閑話休題というわけではないが、ニトロゲナーゼの基質特異性の広さについて、どう理解すればいいのだろう。言い換えれば、ニトロゲナーゼの本来の基質は何であるかという問題に向き合わざるを得ないことを意味する。さらに、以下述べる事柄の正しさについて、書いている本人自体が幾分以上の疑念を持っている。どなたか、分かり易い解説をしていただければ有り難いのだが・・・。
一見すると人工衛星から撮した解像度の低い地表の写真に見える。写真下部の海のような部分に向かって向かって川が流れているとしか見えない。はじめてこの写真をみたときの印象である。だがこの写真は地球を撮した写真ではない。アメリカ航空宇宙局と欧州宇宙機関が1997年に土星探査機カッシーニを打ち上げた。それから7年ほど経って、この探査機は土星に近づき色々な観測を行ったのだが、この探査機から放出されたホイヘンス探査機がタイタンへの着陸の直前に撮ったのがこの写真である。NASAのサイトを見ると、信じられないような沢山の写真が公開されている。そこでこの写真だが、どう見ても浸食地形としか思えない。タイタンの大気は97%が窒素で2%がメタンであるという。メタンとエタンの融点は-183℃、-183℃、沸点はそれぞれ-162℃、-89℃である。タイタンの平均表面温度は94K、つまり-179℃である。こうした条件から、タイタンではメタンの雨が降り、メタンとエタンからなる海が存在するという。
長い時間をかけて、液体のメタンが地表(この地表も何でできているのだろうか?氷かもしれない)を浸食した結果がこの写真であるらしい。さらに、海の下にはナトリウムとカリウムの塩(推測だが多分塩化物)を大量に含む液体の水の層があるという。それはよいとして、このニュースを見たとき、なぜタイタンにはそんなに大量のメタンが存在するのだろうというのが私の感想、いや疑問だった。少し調べると、木星、土星、天王星、海王星さらに冥王星の大気中にメタンが含まれる。そして含まれる量は各惑星(近年、冥王星は準惑星に再分類されている)において少ない量ではない。
それぞれの惑星が持つ大気の組成については、惑星の重力、表面温度(地殻の温度)、太陽光強度などによって、ある程度の説明が付くだろう。水素とヘリウムについては、惑星の表面温度と重力によって直感的にある程度納得できる。しかし、窒素の含量については一寸分かりにくい。(大きな惑星の大気中ではアンモニアへの変換が起こっているように見える)さて、一番外側を回っている冥王星は、近頃準惑星へと分類が変わったが、極めて低温、かつ重力は小さい。この冥王星においても窒素が90%、メタンが10%の組成を持つ大気が存在する。この場合、軽い水素とヘリウムは宇宙空間へと脱出してしまい、窒素とメタンは残ったと考えていいのだろう。この冥王星、大きさはタイタンとほぼ同じである。そしてタイタンの大気には窒素が97%、メタンが2%程含まれるという。もう少し大きな海王星の大気には、水素が84%、ヘリウムが12%、メタンが2%、アンモニアが0.01%含まれると同時に、エタンが0.00025%、アセチレンが0.00001%含まれるという。同じく天王星の大気には、水素が85%、ヘリウム13%、メタン2%と海王星とほとんど同じ割合で含まれるだけでなく、エタン、アセチレン、メチルアセチレン、ジアセチレンなどが存在していることが分かっている。
私の疑問は二つである。一つはこれらの惑星大気に含まれるメタン(その他の炭化水素を含む)はどこから来たのかという疑問である。地球において地殻から吹き出してくるメタンについては、生物に由来するメタンと生物に由来しないメタンがあることが知られている。いや、メタンだけに限定された話ではなく、石油の成因に関しての大きな論争が、存在する。( Lollar, B. S., Westgate, T. D., Ward, J. A., Slater, G. F. and Lacrampe−Couloume, G., 2002: Abiogenic formation of alkanes in the Earth’s crust as a minor source for global hydrocarbon reservoirs. Nature, 416, 522−524., 中島敬史,2005:無機起源石油・天然ガスが日本を救う!?地球深層ガス説の新展開.石油・天然ガスレビュー,37(3),13−24., Gold, T., 1988:地球深層ガス(脇田 宏監訳).日経サイエンス社, http://www.gasresources.net/index.htm 米国のGas Resources Corp.が収集した無機起源説を支持する論文集 (2004)など)
常識的に判断すれば、太陽の形成が起こった後、宇宙塵の集積で形成された微惑星が衝突合体を繰り返して形成された地球型惑星と宇宙塵だけでなく水素、ヘリウム、水を集積した巨大ガス惑星であっても、惑星生成時に膨大な量の炭素化合物をその中に取り込んだことは間違いない。その後、メタンを始めとする炭化水素の生成に生物がどれくらい関与したのか私には分からないにしても、マントルから涌きだしてくる炭素化合物という考えは十分な蓋然性を持ちそうである。そうすると石油・石炭に対する考えが変わることになる。何しろ、いつまで経っても石油はあと30年と言われてきた歴史がある。現在のように、無茶苦茶な量を掘るのでなければ、かなりの期間利用できる可能性があるのである。
惑星大気の成因についても、各惑星特有の理由と歴史があり、私のような素人が口出ししても間違うだけであろう。ただ気になるのは、いくつかの惑星の大気中にアセチレンが含まれていることである。小林氏は「タイタンのアストロバイオロジー探査」とする報告の中で、タイタン大気中にもエタン、アセチレン、プロパン、シアン化水素、アセトニトリル、シアノアセチレンなどを検出したと書いている。(「太陽系におけるアストロバイオロジー」タイタンのアストロバイオロジー探査, 小林 憲正, 日本惑星科学会誌 Vol. 20, (No. 2), 94-99, 2011)アセチレンはタイタンの大気においても顔を出すのである。このアセチレンはメタンから光反応で作られるとされてのだが、タイタン創成時に集められた気体のメタンは太陽光により光分解で残っていないはずだという。そうであれば、いま存在するメタンは、タイタンの内部から湧出してきたものに由来すると考えざるを得ない。では、このメタンは生物由来であろうか、それとも無機由来のメタンであろうか?
いま一つは、アセチレンの問題である。ニトロゲナーゼの活性は、アセチレンのエチレンへの還元反応を用いて測るアセチレン還元法が良く知られているのだが、この反応はニトロゲナーゼ活性測定法として見るだけでは済まないようだ。どこで読んだか記憶にないのだが、ニトロゲナーゼの本来の基質はアセチレンであったとする報告を読んだ記憶がある。(いま捜しています)そうであれば、惑星大気中のエチレンとエタン給源の一部はニトロゲナーゼを持つ嫌気的生物である可能性があるわけだ。これらの惑星、表面は冷たいとは云え、惑星内部は放射性物質の崩壊熱でかなり暖かいからだ。さて、初めてニトロゲナーゼを持った生物は、どのような環境下にいたのであろうか。惑星探査においては嫌気的微生物の検出が大きな意味を持ちそうな気がしている。
またもや、詳しくもないニトロゲナーゼに拘わってしまったと形だけの反省をしている。窒素の廃棄を話題にしようとして窒素の固定に嵌ってしまったわけである。
歴史生物学 一次代謝と二次代謝 7に続く