麦、作ったら

 世の中が本当に騒がしい。食糧危機が来そうだという話も、かなりな真実性を帯びてきたような気がしている。少し前に、古い友人と話していたら、「お前の田んぼ、冬は何も作っていないだろう。麦でも作ったら」という提案をされた。麦の話は全くしないもので、冬場は農地を遊ばせていると思っていたらしい。実は作っているのです。但し、他の人がです。

 2反半くらいの田んぼを2ヶ所持っているのだが、一方は湿田で麦作には適さないため、確かに冬場は放置している。ここでは冬野菜を作ってみたことがあるが、畝立てをすると次の年の代掻き時に凸凹が残り、凸地に雑草が生えてきて収拾がつかなくなった。トラクターに、代掻き用のハローと呼ばれるアタッチメントをつけて丁寧にやれば良いのだが、これが結構高価である。購入したとしても元は取れない可能性が高い。では普通のトラクターで丁寧に耕せばよいではないかと思われるかもしれないが、下手な奴が尾輪もついていないトラクターで何度も耕すと凸凹はもっと酷くなる。そういうわけで道路沿いにこっそりエンドウを何株か育てている程度である。

 もう一方は人に貸している。無料でである。なぜなら、麦を育てても経済的にはまずペイしない。借地料なしで補助金を入れて何とか成立する程度だろう。一言で麦を作るといっても麦用のアタッチメントや農機具が必要となる。自力でやるとなれば大変です。営農組合に全面委託ということにすれば簡単だが、自分でやっているという実感を感じることができない。裏作に麦という常識から離れればいいのだが、農業というのは周りの人を見ながらやらざるを得ないところも沢山あります。

 例えば、当地の麦の収穫は6月の初旬である。収穫した後、麦わらの処理をして耕耘するわけだが、耕耘の終わるのが大体6月の15日くらいになるのかな。次に稲作と考えれば、6月の15日頃に荒起こしが終わったと考えて良い。手抜きといえば手抜きだが、この段階で一発肥えと呼ばれる肥料をまき、そこから、もう一度耕耘してワラと肥料をすき込む作業となる。これをやらないとワラ屑が浮いてきて、植えたイネの苗を押し倒してしまうことがある。田植え機で苗を植え切れない場合もある。その後、20日頃に水路に水が流れ始めるので、そこから水を入れて荒代掻き、本代掻きを行ってようやく田植えとなるわけだ。そして一週間ほどで、全ての田んぼの田植えは終わる。

 裏作をしない山手の田んぼでは連休辺りに田植えは終わっているが、ここでは2ヶ月近く遅れることになる。イネの生育の期間を考えればもう少し早めたいのだが、前作の縛り故に前倒しはできない。従って、この時期の田んぼには、たくさんのトラクターと田植え機が一斉に動き回る羽目になる。トラクターや田植え機は買わずにレンタルにしたらという論理が成立しないのである。トラクターは年に数回、田植え機に至っては年に1〜2回しか使わなくても持たざるを得ない世界である。その上に、これら農業機械は思った以上に泣きたいほど高い。農業という生業における難しさがここにある。コンバインも畔塗り機も麦踏み機も同じように年に数日しか使わない。この手の機械がプリウス並に売れるのであれば価格はもっと下がるとは思うが、そういうことにはならない。さらにだが、次に使うシーズンまで保管する農機具小屋が必要となる。本と本棚を買う金はなんとかあるが、図書室を作る土地と金はないという悩みと似ている。

 まあそういう事情もありまして、遅れ気味の田植えが昨日(26日)に終わりました。田んぼの表面の均平化が不十分なため、短めの苗は所々で溺れている。この苗に呼吸をさせようと水を落とすと、反対側の苗には水が行かない。結局、毎日水を入れたり落としたりの毎日が続く。水を入れ過ぎると苗が溺れるだけでなく、ジャンボタニシの食害が酷くなる。落とし過ぎると、雑草の芽生えが促進されるような気がする。下手な稲作の典型です。先日、残念なことに私の百姓生活の師匠が亡くなったのだが、彼がこの様を見れば馬鹿たれというに違いない。そう怒ってくれる人を亡くすのは寂しいものである。

 それはそうと、イネの苗を植える行為をどうして田植えというのだろう。

 

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