バヌアツの法則 2

 日本時間の3月5日(金)4時28分頃、南太平洋(ケルマデック諸島)で、M8.1の地震があったそうだ。この地震の前にM7.3とM7.4の地震が連続して起こっている。ニュージーランドのケルマデック諸島では3m、ニューカレドニア、バヌアツで1〜3mだけでなく、かなり広範囲で津波の可能性があるという。時間的にみれば、もうあったのだろう。バヌアツの法則が正しいとすれば、近いうちに日本周辺でかなり強い地震が起こると予想できる。少々気になる今日この頃である。食料と水と長靴、それに防寒着くらいは手元に持っていても良いのかな。近ごろというか3.11以降だが、地震が起こった後の被害に関する報道が余りにも少ない気がしている。被災した人々はかなり苦労していると思うのだが、いわゆる連続した記事が書かれることはほとんどない。確かに、いろいろと災害が増えたので国としても大変だろうとは思うのだが、復興をボランティアに丸投げするのは正しくない。お金がないという理由で激甚災害指定を避けたい政府の意向を、報道関係者が忖度しているのではと少しだけ邪推している。

 昨夜は天気予報とは違ってかなりな量の雨が降った。雨はありがたいのだがタイミングが悪い。桑が開花を始めている。桑に菌核病という病気があるのだが、この時期にキツネノワンタケやキツネノヤリタケというキノコの胞子が桑の花を通して感染し、果実を真っ白に腐らせてしまう。もちろん商品価値はゼロになる。したがって、食用桑に許された唯一の殺菌剤であるロブラール水和剤を使って防除する。昨日、300Lの水に300gのロブラール水和剤を入れて1000倍希釈液を作った。桑に対しては200L位で十分である。100L程残るので、この100Lにジマンダイセンを加えて、それを柑橘類に散布するつもりだった。

 300Lのタンクと満タンにした動噴を積んで出かけようとしたとき、何故だかわからないがジマンダイセンをタンクに入れてしまった。ジマンダイセンは食用桑には適用がない。つまり桑には散布できないのである。だからといって300Lもの薬液を捨てるわけにはいかない。捨てる場所もない。仕方なく、この二つの薬剤に適用のあるスイートスプリング、スイートレモネード、ダイダイ、紅八朔、レモン(ビアフランカ、マイヤー、璃の香)、晩白柚、土佐文旦、ユズ、アンズ(新潟大実、ニコニコット)、梅(光陽小梅、多分白加賀)など、自家消費用に植えている果樹にかけて回った。これらは平坦地ではなく傾斜地に植えているものが多く、ホースを引っ張って歩き回るため結構以上に疲れる。

 散布が終わって家に帰り、タンクと動噴とホースの内部を洗った後、再度作ったロブラール水和剤200Lを乗せて桑畑へ行き、桑への散布を行った。風が少々強かっただけでなく、風向も不安定だったので、いやいや大変でした。全部で6時間くらいかかりました。これでしばらく薬撒きはOKと思っていたら、天気予報では降るはずのない雨が降り始め、段々強い雨になっていった。散布した薬が流れてしまうのではとヤキモキしたのだが、なんともするすべはない。菌核病には治療薬がないので、枝先に実る桑の実にどれくらい病気が発生するか。さて残されたもう1回の散布をいつするか、それが問題だ。

 閑話休題、古希を過ぎた爺が高校生の歌う歌を評ずるなんておこがましいとは思うものの、実は「うっせーわ」と歌うこの人に同意している。若い人たちにとって、今の世は「うっせーわ」と言いたくなることばかりだろうなと思う。この「うっせーわ」という曲、すごく流行っているそうだ。当然のことだが、歌い方とか言葉遣いとか気になる部分がないかといえば、ないはずはない。それは世代間のギャップというもので仕方ないだろう。しかし、こういう歌が流行る世相をどう捉えれば良いのかと考えている。ただただ私見に過ぎないのだが、聞いていたらお伊勢参りの「ええじゃないか、ええじゃないか」のフレーズを思い出してしまった。世の中が閉塞しきっていて、やり場のない憤りの感情がそこに出ているような気がしているのだが、この批評も「うっせーわ」と切り捨てられる可能性が高いだろうな。この「うっせーわ」、原曲は別として帰国子女の歌う「うっせーわ」も面白い。年齢や好き嫌いに拘らず一度お聞きになったらどうだろう。いつまでも「うっせー うっせー うっせーわ」の部分が、脳内で動き回ることは間違いない。

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