Papilionidaeはアゲハチョウ科のことである。この科に属する日本産のチョウは21種が存在するが、この科の命名には咎めるには値しない混乱と、首を捻らざるを得ない混乱がある。殆どのチョウは‥‥アゲハと命名されており、‥‥の部分に形、色、分布などについての情報を含む形容詞がついているわけだ。
ギフチョウ、ヒメギフチョウについては、岐阜で採集されたチョウの標本を基に、両者の区別なしにイギリス人の博物学者プライヤーが命名したらしい。岐阜に地名を採った命名であるが、アゲハチョウに属すことを明示せずギフチョウとしてしまったため、名前からアゲハチョウであることは判断できない。とはいえ、ギフチョウの古名である錦蝶、あるいはダンダラチョウを採用していたとしても、分類群が明示されない同じ欠点が存在することを考えれば、咎める必要を感じない程度の例外としても良いかと思う。ホソオチョウについても、外来種であるかどうかの問題はあるにしろ、ギフチョウと同じ条件であろう。問題は次の3種である。
まずウスバシロチョウとヒメウスバシロチョウ、この命名ではシロチョウ科に属するとしか思えない。漢字で書けば薄羽白蝶であり姫薄羽白蝶であろう。しかしこの2種、アゲハチョウ科のチョウである。ウスバキチョウはもっとややこしい。漢字で表記すると薄羽黄蝶であろう。命名の基となったであろうキチョウと呼ばれる蝶がいる。可愛い黄色い蝶だが、困ったことにこのチョウはシロチョウ科に属する。キチョウ科という分類は存在しないのである。そして、このウスバキチョウはキチョウ科でもシロチョウ科でもなくアゲハチョウ科に属するチョウである。これでは首を捻らざるを得ない。
命名の統一性から考えれば、ウスバシロチョウ、ヒメウスバシロチョウ、ウスバキチョウに対して使われるもう一つの呼び方、つまりウスバアゲハ ヒメウスバアゲハ、キイロウスバアゲハを使うほうが混乱を招かない。
何故、突然にこんな事を書くのか。幼かった頃、モンシロチョウの命名に不満だった。紋は黒いではないかという疑問である。モンキチョウの雄にも雌にも不鮮明ではあるが黄色い紋がある。だからモンキチョウは理解できる。モンキアゲハもカラスアゲハもシロオビアゲハも理解できる。モンシロチョウではなくモンクロチョウが正当な名前ではないかと思っていたのである。
だが、これは誤りであった。モンシロチョウは紋が白いチョウではなく、紋のあるシロチョウ科のチョウだったのである。つまり、名前はモン・シロチョウという構造であった。クロモンシロチョウにしてくれれば悩むことはなかったのに。ではモンキチョウはどうなるか。モンシロチョウの例を踏襲すれば、モン・キチョウとなり、モンのあるキチョウと考えるべきだ。ところが、キチョウと云う分類はないのである。モンキチョウもシロチョウ科に属する。従って、モンキチョウはモン・キチョウではなくモン・キ・チョウとなる。モンキシロチョウとすれば合理的な命名になるが、この命名からシロを省略したのだろうか。
されど、クッキリとした黒紋をモンとして黒を省略し、薄ぼんやりとした黄色い紋はモン・キと明確に示すやり方は何となく分かり難い。慣用名を採用するときによく見かける混乱である。さらにであるが、ヤマキチョウ、ツマキチョウ、ツマグロキチョウなどのようにキチョウと云う語尾を持つ一群のチョウがいる。これらのチョウも全てシロチョウ科に属する。命名は難しい。