見る気をなくしてしまっていた。スポーツは嫌いなわけではない。下手であっても見るよりするほうが楽しいと思っていたのだが、「おもてなし」、「アンダーコントロール」、「晴れる日が多く温暖でアスリート に最適な気候」、あと色々あるが、余りにも醜く騒がしい招致合戦、それに続く不祥事の連続で、賛成とか反対とかいう以前に、目を背けたい気分になっていたわけだ。

 それにしても、協賛企業の社長が次々に欠席を表明、招致の中心人物である前首相まで欠席だそうだ。何だかいやな気配である。その場にいるべき人がいない、そして何か起こる、見慣れた図式である。いや陰謀論です。国立競技場の前に立つエンブレム、デザインが良いとか悪いとか専門的なことは分からない。だが、明るさに欠けるのである。最初に見た時、葬儀場の入り口を連想した。全く興味のないオリンピックだが、事故やテロや傷病者を出さずに、静かに終わってくれることを願っている。新聞社もスポーツ新聞社に衣替えすることなく、本来の報道機関としての仕事をして欲しいな。

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タマホーム

 タマホーム(株)の玉木伸弥社長(42)が、社内に事実上の“ワクチン禁止令”を出しているという記事が週刊文春に出たことで、結構大きなニュースになっている。ヤフーニュースから引用したい。

 「接種したら無期限の自宅待機」タマホーム社長が社員に“ワクチン禁止令”

大手住宅メーカーのタマホーム(本社・東京都港区)で、玉木伸弥社長(42)が社内に事実上の“ワクチン禁止令”を出していることが「週刊文春」の取材で判明した。複数の現役社員らが社内資料やメールを基に証言した。

 今年7月上旬、玉木社長は、幹部らが参加するオンライン会議でこう訴えた。

「世の中がなんと言おうとも、ワクチン接種に反対です!」

 約1カ月前の6月初旬、ほぼ全社員がオンラインで視聴した「経営方針発表会」ではこんな一幕があった。玉木氏が突然、「ワクチンを接種したら5年後に死にますからね」と口走ったというのだ。社員のA氏が明かす。

「ギョッとしました。その後『5Gがコロナ感染を引き寄せる』という意味のことも言いました。まったく理解できず、不穏な予感がしました」

 6月中旬には、玉木氏は幹部に対し「ワクチンを接種した場合は無期限の自宅待機」

「(自宅からの社用)PCへのログインは禁止」などのルールを伝えたという。

 ある支店に勤務する社員の親族・B氏が語る。

「ワクチンを打てば出社を拒まれ、それでも働きたければ『モデルルーム周辺の草むしり』や『配置転換』と言われ、閑職への異動がほのめかされるそうです。表向きは『打つか打たないかは個人の判断』とも言っているようですが、実質は『打つな』に等しい。持病があって早めに打ちたい人もいるのに、理不尽です」

 その後に配布された、7月6日付の社内資料にはこう記されている。

「感染拡大防止対策に関する社内ルールに違反した場合、自宅待機を命じる」

「自宅待機期間中は欠勤(無給)扱いとする」

 社員のC氏が語る。

「この資料自体はワクチンに関する記述を避けて作られています。ただ、普段からワクチンを打てば自宅待機と言われているため、『自宅待機=無給』はワクチンを打った際にも適用されると多くの社員は理解しています」

労働基準法違反、パワハラ行為に当たる可能性
 労働問題に詳しい旬報法律事務所の佐々木亮弁護士が解説する。

「会社側の都合で社員に自宅待機を命じた場合、基本的に賃金は100%支払わなければいけません。本当に無給にした場合、労働基準法24条に違反する可能性があります。また、ワクチン接種をしたらペナルティーを与えるというのはパワハラの類型の一つである『個の侵害』にあたります。個人携帯の5Gオフを強制したとすれば、それも社員のプライバシーに立ち入って嫌がらせをするパワハラ行為と言えます」

 タマホームの広報担当は、「私どもは7月15日に(ワクチン対応に関する誤った書き込みについて、と題した)リリースを出しており、今お答えできるのはそれがすべてです」と答えた。

 そのリリースには、

「当社の新型コロナワクチン対応に関する誤った内容を記載した、匿名での書き込みがTwitterや掲示板上にてなされております。当該一連の書き込みでは、当社が社員に対し『新型コロナワクチンを接種しないよう強要している』『新型コロナワクチンを接種した場合、懲戒解雇にすると発言している』といった内容が書かれておりますが、そのような事実は一切ございません。新型コロナワクチンの接種につきましては、個人の判断に委ねております」と書かれている。

 だが、接種した際に自宅待機となることや、社用PCにもログインできず業務が事実上できなくなることなどには一切言及していない。

 コロナ感染が拡大する中、東証1部上場で年間売上高2000億円を誇り、3400人超の社員を抱える大手企業の“ワクチン禁止令”は、議論を呼びそうだ。

 7月20日(火)16時配信の「週刊文春 電子版」および7月21日(水)発売の「週刊文春」では、タマホームの社内の様子を伝えるさらに詳細な証言や、玉木社長の人柄、米大統領に絡む驚きの指示などを報じている。

「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年7月29日号

 ヤフーニュースも週刊文春電子版と週刊文春からの引用なのだが、このニュースに対して14,000件近いコメントが寄せられているし、いろんな所で物議を醸していると聞く。そこで、この社長の言い分についてだが、私もあれこれと情報をあさっている人間であるから彼の発言のネタが何処にあるのかは知っている。信憑性の高い部分もあれば、何となくまだ腑に落ちていない部分もある。さて、タマホーム(株)、従業員数は3,500人弱である。常識的に考えれば、ワクチンを信頼している多くの社員がいることは容易に推測できる。とすれば、彼の発言がこうした騒ぎになることは容易に予想できたはずで、余りにも不用意であったことは間違いない。この記事が出たことが原因で同社の株価は314円(ほぼ10%)急落した。

 今後、ワクチン接種に賛成の社員と反対の社員、ワクチン接種に賛成の顧客と反対の顧客、さらには様子見の中間派の社員と顧客が、「ワクチン打ちましたか」と、腹の探り合いのような挨拶から商談に入るわけで、事態がどう推移して行くのか予想は難しい。この騒ぎを契機として、社内ではワクチン不接種を強制する動きは抑制され自己判断を尊重するという形で落ち着くことは間違いないだろう。従って、株価はじきに戻るのではないかと予想している。ただ、相手は「週間文春」である。まだ隠し球があるかもしれない。

 さて、加藤勝信官房長官は21日の記者会見で、大手住宅メーカー社長が社内に事実上のワクチン禁止令を出しているとの週刊文春報道に関し、「国民が自らの判断で接種してもらうことが大前提となっているわけで、そうした環境をつくることが重要だ」と強調したそうだ。迅速な対応でありかつ正論である。余りにも正論過ぎて、ケチをつける所がない。こんな書き方をすると何かありそうだと勘ぐる人がいそうだが、その通りである。世の中、ワクチンを打ちたくないにも関わらずワクチンを打たないと仕事を続けられないという悩みを持つ人の方がはるかに多い。今回の事件、一部上場企業の社長発言に端を発したものでニュースバリューが大きかったため、政府の反応が速かったと理解しているが、接種するかどうかは国民自らの判断に基づくという観点から、逆のケースに対する言及も必要であったのではないか。

   

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歴史生物学 TCA回路への異論 5

 要するに、大したことを云っているわけではない。TCA回路と電子伝達系は分けて考えるべきであり、その場合のTCA回路は嫌気的回路と考えないと、解糖系の定義のやり方と矛盾するではないかという指摘をしているだけである。ただし、これを認めると今まで続いてきたTCA回路もしくは解糖系について、どちらかの定義の修正が必要となる。過去に出版されてきた多くの書籍や報告の修正は、JRの駅名の変更のようにとてつもなく大変な作業を伴うのでそんなことは出来ないに違いない。万一認められたとしても、「まあそういう理解もあるよね」というなんとも生温い判断の下で、そっと放置される蓋然性が高い。現段階において私の意見はかなり高い確率で没になる少数意見であることは自認している。とはいえ、こうした異なる視座からTCAサイクルを見たらどうなるのか、もう少し議論を進めてみることにする。

 いまひとつの問題は、細胞内でのTCA回路の存在意義に関する定義の部分にある。前章において、人は自らが従属栄養生物であるという実感(一定の時間ごとに空腹感に襲われること)を持つが故に、EM経路という経路をグルコース或いはグリコーゲン(デンプン)を出発物質、ピルビン酸を生成物として流れるATP生産系として捉える考え方に親和性が高いのだろうと述べた。しかしながら、独立栄養生物には流れのベクトルが異なるEM経路が存在する。例えば、植物においてのEM経路は 3-ホスホグリセリン酸が流入点であり、ここから多糖類の生合成へ向かうEM系路とピルビン酸に向かうEM系路が始まっていると考えるべきであると「解糖系への異論」の中で述べた。同じように系を解釈するに当たって、依拠するパラダイムの違いが、TCA回路の意義付けに大きく影響する可能性が存在するのではないだろうか。

 TCA回路の存在意義はどこにあるのかという問題に対して、日本薬学会は「好気的な条件下でエネルギー獲得に中心的な役割を果たす」という一文で片付けている。最後の部分で「また、エネルギー的にATPと等価のGTPを1分子産生する」という説明を付しているところを見ると、エネルギー獲得という観点からの判断しか示していない。

  一方、KGEEにおいては「In a series of reactions two carbons in citrate are oxidized to CO2 and the reaction pathway supplies NADH for use in the oxidative phosphorylation and other metabolic processes. The pathway also supplies important precursor metabolites including 2-oxoglutarate. (アセチルCoA に由来する)クエン酸中の2つの炭素原子は、一連の反応の中で二酸化炭素へと酸化され、酸化的リン酸化、そしてその他の代謝過程で使用されるNADHを供給する。TCA回路はまた、2-オクソグルタル酸を含む重要な代謝物を供給する。」とのべており、この回路から派生していく他の代謝-特にアミノ酸代謝を意識したような記述となっている。但し、前半でこの回路を好気的過程であるとした記述があるために、TCA回路が好気的回路であるという枠組みは生きているようだ。その点に問題ありと思うものの、KEGGの定義の方に幾分かの柔軟性が認められる。

 以下、書くべきか書かざるべきか少々迷った。本筋から幾分離れた内容になるからである。とはいえ、TCA回路を使って動物が二酸化炭素を固定すると書いてあるからには少々コメントせざるを得ない。二酸化炭素を固定するということは、還元するということと同義であり、TCA回路を還元系として捉えることを意味するからである。総合的に見れば、流れる物質量としては少量であり、炭素循環においては無視できると考えて良いかもしれないが、少々気になったので書くことにした。

 いまから18年ほど前になる。カイコやクモの糸を構成するアミノ酸中に、空気中の二酸化炭素が取り込まれるという報告が出た。質量数13の炭素を含む二酸化炭素を用いたトレーサー実験の結果であった。13Cを取り込んだ主なアミノ酸はアラニン、アスパラギン酸、グリシン、セリンであるとされていた。13CNMRの積分値を取り込みの証明に使った実験である。13CNMRは、定量性については幾分不確実な(特に完全デカップリング条件での測定)測定法である。感度は低くなるが定量性を重視した測定法もあるためコメントしにくいが、そういうことは織り込み済みでの結果であり結論であると思う。この結論によれば、動物である昆虫が、空気中の二酸化炭素を固定するという結果になり、真核生物である動物は炭素固定を行わないと思っていた私にとって、結構興味を引く報告であった。

  ただ、いくらかの疑問は残った。図-9に農業生物資源研究所のサイトに乗っている図を示す。

図-9 大気中の二酸化炭素をカイコが繭糸を構成するアミノ酸の中へ取り込む代謝回路のモデル図

 この図に於いては、ピルビン酸が pyrvate carboxylase [EC 6.4.1.1]の触媒下に二酸化炭素を取り込んでオギザロ酢酸になるのだが、この段階で炭素固定が起こっていることになる。オギザロ酢酸は通常通りアセチルCoAと反応してクエン酸を与える。クエン酸から脱水反応が起こってシスアコニット酸に、シスアコニット酸に反対向きの水付加が起こってイソクエン酸となった後、α-ケトグルタル酸に変換されるのだが、カイコには二通りの経路が存在する。一つはisocitrate dehydrogenase (EC 1.1.1.41)によって一気にα-ケトグルタル酸になる経路、いま一つはisocitrate dehydrogenase [EC:1.1.1.42]の触媒下にオギザロコハク酸を経由してα-ケトグルタル酸になる経路の二つである。ここでα-ケトグルタル酸の2つのカルボキシル基がともに、多分1/2の確率で取り込まれた二酸化炭素に由来するように描いてある。そうすると、このような分布の原因となる段階は2つに絞られる。

 1つの可能性はアセチルCoAのオギザロ酢酸のカルボニル基への付加がresi面を区別せずに起こる場合であり、いまひとつの可能性はクエン酸からcis-アコニット酸への変換がプロキラリティーを無視して起こる場合である。ところが、最初の付加反応はカルボニル基のsi面側から起こることが知られているし《Biochemistry, 29, 2213-2219(1990)》、クエン酸からcis-アコニット酸への変換は ProR側の側鎖に二重結合が形成されることが分かっている《Proc. Natl. Acad. Sci., 93, 13699-13703 (1996)》。そうなるとα-ケトグルタル酸の2つのカルボキシル基がともに取り込まれた二酸化炭素に由来すると描いてあるこの図はどこかおかしい。さらに、最初に固定された二酸化炭素に由来する、α-ケトグルタル酸のα-ケト酸側のカルボキシル基は脱炭酸で除かれるため、図9のように回路を右回りしてオキサロ酢酸に戻った後アミノ酸への変換が行われるとすれば、そこで生成するアミノ酸には取り込まれないはずである。(図-10参照)

図10 ピルビン酸に取り込まれた二酸化炭素は2-Oxoglutarate(α-ケトグルタル酸)からコハク酸への段階で系外に放出される

 どう考えればよいか?1つの可能性はカイコの持つpyrvate carboxylase [EC: 6.4.1.1]やisocitrate dehydrogenase (EC:1.1.1.41) 、isocitrate dehydrogenase [EC:1.1.1.42]が、プロキラリティを区別する特異性を持っていないと考えることである。そうであれば問題はないが、そんなことはないと思う。この取り込みを説明できる合理的な考え方があり得ると考えている。

 公開の予告をしておきながら図-10の描画で戸惑っています。ここをうまく描いておかないと立体化学に精通した人でないと何を言っているのか理解が難しいと思う。プロキラリティの定義を含め、この部分については数日中にアップする予定です。あまり時間が空いても少々寂しいので、取り急ぎ、ここまでをアップしておきます。

歴史生物学 TCA回路への異論 6 に続く

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アメリカの独立記念日

 年寄りだから昔の話ししかしない。30〜40年前だったかな、7月4日のアメリカ独立記念日にワシントンにいたことがある。なんとも日時に関しては記憶が曖昧でどうしようもないのだが、スミソニアン博物館に行って疲れた足を引きずりながら、夕方からの祝賀パレードを見たんだったかな。パレードのための規制をする騎馬警官だけでなく彼の乗った馬の大きかったこと、サラブレッドではなかったような記憶がある。

 ホワイトハウスの南側にあるオベリスクの後ろに上がる花火を見ながら、日本の花火の方がやはり繊細で情緒的だなと思ったりしていた。芝生に住むという土蛍を見たのも初めてだった。これは陸生の蛍でカタツムリ類を餌にして育つという。光の色は日本の蛍に類似しているのだが(少々青白さが強い)、光る時間が短い。暗闇の中でピカッピカッと光りながら、けっこう素早く飛び回る。これまた、繊細さと情緒に欠けるのである。川岸の草むらの上をゆらゆらと飛ぶ日本の蛍とは全く違う。善し悪しではない。風土の持つ湿度が原因かななどと思ったりもしたが、湿度の高いタイのホタルはアメリカのホタルに似ている。他の国のホタルはどうなんだろうなどというアホな考察は横に置くとして、日本人は蛍を右脳で見ているのかもしれないな。Fireflyという語感とホタル(蛍)という語感を比べるというのは無謀な試みだと思うが、蛍にどのような感傷を託すかということになると、大きな違いがありそうだ。「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」という都々逸は、なかなかアメリカの人には通じなかった。まあ我々は、「夏はホタルの光で、冬は雪明りで勉強する」くらい苦学せよと訓示を受けた世代である。当時の受験雑誌は旺文社の「螢雪時代」だったと書こうと思ったら、現在も継続して発刊されている。受験生の減少は発刊を続けて行く上で大きな問題だろうな。

 それはそうとして、ホワイトハウスの前の通りで行われる色々なパレードをぼんやり眺めていたのだが、このパレードの衣装や装飾もきらびやかではあったが、今ひとつしっくりと来るものではなかった。どうやら侘びと寂を根底に持つ私の感性の外側にある文化だななどと思いながら見ていたのである。ぶらぶらと歩き回っていると、軍のパレードが始まっていた。隊員が皆大きい。身長が高い順に隊列が組んであったのだが、最後尾の人であっても私より二回りほど大きい。ごついなあ、多分170cm以上あるのではないかと思いながら眺めていて愕然とした。その隊列、すべて女性だった。次に来た隊列、男性の隊員たちだったのだが、まるで壁が動いているように見えた。当時のアメ車と日本車の違いである。

 とりとめのない話だが、アングロサクソンあるいはゲルマン人で構成される国の空港では思わず緊張してしまうのだが、原因はこの体格差にあるようだ。前が見えないのである。満員電車に乗った子供の気分に近いかもしれない。スリや置き引きが多いから注意せよと言われていても、アジアの国々の空港ではこの緊張感はない。体の持つ重量感というか威圧感が全く違うのである。アメリカやヨーロッパから帰る時にJALやANAに乗った瞬間の安堵感は半端ではない。言葉が通じるとか通じないとか言う以前のものである。あの体格を持った人たちと外交交渉するのは大変だろうな。幕末にペリー艦隊が来た時、艦隊への物資の運搬人として浅草から相撲取りを呼んだという話をどこかで読んだことがあるが、さもありなんと感じている。

 毎日、草刈り三昧、臨済宗に唯々歩く歩行禅というのがあるらしいが、さながら草刈禅の境地にいる。でも、育った作物を間違って切ってしまった瞬間に悟りの境地から現実に落ちてしまう。修業が一瞬にして途切れてしまうわけだ。今日は立派に育ったタケノコイモを5本も切ってしまった。刈り払い機の刃を23 cmのものに変えていたにも関わらずである。さて、明日には本論に戻って、TCA回路への異論6をアップする予定である。

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