良い雨だった 明日も頑張ろう

 いつだったかな、とにかく少し前にジャガイモの植え付けをした。品種はダンシャク、名前は明治41年(1908)に函館ドッグ取締役になった川田龍吉男爵が、外国の苗業者から種イモを購入し、自家農園である「清香園」で栽培したことに由来するという。粉質でホクホクとしているため熱に弱く煮崩れしやすいが、マッシュポテト、ポテトサラダ、コロッケなどにすると美味しいイモである。もう1品種植えたのがシンシア、肌がきれいでメークインに近い食感を持つ品種、休眠が深いため貯蔵性に優れた品種である。すぐそばに道の駅があるとはいえ、そんなに大量に売れるわけではない。客は名の通った品種を求める傾向が強い。従って、休眠が浅くよく知られた品種であるダンシャクを6~7月にかけて売り、その後は休眠が深く、見かけの良いシンシアを売ろうとする販売戦略なのだが、上手くいくかどうかはわからない。シンシアの休眠の深さはアブシジン酸と関係があるのかななどと考えている。

 確かに芽立ちはダンシャクの方が早いし、多くの芽が生えてくる。ジャガイモ栽培では芽かきという、生えてきた芽の数を2~3本に減らす作業が必要である。多数の芽が込み合っていると小さなイモしか入らないためである。シンシアでは芽かき作業は余り必要なさそうだ。ではシンシアの方が良いかといえばそうでもない。ダンシャクで芽かきを行った芽の部分を、挿し木ならぬさし苗してやると、ちゃんと活着してイモができるのである。この場合は芽かき作業もいらない。去年やってみたら上手くいった。つまり、少量の種イモを霜でやられないように注意して植え付け、たくさん出てきた芽の部分を植え付けてゆけば、種イモの購入量がかなり少なくて済むのである。もっとも、人件費を考えればペイするかどうかは別の話である。

 昨日はタケノコイモを植え付けた。畝立て機を畝立て用ではなく植え溝を掘るために使うという反則技でつくり、この溝の中に貯蔵していたイモを植えていった。このイモは土寄せすることが大事なのだが、土寄せは重労働である。真夏の太陽の下でするような体力はない。つまり、畝間を広くとった深めの植え溝にうえつけ、畝立て機で土寄せをしようという魂胆である。どうなるかは分からないが、歳なりのやり方を工夫するのはそれなりに楽しいものである。

 今日の雨で時間がとれたため「アブシジン酸の総合的理解に向けて」とする総説?的書き物が終わった。一段落である。書きたいことはまだいくらでもあるのだが、まあ少しづつ付け足していくことにする。そこで次に何について書くか、考えている。世の常識に反抗するのが好きであるため、無知蒙昧の状態で書くわけにはいかない。今用意しているタイトルは、「TCA回路は回らない」、「ブドウ糖は逆解糖系の盲腸である」、「植物は海からは上陸しなかった」などである。古希を過ぎた爺でさえ一所懸命畑を作り、学問的なことを考え続けているのだから、若者もいろんなことを学んで欲しいな。SNSに取り込まれて常識的判断を失っていないか、常識的判断といわれるものが時としていかに危険なものであるか、理系とか文系かいう壁の中に閉じこめられた囚人になってはいないか、などなど、常に考え続けることがいよいよ必要とされる時代になっているようだ。

 明日はワラビの収穫とダンシャクの芽かきと芽の植え付け、時間があればタマネギ周囲の草取りと茎倒しかな。全部やると一寸きつそうなので途中でやめるかもしれないな。いつも通り、体力と相談しながらの判断になりそうだ。

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