過剰と蕩尽 29

 ではまず、プリン塩基の生合成から始めることにする。出発は前回まで議論してきたグルタミンということになるが、実際の反応を見るとそりゃないよと思ってしまう。まずは次の図を見てほしい。いつも通りのKEGGだより、KEGGのPURINE METABOLISMのページである。

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 原図を確認してほしいが、このページを見てすぐに全体を把握できる人がどれほどいるのか想像がつかないが、多分、大多数の人が必要な部分だけを参照するという使い方をしているに違いない。Encyclopedia 即ち百科事典であるから、そうした使い方が批判されるわけではない。しかしながら、地道に順を追って見ていくことで、何か見つかるかもしれないことを期待して進めることにする。

 TCA回路について書いたとき、核酸合成系の出発物質はグルタミンと述べたが、これは看板に偽りありと受け取られても仕方がない気がする。次の図を見てほしい。

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 私はペントースリン酸経路で作られるリボース-5-リン酸を起点にして描いてみた。この図において、青の二重線矢印が表に出てくる経路であり、この線の横に少し小さく示した構造式群が、そこで起こる化学反応を示している。また、各反応を触媒する酵素をECナンバーで示した。まず、リボース5-リン酸の1位の水酸基がATPと反応して5-Phosphoribosyl 1-pyrophosphateへと変換される。なじみ深いSN2反応である。この時点で1位の水酸基の脱離性が向上しこの位置での求核置換反応が起こりやすくなる。ここでグルタミンのアミドが加水分解を受けて生成したアンモニアが、5-Phosphoribosyl 1-pyrophosphateの1位を攻撃してピロリン酸の脱離を伴い5-Phospho-D-ribosylamineとなる。まあ、グルタミンに属するアミノ基が加わったのだからグルタミンが出発物質と言えないわけではない。次は5′-Phosphoribosylglycinamideへの変換だが、まずグリシンのカルボキシル基がATPと反応して混合酸無水物の中間体を作る。翻訳の段階で起こっているのと同じ反応である。この酸無水物の活性化されたカルボニル基を5-Phospho-D-ribosylamineのアミノ基が攻撃して、目的のアミドを形成する。この時フリーとなったグリシン残基のアミノ基が、10-Formyltetrahydrofolateからホルミル基を受け取って5′-Phosphoribosyl-N-formylglycinamideが形成される。

 リボース5-リン酸から5-Phospho-D-ribosylamineまでの2段階を一挙に進める反応もあるが、1968年に報告されてから後に続く報告がない。グルタミンのアミノ基ではなく直接アンモニアを使うという反応で面白いとは思うけれど殆ど情報がないのが残念である。

 次に5′-Phosphoribosyl-N-formylglycinamideのアミド部分がATPとの反応でエノールリン酸アミドとなることで活性化されたグリシン残基の1位の炭素を、再度グルタミンのアミドが加水分解を受けて生成したアンモニアが求核付加した後、正リン酸が脱離してこのページの最終産物となる5′-Phosphoribosyl-N-formylglycinamidineが生合成される。この図において、グルタミンは2つの反応を支えているわけだ。

 このページを見ていると、グルタミンのアミド残基の加水分解が、アンモニアを出すという単純な反応であるとは言え生物の遺伝物質である核酸の生合成を支えている事実を再確認せざるを得ない。更に、ATPが水酸基、或いはカルボキシル基の水酸基をリン酸化する反応の大事さである。5段階の反応のうち、3段階でこのやり方でATPが使われている。また、生物がDNAもしくはRNAを使い始めたとき、葉酸を補酵素とする1炭素転移反応が成立していたことも推測できる。

 次の図に移る。この図は前図の最終産物である 5′-Phosphoribosyl-N-formylglycinamidineから1-(5′-Phosphoribosyl)-5-amino-4-(N-succinocarboxamide)-imidazoleまでの反応を示している。

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 まず、1-(5′-Phosphoribosyl)-5-amino-4-(N-succinocarboxamide)-imidazoleのホルムアミド部分がエノールリン酸となってカルボニル炭素の活性化が起こった後、この炭素原子をフラン環についた2級アミンの窒素原子が攻撃し、脱リン酸を伴ってイミダゾール環が生成する。身近にヘテロ環を合成していた人が何人もいたので、そのうち余り気にならなくなったとはいえ、私の経験ではヘテロ環の反応はなんとなくわかりにくかった記憶がある。次の反応は単なるカルボキシルか反応だが、その経路は一寸面倒である。炭酸イオンがATPと反応して混合酸無水物であるcarbonic phosphoric anhydrideへと活性化された後、このカルボニル基をイミダゾール感情のアミノ基が攻撃してカルバミン酸を形成するが、カルバミン酸は不安定であるためすぐに脱炭酸が起こり、二酸化炭素が脱離すると同時にイミダゾール環の4位にアニオンが発生する。このアニオンがそばにあった二酸化炭素と反応した後、環の再芳香化が起こり1-(5′-Phosphoribosyl)-5-amino-4-imidazolecarboxylateが生成する。この反応におけるアミノ基の反応様式は、なんとなく迂遠な気がするが、ビオチンを補酵素とするカルボキシル化のメカニズムと同じである。初めから、イミダゾールの4位にアニオンを発生させる共鳴構造を描けないわけではないが、イミダゾール環は芳香族性を持つ。従って、このアニオンの寄与が非常に小さいが故に、こうした経路が選ばれたのだろう。

 次の反応もATPによるカルボキシル基の活性化から始まる。ここで生成した混合酸無水物が、TCAサイクルの構成成分であるオギザロ酢酸のアミノ基転移産物であるいま一つののアミノ基による攻撃を受けて、このページの最終産物である1-(5′-Phosphoribosyl)-5-amino-4-(N-succinocarboxamide)-imidazoleが生成する。官能基を活性化する役割でATPが縦横無尽に活躍しているのが印象的である。

 さて、今回は次の図までで一旦止めよう。

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 先の図における最終産物であった1-(5′-Phosphoribosyl)-5-amino-4-(N-succinocarboxamide)-imidazoleからフマル酸が脱離すると5′-Phosphoribosyl-5-amino-4-imidazolecarboxamideが作られる。4位のカルボキシル基をアミドとするためになんと遠回りな反応を使うのだろうと戸惑いを感じる。ここにも、グルタミンからのアミノ基を使えば良いのにと思うわけだ。しかしながら、実際がそうなっているのだから仕方がない。

 次の反応はイミダゾール環5位にあるアミノ基のホルミル化なのだが、メカニズムは10-Formyltetrahydrofolateをホルミル基の給源とする 5′-Phosphoribosylglycinamideの場合と同じである。図においては後で起こるピリミジン環の方向と合わせるために、イミダゾール環を180度回転させて表記している。1-(5′-Phosphoribosyl)-5-formamido-4-imidazolecarboxamideからInosine 5′-monophosphateへの閉環反応は、イミダゾール環形成反応と同じように進行しそうに思えるが、残念ながらそうではない。この反応ではATPによる活性化を経ずに脱水を伴う閉環が起こりInosine 5′-monophosphateが形成される。

 この2段階の反応は5-amino-4-imidazolecarboxamide ribonucleotide transformylase [EC:2.1.2.3] によって一挙に進行するのだが、この酵素は真核生物、バクテリアに分布し、古細菌での分布は狭い。最初のホルミル化を触媒するいま一つの酵素 5-formaminoimidazole-4-carboxamide-1-(beta)-D-ribofuranosyl 5′-monophosphate synthetase [EC:6.3.4.23]は古細菌において広く分布し、バクテリアの一部にも存在する。次の閉環反応を触媒するもう一つの酵素である  Inosine 5′-monophosphate cyclohydrolase [EC:3.5.4.10] は、原核生物・真核生物を問わず広く分布している。だからどうだという話にはならないが、何らかの真実が細部に宿っているのであろう。

 プリン塩基の生合成系は、ここでアデニン環を持つATP、dATPへと向かう流れと、グアニン環を持つGTP、dGTPへ向かう流れに分岐することになる。

過剰と蕩尽 30 に続く

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