ウンカ

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水稲栽培でウンカ用に使われている化合物

  さて、せっかくだからウンカ防除剤の話を少しだけすることにしよう。一般的には防除剤と言わず農薬といって方が通りがよい。ウンカに対して登録されている農薬を眺めてみると(図参照)、アセチルコリンエステラーゼを阻害することで殺虫性を示す有機リン系化合物としてマラソン(Malathion)、スミチオン(Sumithion)、デプテレックス(Depterex)、イソキサチオン(Isoxathion)、フェンチオン(Fenthion)が使われているようだが、長期に使われてきたこと薬剤群であるため、かなりな抵抗性が、特にマラソンに対する抵抗性の発達が報じられている。

  有機リン剤と同じくアセチルコリンエステラーゼを阻害することで殺虫性を示すカーバメート系薬剤は、昔は多くの種類のものが使われていた。毒性や昆虫の抵抗性の発達などが原因でだんだん登録数が減少し、ウンカ用殺虫剤としてはBPMC(フェノカルブ)だけが生き延びている。

  ナトリウムチャネルを開きっぱなしにすることで殺虫性を示すピレスロイド系の化合物は2種、エトフェンプロックス(Etofenprox)とシラフルオフェン(Silafluofen)である。除虫菊の殺虫成分であるピレトリン類をモデルとし、その構造を改変して作られた薬剤である。本来のピレスロイド は、光に弱くかつエステル結合を持つため水があると加水分解され活性を失うため、圃場、特に水田では使えなかった。この2種の薬剤は、そのエステル結合をエーテル結合あるいは炭素鎖(ケイ素を含む)に変えて加水分解が起こらないようにしたもので、水田での使用を可能にしたものである。ピレスロイド系薬剤は、哺乳動物への毒性は低いものの魚類への毒性が高いことに問題があったが、これらの化合物、特にシラフルオフェンではこの魚毒性の問題をほぼ解決しているようだ。

  ミツバチの失踪や大量死との関連が疑われているネオニコチノイド系殺虫剤では、イミダクロプリド(Imidacloprid)、クロロチアニジン(Clothianidin)、ジノテフラン(Dinotefuran)、そしてニテンピラム(Nitenpyram)が使われている。この系の薬剤は、昆虫の中枢神経系に存在するニコチン性アセチルコリン受容体のアゴニストとして働き、哺乳動物への毒性が低いといわれているものの、イミダクロプリドとクロチアニジンは劇物である。残留性も比較的高い。(残留性が高いというと一般の方々には嫌われるが、これは残効性が高いことと同意義である。農薬にとってある程度の残効性は必要で、残留性があると言うことがそのまま批難の対象になるわけではない。)まだ歴史の長い農薬ではないが、東南アジアでも広く使われているため、近年ではこの薬剤に抵抗性をもつウンカ類も多数報告されるようになってきた。

  エチプロールはフェニルピラゾール系に分類される殺虫剤で、GABA作動性塩素イオンチャネルを遮断することで殺虫性を発揮する。ピメトロジンは半翅目昆虫にのみ摂食阻害活性を示す化合物で、作用のメカニズムはまだ分かっていない。

  などと書き連ねたとしても、一般の人には多分以上にちんぷんかんぷんであろう。GABA作動性イオンチャネルなどと書いても、意味不明と却下されるのが落ちである。でも、しかしである。なんで「メンタルバランスチョコレートGABA」は受け入れられるのだろう。GABA作動性云々のGABAとチョコレートGABAのGABAは同一物質である。ストレス社会で戦うあなたには、先ずGABAとは何ぞや、と立ち止まって考える必要はないのか。GABA(gamma-amino-butyric acid の略)は、社会で少しだけ知られているグルタミン酸のα-位のカルボキシル基が脱炭酸された化合物である。通常、我々の身体の中で必要量は生合成される。グルタミン酸のナトリウム塩は言うまでもなく調味料であり、いまのファストフードには多量に含まれている。食べ過ぎると、GABAの過剰な生合成が起こり、人によってはChinese noodles syndrome (中華麺症候群)を発症する場合もある。「動物体内でGABAが作動するとどうなるのか?」という疑問と理解なしで多くの人は暮らしている。それを非難するつもりなど全くないが、「ストレス社会で戦うあなたには、GABA、メンタルバランスチョコレート ギャバ」はどうして抵抗なく受け入れられるのだろう。ここが不可解である。

  また話が脇道に逸れた。ウンカに使われている薬にはあと3つある。1つはカルタップ、これは1967年から使われている息の長い薬剤である。環形動物門の多毛類に属するイソメ(魚釣りの餌)をなめたハエが死亡するという現象から発見されたのが、イソメ毒として知られているネライストキシン、このネライストキシンをモデルとして開発されたのがカルタップである。昆虫体内ではカルタップのチオールエステル部分が加水分解を受けたあとネライストキシンに変換されて効くという。その殺虫メカニズムについては、ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)チャネルブロッカーと言われてはいるが、まだ完全には分かっていないようだ。

  次の1つはクロマフェノジド、昆虫の脱皮ホルモンであるエクダイソンのアゴニストとして働き、昆虫特に鱗翅目昆虫に異常脱皮を引き起こすことで殺虫効果を示す。まあ、エクダイソンと形が似ていると考えて良いのかな?

  最後の一つはブプロフェジン、1980年代半ばに開発されたキチン質の生合成を阻害する薬剤で、殺虫剤よりも生長調節剤と書かれる場合が多い。昆虫類の表皮はキチン質からできているため、この生合成を阻害すると脱皮異常が起こり、結果として虫が死ぬというわけである。この薬は、いまから脱皮をして生長する幼虫に効くだけでなく、成虫の産んだ卵の孵化を阻害するため、残効性のあることが特徴である。哺乳動物に対する急性毒性は非常に低い。来年は8月下旬にこの薬を使ってみるつもりである。

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