過剰と蕩尽 27

 なんとなく曖昧な形でキサントフィルサイクルを終わってしまった。思いつくままに書いているため、どうも全体の纏まりに欠けるように感じるが、あれ以上の議論をするともっと錯綜しそうである。現在行われている説明にちょっとばかり石を投げ波紋の広がるのを楽しみにすると同時に、私の立ち位置からの一つの仮説を提示したものとして受け取ってほしい。

 それはそうとして、ここで書いておかねば書く機会をなくしてしまいそうな話題がまだひとつ残っている。それはポルフィリンについてのものである。ポルフィリンは前々回までで終わったのではないかと思われるかもしれないが、酸素分子とポルフィリンを絡ました形での議論は手つかずで残っている。キサントフィルサイクルの議論の最終部分で述べた「Oxygenative Burst Hypothesis」に、ポルフィルンが適合しているかどうかの検証は、今ここで行うのが適切であろうという判断である。

 ポルフィリンと酸素の関連は、思った以上に複雑である。さらに、酸化的生物としての人の生き様が、この関蓮を語る時に大きな誤解のパラダイムを形成しているようだ。この、誤謬の体系を打破した上で新たな認識体系を構築するのは、一人でできるほど簡単なことではないと理解した上で、なんとか揺すぶる努力をしてみよう。

 ポルフィリン環を持つ物質群を、細かな分類は横に置いてランダムに羅列してみる。まず、クロロフィル、プロトポルフィリン、ヘモグロビン、ミオグロビン、ペルオキシダーゼ、シトクロム、カタラーゼ、シアノコバラミンなどをすぐに思いつくだろう。プロトポルフィリンをどう扱うかが問題になると思うが、いわゆる光合成に関与するクロロフィル、酸素に直接関与するタンパク質がヘモグロビン、ミオグロビン、ペルオキシダーゼ、シトクロム、カタラーゼ、そしてDNAの生合成やビタミンである葉酸の再生、葉酸の再生を通した奇数鎖脂肪酸の代謝などに関与するシアノコバラミン類と分類するのが妥当であろう。従って、この分類を基礎として幾つかの議論をすることにする。以下にKEGGのPorphyrin and chlorophyll metabolism – Reference pathwayのマップを示すが、このままでは小さすぎると思うので本来のサイトから大きめにプリントアウトして議論をフォローしてほしい。

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Porphyrin and chlorophyll metabolism – Reference pathway

 まず初めの問題だがポルフィリン環を含む化合物群において、どの段階でオキシゲナーゼが関与する酸化反応が出現するのか。ポルフィリン環を持つクロロフィルが酸素発生型光合成を行うようになった。しかし、クロロフィルの生合成には分子状酸素が必要であるというのでは、時系列的な話がおかしくなってしまう。

 つぎに、このポルフィリン環を持つ3つの化合物群を地球化学的歴史観の下で古い順に並べるとすればどうなるのだろう。どの化合物群が古く、どの化合物群が新しいのか。3つの化合物群の間に時間的関係を持ち込めれば、生合成系の生物における進化の道筋に新たな視点の導入が可能となるかもしれない。

 いま一つ、昔から疑問に思っていたことだが、ヘモグロビンを単にヘモグロビン単独で見るのではなくその他の酸素結合タンパク質の一員として見たとき、どのように見えるかという問いかけである。巷間に流布しているヘモグロビンを酸素運搬タンパク質として捉える考え方では、レグヘモグロビンは説明が難しい。勿論、この分野の研究者が、それなりの答えを出していることは承知しているが、呼吸をしてエネルギーを得ている酸化的生物としての人の生き様が、ヘモグロビンを酸素運搬タンパク質として捉える常識を形成する基盤になっているという視座構造について触れたいと思う。

 ということで、まず5-アミノレブリン酸からクロロフィルaまでの経路を見ることにする。先に示したポルフィリン生合成の図に、各段階で働く酵素を追加して再度示すことにする。

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5-アミノレブリン酸からクロロフィルaまでの経路

 最初の図は5-アミノレブリン酸からプロトポルフィリンIXまでの各段階で働く酵素を示している。この図においてはCoproporphyrinogen IIIからProtoporphyrinogen IXへの変換において働くEC3.3.3(coproporphyrinogen III oxidase)とProtoporphyrinogen IXからProtoporphyrin IXで働くEC1.3.3.4(protoporphyrinogen IX oxidase)が酸素分子を利用する酵素であるが、前段の反応にはoxygen-independent coproporphyrinogen III oxidase [EC:1.3.98.3]、後段の反応にはmenaquinone-dependent protoporphyrinogen oxidase [EC:1.3.5.3]という酸素を必要としない酵素が同じ反応を触媒する。つまり、酸素の関与なしにプロトポルフィリンIXまで進める系存在する。

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Protoporphyrin IXからChlorophyll aまでの経路

 同じく、Protoporphyrin IXからChlorophyll aまでの系においても、Mg-Protoporphyrin IX 13-monomethyl esterと2,4-Divinylprotochlorophyllideをつなぐ3段階のを触媒するMg-protoporphyrin IX monomethyl ester (oxidative) cyclase(EC14.13.81)は酸素分子を基質とするオキシゲナーゼであるが、ここに於いても酸素を使わないbchE(anaerobic magnesium-protoporphyrin IX monomethyl ester cyclase [EC:4.-.-.-])が同じ反応を触媒し、2,4-Divinylprotochlorophyllideまでの変換が可能となっている。蛇足かもしれないがChlorophyll bまでの経路にはchlorophyllide a oxygenase [EC:1.14.13.122]で触媒される酸素を必要とする酸化段階が存在し、この系を還元的に進める酵素は存在しない。これが、本来のChlorophyll bがChlorophyllide aの酸化分解物であり、例えchlorophyll aへ向かう系が存在するにしてもchlorophyll a生合成の本来の前駆体ではないと述べた理由である。

 多分ここまでの話に対し、さほどの異見があるとは思わない。私自身、このまま論を進めようとしたのだが、よく考えてみると「まとめサイト」の罠に嵌っていたことに気づいた。それが、更新が遅れた一つの理由である。ここまでの議論はKEGGの“Porphyrin and chlorophyll metabolism – Reference pathway”のページを参照しながらの話である。ここに問題が存在する。ガスクロマトグラフィー分析で得られるクロマトグラムが単にretention timeに由来する二次元のデータであるのに対し、GCMSやLCMSで得られるトータルイオンクロマトグラムは、あるretention timeを持つピークの後ろにマススペクトルが隠れている三次元のデータであるように、“Porphyrin and chlorophyll metabolism – Reference pathway”のページは、真核生物346種、バクテリア3,900種、古細菌231種のデータが重層して投影された構造になっている。とすれば、その生物一つ一つの持つ代謝系は異なっているが故に、「この図においてはCoproporphyrinogen IIIからProtoporphyrinogen IXへの変換において働くEC3.3.3(coproporphyrinogen III oxidase)とProtoporphyrinogen IXからProtoporphyrin IXで働くEC 1.3.3.4(protoporphyrinogen IX oxidase)が酸素分子を利用する酵素であるが、前段の反応にはoxygen-independent coproporphyrinogen III oxidase [EC:1.3.98.3]、後段の反応にはmenaquinone-dependent protoporphyrinogen oxidase [EC:1.3.5.3]という酸素を必要としない酵素が同じ反応を触媒する。つまり、酸素の関与なしにプロトポルフィリンIXまで進行する系があるいうわけである。」などという牧歌的な解釈で良いはずがない。

 つまり、どの生物が上記の結論を支持する代謝系を持ち、かつその生物が系統樹においてこの結論に相応する場所に位置するのかという問題に遭遇するわけである。そうすると、この時点で先述したヘムタンパク質、クロロフィル、シアノコバラミンへ向かう代謝系発達の順序問題が起こってくるのである。

 1986年にウォルター・ギルバートによって提唱されたRNAワールド仮説と呼ばれる説がある。いわゆる原初の地球上に遺伝情報と酵素活性を併せ持つRNAからなる自己複製系があったとする仮説である。いまここで、この説をどうにかしようなどと考えているわけではない。ただRNAとDNAはどちらが古いのだろうかと思っただけだ。

 結論は簡単で、RNAの方が古いと考えて間違いはないだろう。理由はDNAを構成するチミンとデオキシリボースが、それぞれウラシルとリボースに由来することを考えれば済む話である。ポルフィリンの話をしているのに何か関係でもあるのかと訝しむ人もいるかと思うが、実はほとんど見えないとは言え深い関係が存在するのである。まず、ウラシルからチミンへの変換、正しく言えばdUMP(デオキシウラシルモノリン酸)からdTMP(デオキシチミジルモノリン酸)への変換において、5,10-Methylenetetrahydrofolate:dUMP C-methyltransferaseの存在化に補酵素である5,10-Methylenetetrahydrofolateから1炭素がdUMPへと転移してdTMPが生合成されていることを見れば、ウラシルを核酸塩基として含むRNAが先行すると考えて間違いないであろう。この結果はリボースとでオキシリボースの間で得られる推論と矛盾しない。

過剰と蕩尽28に続く

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