過剰と蕩尽 13

 いつものことだが、話が何処へ向かっているのか、書いている本人も制馭しきれていない。書いている本人が、書き足すときに先立つ数回分の内容を読み直すほどだ。ある意味、筆の向くままに走らせている。とはいえ、大枠は「過剰と蕩尽」である。今日まで省みられることのなかった「過剰と蕩尽」というフィールドで見られる生物現象を、全てを説明し尽くす程の才があると思ってはいない。骨格だけでも示す事ができればいい。

 前回までで、原初の生物に過剰生産能を支える物質的・エネルギー的基盤があったこと、生産された物質と熱を捨てることが容易であったことを論証したつもりである。では、そうした能力を持って地球上に現れた原初生物は、どのようにして生きていたのか。彼等の住む環境はどう変化したのか、その変化に彼等がどう対応したのかについて、少し述べてみたい。

 実を言えば、前回の投稿の中に本来なら2つの大きな問題を提起するに違いない一文を潜ませている。だが、この危険な文章はまず気付かれる可能性はないだろう。当たり前の内容であるからである。科学と云う体系は、我々の魂を宗教的な非常識から解放したと思われているようだが、同時に科学と云う体系が持ってしまった偏見の枠組みに取り込まれたと考えても良いだろう。科学の中で常識となってしまった事項について根幹から考え直すと言うことは、多くの場合時間の浪費にしかつながらない。そんなことをする暇は、いまの研究者には無い。科学の研究という魂の自由を謳歌すべき分野に、業績主義という世間の風が吹き込んできたからである。

 役に立つ、世界をリードする。お金儲けに繋がることを前提に、ああすればこうなる、こうすればああなると云うような、帰納と演繹の線上に乗るような研究が面白いとは思えない。勿論やっていれば、その線上から外れるデータが得られ、それが次のブレイクスルーの端緒となる可能性があるとはいうものの、金儲け思考の枠組みは変わらない。こんな事ばかり考えているから貧しい研究室しか維持できなかったのだろう。

 ああまた「書けん費」ではなかった「科研費」を批判してしまった。書いている本人が科研費に恨みでも持っているのかなと思われそうだが、そうではない。そうした研究がある事も否定はしない。ただ若い研究者達に、そうした枠に縛られない自由な研究を味わって欲しいという時代錯誤の願いを持っているだけである。

 それはそうとして、生化学の世界にはいくつかのかなり硬いドグマがある。よく知られているのは、フランシス・クリックが1958年に提唱したセントラルドグマと呼ばれるもので、遺伝情報はDNA‥‥>RNA‥‥>タンパク質へと流れるというものである。例外のない規則はないという言葉の通り、このドグマはRNA‥‥>DNAと云う逆転写と呼ばれる例外の存在の発見によって半分崩壊した。タンパク質からRNAへという逆翻訳は現在のところまだ見つかっていない。見つかっていないという表現はあることを前提にしたような書き方になるので、あるかどうか分からないとするのが妥当かな。スクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病の感染因子であるプリオンが、大きな関心を持って研究されたのも、ここに原因があった。

 いまひとつのドグマ−ドグマには教義 ・ 教理 ・ 教条 ・ 主義 ・ 信条 ・ イデオロギーなどの訳が存在するが、ここではドグマをそのまま使った方が良いだろう−は、解糖系とTCA回路を、エネルギー獲得を中心にして規定する見方である。解糖系とTCA回路のいくつかの化合物が代謝中間体として重要であることは、考慮されてるにしてもだ。現代生化学の標準的解釈をまず提示したい。いつも通りKEGGから少し引用しよう。

Glycolysis / Gluconeogenesis

 Glycolysis is the process of converting glucose into pyruvate and generating small amounts of ATP (energy) and NADH (reducing power). It is a central pathway that produces important precursor metabolites: six-carbon compounds of glucose-6P and fructose-6P and three-carbon compounds of glycerone-P, glyceraldehyde-3P, glycerate-3P, phosphoenolpyruvate, and pyruvate. Acetyl-CoA, another important precursor metabolite, is produced by oxidative decarboxylation of pyruvate. When the enzyme genes of this pathway are examined in completely sequenced genomes, the reaction steps of three-carbon compounds from glycerone-P to pyruvate form a conserved core module, which is found in almost all organisms and which sometimes contains operon structures in bacterial genomes. Gluconeogenesis is a synthesis pathway of glucose from noncarbohydrate precursors. It is essentially a reversal of glycolysis with minor variations of alternative paths.

 和訳: グリコリシスはグルコースをピルビン酸に変換するプロセスであり、少量のATP(エネルギー)とNADH(還元力)を生成する。それは重要な代謝前駆体群:6炭素化合物であるグルコース-6-リン酸とフルクトース-6-リン酸、及び3-炭素化合物であるグリセロン-リン酸、グリセルアルデヒド-3-リン酸、3-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、そしてピルビン酸を生産する中心系路である。もう一つの重要な代謝前駆体であるアセチルCoAは、ピルビン酸の酸化的脱炭酸反応により生産される。完全に解読されたゲノムにおいて、この系路の酵素遺伝子群が検討すると、3炭素化合物であるグリセロンリン酸からピルビン酸への反応段階が、ほぼ全ての生物において見いだされ、バクテリアゲノム中でオペロン構造を含んでいる場合もある保存されたコアモジュールを形成している。グリコジェネシスは糖ではない前駆体からグルコースを合成する系路である。それは本質的には、一寸した変異を含む代替え系路を持つグリコリシスの逆反応である。

Citrate cycle (TCA cycle)

 The citrate cycle (TCA cycle, Krebs cycle) is an important aerobic pathway for the final steps of the oxidation of carbohydrates and fatty acids. The cycle starts with acetyl-CoA, the activated form of acetate, derived from glycolysis and pyruvate oxidation for carbohydrates and from beta oxidation of fatty acids. The two-carbon acetyl group in acetyl-CoA is transferred to the four-carbon compound of oxaloacetate to form the six-carbon compound of citrate. In a series of reactions two carbons in citrate are oxidized to CO2 and the reaction pathway supplies NADH for use in the oxidative phosphorylation and other metabolic processes. The pathway also supplies important precursor metabolites including 2-oxoglutarate. At the end of the cycle the remaining four-carbon part is transformed back to oxaloacetate. According to the genome sequence data, many organisms seem to lack genes for the full cycle, but contain genes for specific segments.

 和訳:クエン酸サイクル(TCA回路、クレブス回路)は、炭水化物と脂肪酸の酸化の最終的なステップで使われる重要な好気的経路である。 この回路は、酢酸の活性化された形であり、炭水化物の解糖とその産物であるピルビン酸の酸化、そして脂肪酸のβ酸化で得られるアセチルCoAから出発する。アセチルCoAに含まれる2炭素のアセチル基は4炭素化合物であるオギザロ酢酸ヘ移され、6炭素化合物であるクエン酸を形成する。一連の反応において、クエン酸中の2つの炭素はCO2に酸化される、そして、その反応経路は酸化的リン酸化及びその他の代謝プロセスで使用されるNADHを供給する。その経路はまた、2-オキソグルタル酸を含む重要な代謝前駆体を供給する。この回路の最後では、残った4炭素部分は再度オギザロ酢酸へと変換される。ゲノム配列データによれば、多くの生物が完全な回路のための遺伝子を欠いているように思えるが、特定のセグメントに対する遺伝子を含んでいるようだ。

 たどたどしい訳だが、できるだけ原文に即して逐語訳をしてみた。これらの文章を読んで、何を感じるかが今後の問題となる。それが、「2つの大きな問題を提起するに違いない一文」に繋がるわけである。

過剰と蕩尽 14 に続く

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