過剰と蕩尽 15

 前回の予告通り、まず糖新生系を描いてみよう。解糖系の逆反応であると定義するならば、図に示すようにピルビン酸からはじまってグルコースに達する系路になるであろう。

スクリーンショット(2015-12-18 1.58.36)
Gluconeogenesis of Homo sapiens

 解糖系の逆反応とはいえ、解糖系とは最初の段階から異なっている。解糖系においてはホスホエノールピルビン酸(以下PEPと表記する)からピルビン酸への変換は、ピルビン酸キナーゼの存在下にリン酸基をADPに移しATPを生産する。しかし、この反応は可逆反応ではないためピルビン酸からPEPへの変換には別の系路が使われる。すなわち、ピルビン酸のメチル基がATPを消費しながら二酸化炭素と反応してオギザロ酢酸に変換される。(この反応は炭素の固定反応として考えられる場合もある。)得られたオギザロ酢酸はGTPを消費しながら脱炭酸反応を行い高エネルギーリン酸結合を持つPEPへと変換され、ここで逆行する解糖系の流れに乗るわけだ。

 ここからはエノラーゼによる水付加反応によって2-ホスホグリセリン酸、ホスホグリセロムターゼによるリン酸基の移動により3-ホスホグリセリン酸へと反応が進行する。得られた3-ホスホグリセリン酸はホスホグリセリン酸キナーゼの触媒下にATPからリン酸残基を受け取り1,3-ビスホスホグリセリン酸となる。13-ビスホスホグリセリン酸はカルボン酸とリン酸の混合酸無水物であり、カルボニル基の反応性が高くなっている。このカルボニル基にNADH2+由来のハイドライドイオン(H)が攻撃することで還元反応が起こり、3-ホスホグリセルアルデヒドが生成する。

 この3-ホスホグリセルアルデヒドまでは、オギザロ酢酸を除きすべて3炭素化合物であり、それぞれ2分子が反応系を通ると考えてよい。次に2分子の3-ホスホグリセルアルデヒドのうち1分子がトリオースリン酸イソメラーゼにより1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸(グリセロンリン酸)へ異性化されると、この1,3-ジヒドロキシアセトンリン酸と未変化の3-ホスホグリセルアルデヒドがアルドラーゼによるレトロアルドール縮合を起こし、6炭糖であるフルクトース-1,6-ジリン酸が生成する。フルクトース1,6-ジリン酸はフルクトー-1,6-ジリン酸ホスファターゼによる加水分解を受け、フルクトース-6-リン酸へ、フルクトース-6-リン酸はグルコースリン酸イソメラーゼによりグルコース-6-リン酸へと異性化された後、再度ホスファターゼによる加水分解を受けグルコースとなる。フルクトース1,6-ジリン酸以降にホスファターゼによって起こる2つの加水分解反応は、解糖系で起こるキナーゼによる反応とは異なり、ATPを生産することはない。

 従って、系全体を眺めると2分子のピルビン酸から1分子のグルコースをつくるためには、4分子のATPと2分子のGTP、6分子の水そして2分子のNADH2+を消費することになる。そして、時にはピルビン酸の前に乳酸が描いてある場合があるだけでなく、糖原性アミノ酸やプロパン酸、グリセリンなどもグルコースをつくる原料であると記述されているし、グリコーゲンまで系を延伸している場合もある。グリコーゲンまでの延伸は、グリコリシスをグリコーゲンあるいはスターチから描く場合もあるので、これは良しとしよう。しかし、糖原性アミノ酸まで持ち出すのは幾分疑問を感じている。とはいえ、これらの系を糖新生系の関連代謝系とみなすと云うことだろうと考えておくことにする。またここで、反応メカニズムでも描き始めたらきっと嫌われるに違いない。取り敢えず、上の説明で良いとして話を進めることにする。

 さて、糖新生系(グルコネオジェネシス)は上述した説明で十分かと云えば、私は全く不十分であると考える。何故なら上の図はホモサピエンスの持つ糖新生系にすぎないからである。地球上にはホモサピエンス以外に数知れぬ生物種が存在する。そうした生物はいかなる糖新生系を持つのか。前節から分子系統樹の根本付近にいる微生物についての話が続いているので、これら微生物の持つ糖新生系について騙る、いや語ることから始めよう。Wordも雰囲気を察してか、騙ると変換してくれた。

 Thermoproteus uzoniensisを例に考えてみることにする。この古細菌は独立栄養性の超好熱菌で、Sulfulobus, Pyrodictium, Desulfurococcusなどと近縁の種であり、共通祖先に近い生物と考えられている。この古細菌の炭素代謝を見ると、酢酸からアセチルCoAを通りピルビン酸を生合成する酵素系を持つ。

スクリーンショット(2015-12-18 1.59.31)
Glucogenesis of Thermoproteus uzoniensis

 糖新生系の出発物質とされるピルビン酸からホスホエノールピルビン酸への変換は、ヒトの場合はオギザロ酢酸を経由して行われたが、この菌はpyruvate, phosphate dikinase [EC:2.7.9.1]並びにpyruvate, water dikinase [EC:2.7.9.2]により直接の変換が起こっている。(ATP + Pyruvate + Orthophosphate => AMP + Phosphoenolpyruvate + Diphosphate)と(ATP + pyruvate + H2O => AMP + phosphoenolpyruvate + phosphate)形式的にはグリコリシスの逆反応のように見えるが、グリコリシスではphosphoenolpyruvate kinaseが働く別の反応で、反応の方向が逆である。(ATP + Pyruvate + <= ADP + Phosphoenolpyruvate)得られたPEPからグルコース-6-リン酸までの反応は本質的に同じであり、ヒトにおいてもこの反応系はよく保存されていると考えてよいだろう。それほど重要な系であるという意味である。以前、解糖系に対する異論について書いたとき、私はグルコースは盲腸のようなものであると書いた記憶がある。G-6-Pは多数の反応系が出入りするハブ化合物と云ってよいが、グルコースはそうでもないと書いた。共通祖先に近い生物と考えられているこのThermoproteus uzoniensisにおいてもG-6-Pを加水分解してグルコースへと導く系路は存在しないようだ。それはそうとして、Thermoproteus uzoniensisにおいては、酵素EC2.7.9.1を使う系を考えると2分子のピルビン酸と4分子のATP、2分子のNAD(P)H2と5分子の水からG-6-Pを作るわけである。

あれ、ヒトの持つ系より効率が良さそうだ。グリコリシスではより多くのATPを作る系の方が優れているという説明をよく見る。では、系の目的に合わせて考えたとき、Thermoproteus uzoniensisの糖新生系の方が優れていると判断してよいのだろうか。この疑問には一寸したトリックがある。ピルビン酸からPEPを作るThermoproteus uzoniensisの系は、ATPを消費してADPではなくAMPを形成する。AMPからATPの再生を考えると、ヒトの系と効率は同じになる。ああ、安心したと思われる人がいるかも知れないが(私はなんとも思わない)、それでもまだ少しだけ問題が残る。酵素EC2.7.9.1を使う系ではPEPとともにリン酸ではなくピロリン酸が生成するのである。ピロリン酸にはまだエネルギーが保存されているため、これを考慮すると、またもやThermoproteus uzoniensisの方が優位に立ってしまう。

 さて、合理的な説明は可能なのであろうか?

過剰と蕩尽16に続く

カテゴリー: 未分類 パーマリンク