ベルベリン

 忙しい。代掻きと田植えが目前に迫っているのだが、腰痛のためなかなか動けない。腰痛恐るべし。でも、腰痛のおかげで整体と整骨の違いがわかった。幾つになっても知らないことばかりである。庭に植えているスイートスプリングとスイートレモネード、実がつき過ぎているのだが、摘果する暇がない。仕方なく、柑橘つまりミカン科植物の持つアルカロイドを見ていたらベルベリンに出会った。

ベルベリン

 ベルベリンとは、ミカン科のキハダやキンポウゲ科のオウレンなどの植物が作るアルカロイドである。キハダは漢字で書くと黄檗、黄膚、黄柏などと表記されるが、内皮が鮮やかな黄色を示すためであり、オウレンは地下茎が鮮やかな黄色を示すため黄連と表記される。私みたいな隠れ虫オタクにとっては、キハダはカラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハの食草としてよく知られているのだが、常識的な世間ではキハダに含まれるベルベリンというアルカロイドが、抗菌性・抗炎症・中枢神経抑制性・血圧降下作用があるため、整腸剤や止瀉薬(下痢止め)として処方されるだけでなく、目薬の成分としても使われている事が有名だ。私は生薬屋さんではないので薬の名前は知らないが、調べてみると三黄瀉心湯、黄連解毒湯、黄連湯、温清飲として流通しているそうである。

日野製薬株式会社さんのホームページから借用しました。

 この写真の黄色い色の原因は、含まれているベルベリンである。そう書くと、多くの方はキハダ(黄檗)の成分であるベルベリンは生薬だとして素直に納得される。だがである。キハダを黄檗とも書く。黄膚、黄柏と書くことはすぐに了解できるのだが、何故黄檗と書くのか。檗について漢和辞典を引くと、きはだ/きわだ/ミカン科の落葉高木という意味を持つ漢字である。そこで納得しても良いのだが、ひょっとしたら黄檗宗と関係があるのかななどと考えた。キハダの黄色い内皮を乾かしたものをオウバク(黄檗、黄柏)というのだが、オウバクを水で煮出し煮詰めた板状の乾燥エキスから作られた単味(1種類の成分のみからできている薬を意味する)の生薬製剤を「百草」と呼そうだ。

 この「百草」を民に教えたのが普寛上人という人なのだが、この方が山岳仏教の信者であった。この時代、中国の唐代の禅僧である黄檗希運が起こした黄檗宗が日本でも隆盛であったことを考え合わせて妄想したのだが、本当のところは分からない。因みに、黄檗希運は臨済宗開祖の臨済の師である。

 そこで「百草」、舐めたことも飲んだこともないがとても苦いらしい。長いお経である「陀羅尼」を唱える時に、黄柏を含む「陀羅尼助丸」という丸薬を口にくわえて眠気を覚ましたとも伝えられている。でもそれでは覚醒剤になってしまうではないかな。苦さで眠気が飛ぶのだから、目覚まし用の千振みたいなものだろう。ここまでは黄蘗の成分であるベルベリンは薬であるという理解は動かない。

 しかし、キハダの利用法はそれだけではない。黄蘗色という名を持つ和色があるのだが、レモンイエローにほんの少し緑が含まれた奇麗な色である。つまり、キハダは天然の染料としても使われる。キハダだけで染めた黄色い布もあるが、以前に書いた藍の成分インジゴと合わせて染めてやると、天然色素として希少な緑色を出すことができる。また単に絹や綿や羊毛などの布を染めるだけでなく、紙をこれで染めておくと紙魚の害から守るともいわれており、正倉院に残されている公用文書にはキハダで染めた紙が使われているものもある。江戸時代に商家で使われていた大福帳の紙もキハダ染めであったという。とすればキハダの含むベルベリンは天然の染料として考えて良い。それも虫除けの作用を持つ黄色の染料である。そうか、ベルベリンは整腸剤や止瀉薬であるとともに、天然の染料か、少し理解が広がった。

黄蘗染め:https://www.flickr.com/photos/fluor_doublet/25109629937/in/dateposted/

黄蘗と藍の生葉染め:https://www.iichi.com/listing/item/1506779

黄蘗紙:https://taiyoudo1.jimdo.com/2015/07/29/オウバクで染めた紙/

 ベルベリンには上に書いた作用だけではなく、糖尿病に効く、ガンにも効くかも知れない、コレステロール値を下げる等々、種々の薬理作用があるとして、サプリメントまで販売されているのだが、困った話もある。ベルベリンの有効な作用を示すための投与量が半数致死量の3分の1程度になるという。通常、人が摂取する薬品に対しては、100倍程度の厳しい安全係数が適用されていることを考慮すれば、一般用医薬品の第2類医薬品もしくは第3類医薬品に分類され分類されてはいるものの、服用に当たっては少し注意したほうがいいだろう。とはいえ、よく効くと云う話を聞いたことはある。

 少しいやな報告もある。ベルベリンにかなり強い発がん性があるだけでなく、哺乳動物の受精卵の成長を抑制・阻害するという。(https://www.japic.or.jp/service/whats_new/japicnews/pdf/JAPICNEWS16-02.pdf)   もちろん、この結果に対する反論も出されている。それのみでなく、他の生薬系の和漢薬にあっても、その成分にそうした性質を持つものはいくらでも存在する。こうなると一般の人は何を信じて良いのか分からなくなるだろう。私だって分からない。ベルベリンは薬であるか毒であるのか色素であるのか、ハッキリして欲しいと思うに違いない。

 しかしである、多分どれもが正しいし間違っているというのが結論になるだろう。要するにベルベリンと呼ばれるイソキノリン系アルカロイドは、キハダやオウレンなどの植物が期せずして創った中間代謝物である。たまたま人という生き物が、ベルベリンの種々の機能を見つけたにすぎない。種々の機能が人にとって合目的的になっているとかいないとか騒ぐ方が間違っているのである。何が言いたいのか?天然に存在する物質を、その機能を基礎にして分類・理解しようとする考え方が間違っていると言いたいのでである。人が作ったものであれば機能を基礎にした説明が可能かもしれないが、自然はそのような理解を超えた世界を形作っている。つまり、前回述べたカロテノイド、フラボノイド、そしてベタレイン系色素などの植物の花の色素同じように、それら成分の存在意義をそれらが持つ機能という枠組みから自由にしてやらないと、その真の姿は見えないということだ。

 このベルベリン、実はチロシンから誘導されるレチクリンを通って作られるアルカロイドなのだが、レチクリンは先に書いたコデインやモルフィンの生合成の中間体である。ということは、チロシンから導かれた3,4−ジヒドロキシフェネチルアミンと3,4−ジヒドロキシフェニルピルビン酸がシッフの塩基を形成して、窒素サルベージ系のバイパスへと流れ込んで行った結果作られた化合物であると考えて良い。キハダは窒素を捨てたくなかったのだが、一寸だけ窒素サルベージ系路から抜け落ちたのだろう。一寸道を踏み外した化合物群、暖かく見守ろうではないか。

 腰の痛みの徒然に、何か良い漢方薬でもないかなと彷徨っていたら、偶々ベルベリンに出会っただけのことである。夕べの雨、代掻きの済んでいた田んぼは水が多過ぎて田植えができず、もう一方の田んぼは給水が足りず代掻きができなかった。自然界は、なかなか思った通りには動いてくれない。とはいえ周囲の田んぼの田植えはもう終わっている。雨の降り方に対する感受性と水の扱いにおいて、私が劣っていると云うことだろう。まあ、腰にベルトを巻いて前かがみで行う農作業、少々遅れるのは仕方ないと悟っている。

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