歴史生物学 TCA回路への異論 4

 では、TCA回路に対して私が感じている違和感について述べることにする。かたくなに定義にこだわるつもりはないが、やはり現在広く認められている主流派の定義を押さえておく必要があるだろう。私のようにある定義を読むたびに、この定義の到達範囲はどれくらいだろうとか、この定義はいかなるパラダイムの下に構築されたものだろうなどと考える人は少なそうだ。この習性が、お前は多少変わっていると誉められる原因であるようだ?多少とはどんな意味だろう。花落知多少

 さて、定義には単なる恣意的な定義と同時に、定義している物をどう捉えるかと言うパラダイムを明確に反映する定義がある。ではTCA回路はどう定義されているか。またもや日本薬学会のサイトとKEGGのサイトから引用することにする。別に恨みがあるわけではない。しかし、これらのサイトには当たり障りのないといえば批判じみて聞こえるが、そうではなく常識的な立場からの説明がなされているため引用しているに過ぎない。

日本薬学会用語解説による定義

Citric acid cycle、トリカルボン酸回路、TCA回路、クレブス回路

  H. A. Krebsにより提唱された、糖、脂肪酸、ケト原性アミノ酸の炭素骨格を酸化する代謝経路。好気的な条件下でエネルギー獲得に中心的な役割を果たす。真核生物ではミトコンドリア内(マトリクス)で行われる。すなわち、クエン酸回路に関与する酵素はマトリクスに存在する。唯一、コハク酸デヒドロゲナーゼはミトコンドリア内膜に存在する。炭素骨格を酸化する過程で、補酵素NADやFADを還元して、NADH+H+、FADH2を生成する。生成した還元型補酵素は、電子伝達系での酸化的リン酸化によりATPの産生に利用される。糖、脂肪酸、ケト原性アミノ酸由来のアセチルCoAは、クエン酸シンターゼの作用で、オキサロ酢酸と縮合しクエン酸を生じる。クエン酸は、順次、(cis-アコニット酸)、イソクエン酸になったのち、脱水素的脱炭酸を受け、2-オキソグルタル酸になる。さらに、脱水素的脱炭酸、CoA の脱離、脱水素、加水、脱水素などの反応を順次受けて、スクシニルCoA、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸を経て、オキサロ酢酸に変換される。回路が1回転するあいだに、クエン酸を酸化し2分子の二酸化炭素を生じるので、アセチルCoA由来の炭素骨格は完全に酸化されることになる。脱水素反応により補酵素を還元して、NADH+H+を3分子、FADH2を1分子産生する。また、エネルギー的にATPと等価のGTPを1分子産生する。(2005.10.25 掲載)(2009.1.16 改訂)

KEGGによる定義

 The citrate cycle (TCA cycle、 Krebs cycle) is an important aerobic pathway for the final steps of the oxidation of carbohydrates and fatty acids. The cycle starts with acetyl-CoA、 the activated form of acetate、 derived from glycolysis and pyruvate oxidation for carbohydrates and from beta oxidation of fatty acids. The two-carbon acetyl group in acetyl-CoA is transferred to the four-carbon compound of oxaloacetate to form the six-carbon compound of citrate. In a series of reactions two carbons in citrate are oxidized to CO2 and the reaction pathway supplies NADH for use in the oxidative phosphorylation and other metabolic processes. The pathway also supplies important precursor metabolites including 2-oxoglutarate. At the end of the cycle the remaining four-carbon part is transformed back to oxaloacetate.

 TCAサイクルは何に始まってどこで終わるのかという問題に、薬学会の定義は全く触れていない。分かっているでしょうというのが底流にありそうだが、文章を読んだ限りではミトコンドリア内で起こる反応となっておりピルビン酸からAcetyl CoAの段階が含まれるかどうかは分からない。一方KEEGにおいては、Acetyl CoAを出発物質として明確に指定し、Acetyl基に含まれる炭素がCO2へ、水素がNADH+H+へ変換された時点をもって終点としているようである。私はミトコンドリア内に運ばれたピルビン酸から回路を一周してオギザロ酢酸までとしたほうが合理的だと考えるが、この差異は歴史的な経緯に基ずく恣意性に基づくものに過ぎないだろう。

 しかし、大きな問題が二つあると考える。一つは、TCA 回路が好気的であるのかどうかという問題である。薬学会の定義に於いては、「糖、脂肪酸、ケト原性アミノ酸の炭素骨格を酸化する代謝経路であり、好気的な条件下でエネルギー獲得に中心的な役割を果たす。」と明確に書いてある。KEGGにおいても「Krebs cycle is an important aerobic pathway for the final steps of the oxidation of carbohydrates and fatty acids. クレッブスサイクルは炭水化物や脂肪酸を酸化する最終段階の重要な好気的経路である。」と述べている。その他にも色々な書籍を参照してみたのだが、すべて好気的過程であると書いてあった。どうやら、TCA回路が好気的代謝系であるという位置づけに対して違和感を感じる人はいないらしい。

 しかし、本当にTCA 回路は好気的代謝系であろうか。解糖の産物であるピルビン酸はミトコンドリア内で酸化的に脱炭酸を受けAcetyl CoAに変換された後、オギザロ酢酸とのアルドールタイプの縮合を経てTCA 回路に導入される。この回路では基質レベルでの酸化が起こり、1分子のアセチルCoA から3分子のNADH+H+、1分子のFADH2と1分子のGTPが生産される。TCA 回路で生産されたNADH+H+とFADH2は、電子伝達系を通って酸化を受け、それぞれ3分子と2分子のATPを生産する。多くの場合、「生物は嫌気的には1分子のglucoseから2分子のATPしか合成できないが、好気生物は解糖系の産物であるピルビン酸をTCA回路、電子伝達系で酸化して38分子のATPを生産できる」と、TCA回路と電子伝達系をまとめて好気的エネルギーを生産する系として記述されている。

 この結論について、学生の頃からどこか不満であった。TCAサイクルでは酸素分子は全く関与していないではないか。関与するのはNAD+或いはFADという補酵素である。これらの補酵素が酸化剤として働き、基質レベルでの酸化を起こしているのである。もし、TCA回路の酸素が関与しないこの基質レベルでの酸化を好気的経路として認めるのであれば、解糖系であっても好気的経路と云わなければならない。解糖系から出てくる2分子のNADH+H+を電子伝達系に流し込んで、「解糖系は好気的経路であり、グルコースをこの系で分解することによって、総計8分子のATPが生産される」という言明が成立すると思うのだが、ここに矛盾はないのだろうか。

 さらに38分子のATPが生産されるという場合は、解糖系で生産される2分子のNADH+H+と解糖系とTCA回路をつなぐ部分で生成される1分子のNADH+H+も、電子伝達系を通るものとしての計算結果である。ここにはATP生産という目的に合わせた恣意的な計算が存在する用に感じる。このような矛盾を引き起こしたものは、ATP生産という呪縛のもとに、TCA回路と電子伝達系を1セットのものとして組み合わせてしまったことに起因する。Krebsがこの経路を提出して84年が経ったわけだが、誰もこの辺りの曖昧さについて意識しなかったのだろうか?

 上のセクションで使用した解糖系という言葉は、通常使われているグルコースからピルビン酸までの代謝を意味している。自ら批判した解糖系を、このような形で使うことには忸怩たる思いがないわけではないが、このような書き方の方が一般的意味に於いては分かり易いと考え、そのまま使うことにした。

 ワクチン擬関連だが、ワクチンパスポートを実施する方向での議論が始まったそうだ。ワクチンを接種しても感染する事例には事欠かないし、ワクチンの有効期限も不明な状況ではパスポートの有効期間をどう扱うのか全く展望が見えないように思う。政府の本音はマイナンバーとの紐付けではないかと邪推している。災害便乗型専制政治の始まりかな。田舎で、肩をすぼめて静に暮らしたいと願っていたが、時代はそれを許さない方向に動いているようだ。まあ、先はさほど長くないし、今更都会に出て遊び回る気はさらさらない。しかしながら、その権利をワクチンパスポートという制度で頭から否定されると腹が立ち上がりそうだ。呼吸器が弱く、高血糖で、コレラの予防注射で高熱を出し、インフルの予防注射でインフルエンザに罹るようなな人間には、パスポートの取得は無理だろう。体の弱い若い人が可哀そうだな。


 忌野清志郎、亡くなって何年経つのかな。そう言えば土岐英史さんが亡くなった。彼のサックスは好きだったな。いつか生で聞きたいと思っていたが、パスポート云々ではなくもう無理か。

https://www.youtube.com/watch?v=9DSJMc0yeos

歴史生物学 TCA回路への異論 5 に続く

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