過剰と蕩尽 33

  今回でピリミジン塩基の生合成は終わる。ここまでは、明らかになっている代謝系をある程度正確に(私が間違っている可能性を除外できないため)トレースする必要があるため、ぐっと我慢して代謝系の説明のみに絞ってきた。ここが終われば想像の翼を大きく広げることが可能となる。それを妄想というんだよなどという有益な助言なんか蹴散らしてしまうことにしよう。

 とはいえ、今回までは自重しておとなしく話を進めることにする。  前回までにデオキシウリジントリリン酸(dUTP)の生合成が終わっていた。今回はdUTPから デオキシウリジントリリン酸(dTTP)までの経路についてである。先に示した図を再度掲載するが、この図には1つの反応が抜けていた。UDPからdUDPへと変換する系で・リボース残基からデオキシリボース残基への還元反応である。反応機構については前述しているので省略する。

 さて、dUTPからdTTPへと変換する系についてだが、他の例を参照すれば1段階で進みそうに思えるのに、この場合は一旦dUMPまで加水分解が進んだ後、このdUMPのピリミジン環に対するメチル化が起こりdTMPが生成する。次にdTMPが2段階のリン酸化を受けてdTTPとなる5段階の反応が必要とされるのである。最初の2段階は、ATP : dUDP phosphotransferaseとATP : dUMP phosphotransferaseと呼ばれる酵素に触媒される反応で、dUTP、 dUDPのリン酸基を一つADPへと転移する反応である。反応式は何度も描いて陳腐なモノになったが、一応下に示しておく。

 

 リン酸基の転移反応だから転移が起こるように描けば良いとはいうものの、2段階めの反応にはエネルギー的観点から見た時かすかな違和感を感じざるを得ない。この反応を進めるための何らかのメカニズムがあるのだろう。まあ色々と疑問は残るのだが、それらに拘泥していても仕方がないので先に進むことにしよう。次の図が今回の本命とも言えるdUMPからdTMPへの変換を中心に置いた図である。

 

 この説明に入る前に葉酸について少々薀蓄を傾けておく必要があるだろう。葉酸と入力してYahooやGoogleなどの検索結果を見ると、葉酸についての説明はほとんどなく葉酸を含んでいるというサプリメントの宣伝サイトがずらりと並ぶ。要するに、葉酸を知りたいのではなく、葉酸を含むサプリメントの情報が欲しい人が多いだけだろう。とはいえ、葉酸の生体内での存在様式とその関与する代謝についての知識がなければ、後で行う議論に入ることは難しい。まず、次の図を見て欲しい。

 

     葉酸は単純に葉酸と表記されている場合が多いが、実際はさほど単純なモノではない。それどころか葉酸(Folic acid)は、一般的に葉酸の機能とされている反応において厳密な意味では関与していない。葉酸は葉酸の機能を発揮する化合物群の前駆体というのが正しい見方ではないだろうか。図にあるように、いわゆる葉酸はNADPHを補酵素とするdihydrofolate reductaseの存在下に、ジヒドロ葉酸を通ってテトラヒドロ葉酸に変換される。図から言えることは、葉酸の本質的な機能である1炭素転移反応に関わるのはジヒドロ葉酸からである。葉酸は生合成における前駆体に過ぎないと書いたのは、これが原因である。各反応の矢印の上に、反応を触媒する酵素のEC numberを示しているので、興味のある方はどんな反応を触媒しているか検索されることをお勧めする。現在問題となっているdUMPからdTMPへの変換は2.1.1.48によって触媒される反応であり、N5, N10-Methylene-tetrahydrofolateから5,6,7,8-Tetrahydrofolateへの変換に伴う反応である。

 少しだけ補足するが、地球上の生物にとって1炭素化合物の扱いはいささか難しそうだ。メタノールとエタノール、ホルムアルデヒドとアセトアルデヒド、ギ酸と酢酸などを較べても、1炭素化合物の毒性が高い。こうした1炭素化合物群を利用するためのシステムは葉酸類を補酵素とする酵素群が働いている。こう書くと毒性のある1炭素化合物の解毒を担うように誤解される場合があるが、実際はそうではなくもっと積極的な意義を持つ。先ほど書いたがDNAを構成しているチミン残基の生合成に関与しているだけではなく、アデニンとグアニンの生合成においても必須である。さらに、タンパク質生合成の開始コドンに対応するN-ホルミルメチオニンのホルミル基の給源もN10-Formyl-tetrahydrofolateであるし、タンパク質を構成しているアミノ酸の中で、メチオニンの生合成、グリシンとセリンの相互変換にも必須である。

   これらの事実は、生物の起源についてDNAワールド仮説・RNAワールド仮説・プロテインワールド仮説のいずれを取るにしても、そのワールドができる以前に葉酸の関与する代謝系が成立している必要があると考えていいだろう。

 そこでdUMPからdTMPへの変換反応である。N5, N10-Methylene-tetrahydrofolateをメチル基の給源として利用する酵素5,10-methylenetetrahydrofolate,NADPH:dUMP C-methyltransferaseによって触媒される反応である。反応はカルボニル基の立ち上がりと協奏して酵素のシステイン残基が付加するところからはじまる。生成したエノール体が再びケト体に戻るとき、N5, N10-Methylene-tetrahydrofolateから生成した10位の窒素上に生成したイミニウムイオンの炭素原子に求核的に付加をする。メチレン基とカルボニル基に挟まれたメチ基のプロトンが、酵素内の塩基によって引き抜かれてメチレン基を形成する。このメチレン基に、葉酸残基の6位似合った水素がハイドライドとして付加すると同時に酵素が元に戻るという反応によりめでたくdTMPがつくられる訳である。

 これに続く2段階のリン酸化反応は、なんでもないATPリン酸基の転移でありさほどの説明はいらないだろう。図だけを示しておくことにする。

ようやくピリミジン塩基の生合成が終わったが、さて何のために核酸の生合成を述べる羽目になったのか。つい先ほどまでは、ポルフィリンの話をしていたはずである。次回のアップまでに、何を問題にしていたのか思い出していただければ幸甚である。

過剰と蕩尽 34 に続く

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