隅田川

  年寄りの冷や水、年を考えずに無理をすることを揶揄気味に表現する言葉だろうが、やっている本人としては無理をしているという自覚がない。まあ、そこがそもそもの問題だと叱られるわけである。昨日、起きたときは何ともなかった。食事をして、さて出かけようと車に乗ったら右脇腹から背中にかけてに違和感がある。1時間程走っていたら、段々痛くなってきた。とはいえ、耐えられないほどにものではないし、痛い部分もよく分からない。痛みの様子と質からして、肉離れのようだ。今、体を捻りながら、この格好ではここが痛い、体を戻すとそこが痛いと、その変化を楽しんでいる。神経痛、内蔵に起因する痛みでなければ、少しずつ回復するだろう。だが、余り人には言えない。言えば、「冷や水」論が吹き出すのは目に見えている。数日間は、温和しくすることにする。

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牽強付会

  言葉とは便利なものである。或るものを○○と命名し、ムニャムニャであると定義してやると、○○はムニャムニャという概念を含む言葉として独り立ちする。たとえその定義が不完全なものであったとしても、一旦市民権を得た言葉は生き続けるのである。生き続けるだけではなく、包含する概念の範囲を広げたり狭めたり、発音を変化させたり、あるいは語尾を補充して品詞を変えたりと、その変化の様相は進化という言葉があてはまるようだ。そういえば、進化言語学という学問分野が存在する。進化言語学においては、ヒト側の言語能力の仕組みと機能、個体発生と系統発生などを扱うようだが、一旦生まれた言語はヒトの思惑を越えて展開していくように思う。本来の意味でのEvolutionである。利己的遺伝子ではないが、言語がヒトという乗り物を利用して変化、進化しているとする視座からの学問があったら面白いに違いない。言語空間に於いて生まれた或る言葉は、生き物である。生き残るために、ヒトという生き物を支配して、自らを補強し変化し続けていく。定義論でやり合っている人々を見ると、まるで言語がヒトを支配しているかのような錯覚を感じるのである。

  こんな駄文を書いていても、言葉の壁を感じることが多い。言葉にならない概念は概念にはなり得ない。言葉が概念の限界を規定しているのである。新しい概念は新しい言葉の創造なくしては成立しない。フッサールかヴィトゲンシュタインの焼き直しのような感想だと言いたい所だが、悔しくかつ残念なことにフッサールもヴィトゲンシュタインも難しすぎて理解しているとは言い難い。

  アロモンという言葉(科学用語)がある。ある生物が生産する物質がその生産者に害を与える他生物に対してある反応を引き起こし、生産者にとって有利に機能する場合、その物質をアロモンと呼ぶ。だが、この言葉はいろんな意味で、複雑怪奇な言葉である。少し整理をしてみよう。歴史的に見ると、まずホルモンという言葉があった。ホルモンは「ある生物に於いて特定の分泌器官で生合成され、血流を通して標的器官(臓器)に運ばれ、標的器官(臓器)において特定の応答を引き起こす微量物質である」と定義されている。ホルモンは一個体内での応答に限定されていた。その後、ある個体が生産し、体外に放出した微量物質が、同種の個体に一定の行動や生理状態の変化を引き起こす現象の存在が明らかにされ、この微量物質をフェロモンと呼ぶことになった。さて、個体内で働くホルモン、同種個体間で働くフェロモンがあるのであれば、異種の生物間で働く似たような物質があっても良いではないかと考えるのは、極めて安易な演繹であろう。すぐにそうした作用を持つ物質群が見つかった訳だが、その物質群には他感作用(Allelopathy)に基づいてアレロケミカル(Allelochemical)という命名がなされた。ときにはアレロケミックス(Allelochemics)という用語も使われる。ここから名称のヒエラルキーに混乱が起こっているように感じている。アレロケミカルには、物質を生産する生物と受容する生物が存在するため、アレロケミカルによって受ける影響により4種に分類される。発信者・受信者がともに利益を受ける場合がシノモン、発信者に利益・受信者に不利益が生じる場合はアロモン、発信者に不利益・受信者に利益が生じる場合はカイロモン、発信者・受信者がともに不利益を被る場合がアンチモンとなるのである。問題はフェロモンと対応する用語がアレロケミカルであり、アレロケミカルの下にあるモンモンズがフェロモンとは対応せずに、○○フェロモンと対応している点にある。言葉のヒエラルキーが一寸違う気がする。とはいえ、現時点では○○アロモンとか○○シノモンという用語が存在しないので、これはこれで仕方ないのかもしれない。

  また命名で躓いてしまった。これではまるで命名クレーマーである。だが、名前は少々不適切であっても、その不適切さは歴史の流れを反映するものである。従って、いく分かの不適切さはあっても、その用語を安易に変えるべきではない。そういう意味では私は保守派に属する。学問の進歩を口実に、名称、単位、測定方法などを煩雑に変える学問分野は信用できない。

  とはいえ、アレロケミカルに関する用語とその概念類は、ダブルスタンダードとかトリプルスタンダードというレベルではなく、アドホックスタンダードとも云うべき構成となっており、このままでは混乱を助長するだけだと思う。化学生態学を指向する研究者の集まりの中で再検討されたらどうだろう。以下に理由を述べることにする。

  再度確認しておくが、アレロケミカルはその影響により4種に分類されている。発信者・受信者がともに利益を受ける場合がシノモン、発信者に利益・受信者に不利益が生じる場合はアロモン、発信者に不利益・受信者に利益が生じる場合はカイロモン、発信者・受信者がともに不利益を被る場合がアンチモンとなるのである。アンチモンについてはこれを認めない考えもありそうである。自分に不利に働くものを出すということ自体が一寸以上に合目的性を損なう概念であるからであろう。ただ、偉い先生が、壇上で自信満々にそう言われると、一瞬そうかと信じそうになる。しかしながら、この定義はすぐに破綻する。例えばシノモン、例えば花蜜、放出する植物にとってミツバチがきて花粉を運んでくれればシノモン、しかし、マルハナバチがきて花を横から食い破って盗蜜されたらカイロモンとなる。アゲハチョウの幼虫が臭角から酪酸を含む匂いを出して、相手が逃げてくれればアロモン、その匂いで寄生蜂がやってくればカイロモンとなる。

  こんなブログを読んでいるヒトであれば、植物のアレロパシー現象については当然ご存じだと思う。セイタカアワダチソウは外来のキク科植物で今の時期に花を付ける。この植物は、根からシス-デヒドロマトリカリアエステルを分泌する。この物質は他の植物の発芽・生育を阻害する。従って、セイタカアワダチソウが繁茂する群落ができると云うのだが、この物質の濃度が高まってくると分泌しているセイタカアワダチソウ自身にも生育抑制が起こるという。そうなると、どうなるか。当初はアロモンとして機能していたシスデヒドロマトリカリアエステルが、時間の経過とともにアンチモンに変貌していく。

  もっといろんな場合が考えられる。あなたがスパイに追われているとする。机の下に隠れてようやく逃げ切れたかなと思ったときおならがでてしまった。この匂いでスパイが逃げ出せばアロモン、この匂いで発見され拉致される場合はカイロモン、火災報知器が反応して自動消火設備が作動し二人とも窒息死したらアンチモン、これでは一寸以上に困ってしまう。

  この定義の底流には、私がこの言葉を作ったと云いたそうな雰囲気が見える。だが、批判はできない。その程度の名誉欲であれば、研究者の誰もが持つものであろう。化学生態学の発展途上において、色々な現象をどうまとめて概念化するかという試行錯誤の一例として捉えればいいだろう。この場合の定義の失敗は、放出する側と受容する側の種数の多さだけでなく、応答の多様性を甘く見たことによる。要するに、生物の種類と生き方の多様性を甘く見て、味や匂いに対する好みを定義に含ませた時点で混乱が生じたわけである。

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西岡考・・・守備妨害

  日本シリーズが終わった.小学校の1年から3年の間、島原に住んでいた。当時の島原は、西鉄ライオンズのキャンプ地であり、三原監督率いる稲尾、中西、大下、豊田、高倉、和田、仰木、島原、河野、日比野、若生、河村などを見ることができた。必然的に西鉄ファンになった。いまではひいきのチームがなくなったため、いいプレーを楽しむだけになっている。

  そこで日本シリーズだ。最後の場面をじっくりと見たのだが、いろいろと勘違いの批判がネットで乱れ飛んでいるようだ。私も西岡擁護の立場から乱入することにする。

  まず3ボール1ストライクのカウントで打った西岡であるが、これは全く問題はない。この状況では、良い球が来たら打てというサインがベンチからでていたはずである。あの場面ではストレートを待っていたのは間違いない。そこに打てると判断したストレートがきたので打って出た。西岡にはヒットにならなくても外野フライという判断も当然あったと思う。打った球はベルトより少し上であり、これも問題はない。ただそれが、ファーストゴロになったというだけである。ベンチとして、サファテがあれほど苦しんでいたのだから1球待たせるという判断はあり得たと思う。次の投球がストライクであっても3ボール2ストライク、そこから打たせても良い。しかし、西岡ほどの選手がサインの見落としはないと思う。つまり、ベンチは西岡を信頼して彼に賭けたわけだ。

  では打ったあとの西岡についてである。彼はダブルプレーコースに球が飛んだこと確認し、何を考えたかということである。取られた位置は一塁ベースの3 mほど前、2 mほどインフィールドに入ったところである。ここからホームに投げられたボールのコースは走りながら当然見えたはずである。その瞬間、ファーストへ転送されるキャッチャーからのボールのコースを読んだ彼は賭に出る。ラインのギリギリ内側を走り、送球をしにくくすると同時に、転送されたボールがあたるかもしれない瞬間にラインの外側に出て守備妨害から逃げることを試みたのだろう。ルールを知らないなどという批判は成立するはずもない。イチかバチかのプレーである。うまくいかなかっただけである。そうなら汚いとする批判もあるようだが、キャッチャーでもぎりぎりのコースでは審判を騙そうとする。バッターもストライクボールに当たりに行くこともある。私は、西岡選手は最後までベストを尽くしたと考える。最後に、面白いプレーをみた。そして、審判の冷静かつ的確な判断も評価されるべきである。

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稲刈り・・・Part 2

  月曜日の夜、師匠から電話があった。火曜日の朝からもう一枚の田んぼを刈るという。「あんたが来られんなら俺が刈っとく」といわれても、師事する師匠に何もかもさせるわけにはいかない。10歳年上の師匠である。幸いなことに私の仕事は火曜日だけは時間が取れる。火曜の朝、5時に起きてまず職場へ、年休の届けを提出して田んぼへ直行した。4隅を刈って、道路に面した部分からゴミを拾う。ジュースの缶などがコンバインの刈り刃に噛み込まれると、そこで作業は止まってしまう。この田んぼは近くに道の駅があり、かなりな数の車が行き交うのである。夏場には行楽で発生したゴミと缶ジュース・缶コーヒーの空き缶が、いくつも投げ込まれていた。

  稲刈りそのものは順調に進んだが、何カ所かにウンカによる坪枯れが発生していた。イモチ病とウンカに対する防除剤を8月下旬に散布しており、多分大丈夫と考えていた。少し倒れているイネに気付いてはいたが、今年は夏場の日照不足のせいで、茎の充実が不十分だったことが原因であると安心していたのである。まあ大きな被害にならなかったので良しとしよう。

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中央やや左、株基まで茶色の部分がごく軽度の坪枯れ、この程度のものであっても、枯れた部分の収穫はほぼゼロ

  だが、この問題はこれからも続く。いわゆる減農薬栽培の問題とも通底する課題である。現在販売されている農薬の多くが、収穫の1週間前までの散布を認めている。2週間前にすれば殆どの農薬があてはまるだろう。つまり、散布後に前者は1週間、後者は2週間経てば、国の基準以下のレベルでしか残留しないということである。私は、無農薬栽培が最良のものだとは思っていない。残留農薬についての国の基準にある程度の信頼を持っている。しかしながら、自明のこととして、残留する農薬は少ない方が望ましい。従って、生育初期から中期までの散布は農事暦などを参考にして行い、害虫密度を下げる。この時期は気温が高いため土壌微生物による分解が活発であるだけでなく、可視光線・紫外線ともに強いため植物体上での光分解も早く進む。収穫が近づくと、最終散布をできるだけ前倒しして、散布から収穫までの期間を長くとるようにと考えている。もっとも、相手は生き物であり思惑通りに行くとは限らない。少しの減収は我慢することにする。

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稲刈り・・・Part 1

  昨日、稲刈りが半分終わった。土曜日までは来週が稲刈りだと思っていたため、体力をフルに使って草刈りをした。まずは、水田周りの畦と畦に続く法面である。300 m程を刈った。その後クリ畑に移動し、春先から放置していたススキの群落を刈ったのだが、この時期の草は非常に堅い。堅いだけではなく、蔓草が上部をおおっていることが多いため、刈りにくいしとても疲れる。刈り払い機用の替刃(チップソー)を朝に交換したにもかかわらず、3時間程使ったら食いつきが悪くなった。もっとも、今回は一番安い替刃を試していたので、文句は言えない。そして経験則である。春先から7月頃まで、草や木が柔らかい時期は安い刃で良いが、草木が充実して堅くなる夏以降は少し高くても良い替え刃を使うほうが良さそうだ。

  かなり疲れてそろそろ帰ろうかと、力なく後片付けをしていたら、師匠が来られた。「上ん(の)田、明日刈ろう。」しまった、少し体力を温存しておけば良かったと頭の隅で一寸だけ思ったが、物事を教えてもらう場合、師匠は絶対である。神であり仏である。学問でも技芸でも、まず師匠を信じてまねることから始まる。出来の悪い弟子であってもそれくらいは理解している。理解はしているが、4年経ったいまもミスばかりしている。

  そして昨日、稲刈りをしたのは師匠であり、取れたモミを運んでくれたのは師匠の奥さんである。私は、隅刈りをした後はコンバインについて回って落ち穂を拾い、寝たイネを起こしただけである。でも、なんとか技術を盗もうと一生懸命見ている。4隅を刈るときのバックの距離とか、イネが立っているところと寝ているところではコンバインのスピードが違うとか、興味を持ってみていると非常に面白い。だが、観察をしていたのは私だけではなかったようだ。刈り終わると同時に、ゴイサギがやってきて、隠れる場所を失ったカエルを啄み始めた。

倒伏したイネ
倒伏したイネ
あと1列:昭和20年代の雰囲気で
あと1列:昭和20年代の雰囲気で

  そして今日、疲れている。足も腰も疲れている。だが、週末には新米が食える。写真は、明日添付する。

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