過剰と蕩尽 31

 先ず、原核生物と真核生物でほぼ共通なDNA生合成系の前半部分を、構造式抜きの物質名羅列の形で示しておく。ここまでの各段階は、既に反応機構付きで述べたものである。

DNA biosynthetic pathway without chemical constitution formula

 何度も言うようだが、この図を見て各段階で起こっているであろう森羅万象をイメージできる人がいるだろうか。化合物の名称からその構造を描ける人でさえごく稀であると思う。とは言いながら、この命名自体の正しさ、使っている命名法の統一性について、書いている本人が不安を感じている。ともあれ、生物は化学反応によって生き、化学反応によって次世代を生産しているのである。生物の持つ機能・情報は、(ほぼ)すべてが化学反応に還元されるだろう。

 それはそうと、次にInosine 5′-monophosphateから先の概念図を提示した後で、各反応についての説明に入ることにする。前回述べたように、高等と評される真核生物の系は複雑すぎるので、もう少しシンプルな系を構築している原初的生物を例に進めることにする。下に、真正細菌であるThermotoga maritima MSB8と古細菌である Pyrodictium delaneyiの持つプリン代謝系から本質的と思われる系を抜き出した図を示す。

The schematic chart from Inosine 5′- monophosphate to RNA and DNA

  この図の前半部分は既にのべた。ここで議論すべきはGMPからGTP/dDTPへの変換、並びにAMPからATP/dATPへの変換過程であろう。其処でだが、この図から読みとれることはいくつかある。

1. GDPからGTPへと変換する酵素とdGDPからdGTPへと変換する酵素 EC 2.7.1.40 は同種の酵素である。ADPからATPへと変換する酵素とdADPからdATPへと変換する酵素もまた同種である。こう書くとXDPからXTP生産酵素のように聞こえてしまうが、XDPとXTPの相互変換酵素といった方が良いだろう。ちなみに、ここで働く酵素群 EC 2.7.1.40は よく知られた phosphoenolpyruvate kinase である。いわゆる解糖系がXDPからXTP生産する段階に関与するだけでなく、その解糖系から分岐したペントースリン酸経路がプリン塩基生合成の出発物質であるD-Ribose 5-phosphateを供給するという2つの接点を持つというわけである。私も酵素ナンバーは酵素の機能様式からの表示であり、一つのナンバーの下に多数の酵素群が存在する程度のことは知っている。しかし、生物によっては1種のphosphoenolpyruvate kinaseしか持たない場合が多々存在するようだ。とすれば、そうした生物において、生産物である4種のXTPの量の制御はどうなっているのだろう。さらにいま少し見方を変えれば、この酵素の反応生産物はピルビン酸である。ピルビン酸はこれまた極めて重要なピルビン酸代謝系の出発物質である。色々と妄想が膨らみそうな気配が濃厚・・・。

2. デオキシリボ核酸の原料であるdATP・dGTPの生合成において、ADPからdADP、ATPからdATPへと変換する経路、およびGDPからdGDP、GTPからdGTPへと変換する系路はあるが、GMPとAMPをそれぞれdAMPとdGMPへ変換する系は存在しない。これは存在していないのだからそうですかと云うしかない。ADP をdADPにする酵素と GDP をdGDPに変換する酵素群 EC 1.17.4.1とATP をdATPにする酵素と GTP をdGTPに変換する素 EC 1.17.4.2 は、要するにリボース残基をデオキシリボース残基へ変換する酵素である。きっと似ているだろうと思って、両グループの酵素間でBLAST解析を行ってみたところ、反応様式が同じでありかつ基質もよく似ているにもかかわらず、殆ど相同性は存在しない。これらの酵素群は、基質のリン酸化の程度に極めて高い特異性を持つようだ。

3. 先に示したヒトやアラビドプシスなど真核生物の持つ系と比較すれば、進化に伴って多くの系が付加されてきたことが明らかである。

 余りに小さな所ばかりつついても仕方ないので、反応を進めることにする。まずADPとATPそしてそこからのdADPとdATPの生合成についてである。

AMPからのATP生合成

 余りすっきりしない話だが、ATPを作るためにATPから1つのリン酸基をAMPに移し、生成した2分子のADPをPEP(Phosphoenol pyrvate) を基質とするキナーゼの作用により2分子のATPまで変換するというプロセスである。すっきりしない点はATPを生合成するためにATPを消費する点にある。つまり、元々のATP はどこから来たのかが問題になるだろう。もっとも、ここに至るプロセスの中でATPは何カ所も働いている。上図では、最終生産物であるATPと消費されるATPが余りにも近くにあるため、この矛盾が露骨に見えただけである。この問題も、記憶に残しておこう。

 次は、GTPの生合成である。

GMPからのGTP生合成

 またもやすっきりしない話だが、GTPを作るためにATPから1つのリン酸基をGMPに移し、生成したGDPをPEP(Phosphoenol pyrvate) を基質とするキナーゼの作用によりGTPへ変換するというプロセスである。副生物であるADPはPEP kinaseによりATPに再生されて再度この系で働くと言い切ってしまえば、最初に消費されるATPは触媒だと定義して良いのだろうか。何とも錯綜する話だが、この論理はATP生合成においても使えるかも知れない。

 屁理屈はそこそこにして先に進もう。次はヌクレオチドの糖残基であるリボースの2位の水酸基を除去してデオキシリボースに変換する反応である。この反応は糖残基上で起こるのだけでなく、そこで働く還元剤がチオレドキシンであることから、リボースからデオキシリボースへの変換は同じメカニズムで起こっていると考えて良い。ということで、デオキシリボースへの変換に入ろう。

リボヌクレオチドからデオキシヌクレオチドへの変換

 この段階で働く酵素は2種類存在する。両者の関係については後で述べるとして、この段階の反応は少々分かりづらい。リボースの2位の水酸基を、どうすれば除去できるのか、私を含めて大多数のヒトが考え込むと予想する。無学なヒトであれば、水酸基を除いて水素をつければ良いと 簡単に答えてしまうかも知れないが、そんなに簡単な話ではない。以前、ポルフィリンの生合成において、ラジカル SAM 酵素に分類されるanaerobic magnesium-protoporphyrin IX monomethyl ester cyclase [EC:4.-.-.-]について少し言及した。その中で「これらは[4Fe-4S]クラスターをもつ酸素感受性酵素群で、S-アデノシル-L-メチオニン(SAM)を還元的に開裂して生成するラジカル(通常は5′-デオキシアデノシルラジカル)を中間体として用い、種々のラジカル反応を触媒する。要するに、イオン反応では起こりえないような反応を触媒する酵素と考えて良い。さらに、これらラジカル SAM酵素が働いている位置は、生命現象の根幹の部分に近いように感じている。」と書いたのだが、リボースからデオキシリボースへの変換を触媒するレダクターゼもまたラジカル反応を触媒する酵素である。

 図に示すように、レダクターゼのシステイン残基上にあるイオウ上に発生したラジカルが、リボースの3位の炭素上に存在する水素原子を攻撃することから反応が開始される。図において赤色の片矢印は電子1個の移動を示す。水素原子を引き抜かれたリボース残基では、3位の炭素上にラジカルが発生する。この中間体の3位の水酸基の水素を酵素中の塩基性の部分が攻撃してカルボニル基が生成するのだが、炭素の軌道上にはオクテット、即ち8個の電子しか存在できないため不対電子は追い出されて2位の炭素上に移動するのだが、2位の炭素は同じ理由でこの不対電子をそのまま取り込むことはできない。つまり、不対電子の移動と協奏して2位の水酸基がアニオンとして離脱する。このアニオンは補酵素とでもいうべき補タンパク質であるチオレドキシンのスルフヒドリル基の水素を引き抜いて水を生成する。この時、2位の炭素上には不対電子が存在している。

 リボース残基の2位の炭素上の不対電子は、チオレドキシンのもう一つのスルフヒドリル基の水素をラジカル反応により引き抜くことで、2位の水酸基の除去が起こったことになる。しかし、この段階ではリボース残基の3位はカルボニル基になっているし、チオレドキシン側はラジカル反応によるSーS結合の形成に伴い、図に示すようにイオウ原子がアニオンラジカルになっている訳だが、この不対電子が3位の炭素を攻撃するとカルボニル基の立ち上がりを伴う酵素中の酸性部分のプロトンを引き抜き水酸化が生成する。但し、生成した水酸基の根元にはラジカルが存在する。このラジカルが、最初に働いた酵素のSH部分から水素原子をラジカル反応により引き抜いて、デオキシリボヌクレオチドがめでたく生合成されると同時に、最初のイオウラジカルを持つレダクターゼが再成することになる。

 通常の有機化学において、ラジカル即ち遊離基は非常に反応性が高いのが通例であり、それらの反応を制御するのはなかなか難しい。我々にとって馴染み深いポリエチレンやポリスチレンなどの合成高分子はラジカル重合で作られたポリマーであるが、これらの反応においては立体選択性、位置選択性が期待できないだけでなく、鎖長の制御もまた難しい。そうした性質を持つラジカル反応が、生物現象の根幹ともいうべき核酸生合成の最終段階に織り込まれているだけでなく、生産される化合物が立体選択的に作られていることに対して、言いようのない畏怖さえ感じてしまいそうである。

過剰と蕩尽32に続く

 ここまで書いて、生合成の図を5時間ほどかけて完成と思った瞬間、原因不明のChemDrawフリーズ、中間段階で保存していなかったため、何も残っていない・・・。気分は最悪。

 取り敢えず、ここまでをアップすることにした。気を取り直して再度書き直し、近日中に追加します。まだ若かった頃、全く洗車しないクルマに乗り続けていた。友人たちのクルマは雨が降ると汚れるのに、私の車は雨が降るときれいになった。2年以上洗わずに乗っていたらさすがに汚くなった。そこで後部ガラスの汚れの中に、指で「近日洗車予定」と書いて乗っていたら、後ろで信号停車したクルマのドライバーが爆笑していた。いや、近日中という言葉に端を発したちょっとした思い出です。

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